5話 新たな相棒
「気に入られた見てぇだな。流石は俺の見立てだ」
そう自慢げに話すソーンを尻目に、イコルネはまじまじと両手に握った姉妹刀を見つめる。
いまだ刀身からゆらゆらと熱の籠もった魔力を漂わせるそれは、端的に言って、自分の手に負える代物ではなかった。
かつての相棒は、取り回しやすく扱いやすい刀だった。
魔鉄鉱ではなく普通の鉄鉱石から打たれた二振りの黒刀だが、自身の体へ《加速》の魔法をかけながら戦うイコルネとは相性が良く、手足のように操れる良い刀だった。
だが、いま両手の中にあるこの刀は何もかもが違う。
力を込めずとも自重のみで十分ともいえる切れ味。火の魔法陣でも仕込んでいるのかと聞きたくなるほどの燃焼魔力。そして、こちら側を操ってやろうとでもいうような破壊力。
それでいて、扱いの難しい気まぐれ屋だ。
うっかり気を抜くと、自分の手足を落としかねない。
命を預けるはずの相棒に身の危険を感じなければならない、なんてのは全力で遠慮したかった。
「悪いけど……」
断ろうと視線を上げれば、ソーンは先程の自慢げな表情から一変、濃い灰色の目に懇願めいた色が浮かんでいる。
「こいつらは……もう、かれこれ十年近くうちの店にいてな。何度か売ろうとしたこともあるんだが、使い手が気に食わねぇのか、片方だけ売ろうとしたことに腹を立てたのか、客の足や腕を引っ掻く始末さ。そろそろ嫁に出してやらにゃ、自暴自棄になっちまいそうで気が気じゃねえんだ……」
元々ソーンは押し売りをするような人ではない。
しかし、目の前でこちらを見つめる彼は、まるでこれが最後のチャンスだとでも言うような熱の籠もった声色だ。
おそらく、この刀で試し斬りをした客が、過去に何度もそれなりの大怪我を負ったのだろう。
加えて、潜在魔力のある武器は魔力が湧き続ける性質を持っている。
定期的に使用してやらなければ、刀身に溜まった自分の魔力で魔力暴発を起こす危険があるのだ。
だからこそソーンは、試し斬りをしても怪我することがなく、魔力の相性も良いと判断したイコルネにこの刀を託したがっている。
だがその意図を汲み取って尚、簡単に請け負える代物ではない。
躊躇うイコルネに、ソーンはもう一押しとばかりに言葉を重ねる。
「お代は嫁入りの祝儀として一本分で構わねぇ。それも、お前さんなら金貨五枚の報酬払いにしてやる」
「どうだ?」と真っ直ぐに見つめる瞳は真剣で、どこか子を想う父親のような雰囲気があった。
一歩も引く気がないその視線に根負けし、イコルネは深く長いため息をつく。
「わかった、貰い受けるよ……」
それを聞くなりソーンは顔を綻ばせ「お前ならそう言うだろうと思った!」と嬉しそうに笑った。
* * *
揃って店の中に戻ると、イコルネはカウンターに置きっぱなしだった服が目に入る。
値札はついていなかったが、この店ならおそらく銅貨数枚程度だろう。
そう思ってポケットへ手を突っ込んだ時、ふと良いことを思いついた。
姉妹刀をカウンターの奥へ丁寧に持って入るソーンへ向き直り、雑に置かれた服を差し出しながら、イコルネは口の端を上げる。
「おやっさん、その刀を買うついでに頼みがあんだけど」
「なんだ?」
「俺、今ほとんど文無しなんだよ。まともな服もようやく買うくらいでさ。だから、刀を持ち歩くための帯刀ベルトと金具。あとはサイズの合う防具一式も報酬払いにしてくんない? 明日から依頼で稼いでくるからさ」
イコルネがそう軽く言い切るのを聞くや否や、ソーンは声を上げて笑い出す。
「随分と図太くなって帰ってきやがったなイコ坊! ずる賢くなりやがって!! 仕方ねぇ、全部ひっくるめて金貨六枚と大銀貨五枚だ。無期限の報酬払いでツケといてやらぁ」
楽しくて仕方がないというように豪快に笑いながら、ソーンは店の奥へ行き、ベルトや胸当てなど数点を抱えて戻ってきた。
「昔からお前さんはゴツい鎧みたいなのは好かなかっただろ。なめした厚皮の胸肩当てと鉄板入りのロングブーツだ。あとは帯刀ベルトと刀の手入れ用品一式、ベルトに着脱できる小型の腰鞄だな」
こっちは俺からの復帰祝いだ。
そう言って、生地の良い丈夫なカーゴパンツまで付けてくれた。
普通なら金貨十枚を優に超すであろう品物たち。それを破格の値段で、しかも無期限報酬払い。
収入の浮き沈みが激しく、仕事に命の危険が伴う冒険者相手にツケを作るなど、ほとんどタダでくれてやるようなものだ。
普通に考えれば信用もクソもあったものではない。
それでもソーンは、イコルネならば必ず払いに来ると確信した上で揃えてくれた。
今も昔も世話になりすぎて全く頭が上がらない。
「せっかく見繕ってやったんだ、ここで着替えてそのみすぼらしい服は捨ててけ」
渋い顔でそう言われ、防具や衣服とともに奥の部屋へ追いやられる。
装備一式を身につけ、イコルネが店へ戻ると、ソーンは刀の鞘に取り付け用の金具を付けてくれていた。
声をかければ、彼はこちらを向いて満足そうに目を細める。
「ようやく様になったじゃねぇか」
「うん。何から何までありがとう、おやっさん」
「ちゃんと礼が言えるようになりやがって……ちっとは成長してんだなぁイコ坊。お前のことだ、すぐにこいつらも使いこなすだろうよ」
そう言いながら、鮮やかな朱色のラインがうねる見事な鞘に収められた乙女ノ炎舞を手渡される。
帯刀自体は久々だったが慣れた手つきでベルトに繋げると、ずしりと身体が本来の体重を取り戻したような感覚がした。
――帰ってきた。
四年振りに王都に足を踏み入れた時。
ギルドに再登録した時。
今日何度も感じたことではあるが、そのどれとも違う――明確な帰属感。
自らの命を預ける重みを受け止めたこの瞬間に、イコルネは冒険者として自分が帰ってきたことをまじまじと実感した。
やはり自分はどこまで行っても冒険者なのだ。
つい口元がニヤけるのを必死で取り繕い、イコルネはソーンに向き直る。
「本当にありがとう、おやっさん。すぐ払いに来るから期待して待っといて」




