4話 馴染みの店と姉妹刀
イコルネが冒険者ギルドのある路地から大通りへ出ると、早朝の混雑が一段落した街は、ゆったりとした空気を取り戻していた。
王都には東西南北に出入り門があり、その四か所を結ぶようにして大通りが十字に走っている。
ギルドのある西側から中央広場を抜け、南門へ続く大通りを歩いて行けば、比較的静かで宿が多かった街並みは、賑わう露店や商店へと様変わりしていった。
人を避けながら歩くイコルネは、どこからともなく漂ってくる香ばしい香りを吸い込み、そして、ため息とともに吐き出す。
重い足取りで向かうのは、マリアテールから一方的に取り付けられた待ち合わせの店だった。
誰にも会わないよう、こっそり冒険者登録をするつもりが、彼女に見つかったおかげで同窓会めいた席まで用意されてしまった。
四年前から変わらない友人の強引さに、呆れつつも懐かしさを感じていると、何気なく視線を向けた店のガラス戸に自分の姿が映る。
上等なローブとボロボロの服。
ローブの方もよく見れば所々に汚れや染みがあり、出稼ぎの農民や奉公人でさえ、もう少しまともな格好をしているだろう。
「流石に格好がつかないか……」
軽く頭を振ったイコルネは、大通りから一つ裏の通りへと進路を変える。
すれ違えば肩がぶつかるほどの細い裏路地を進み、人通りの少ない道へ出れば、目当ての店はすぐに見つかった。
雨だれの目立つ白壁の一階建て。
ひっそりとした佇まいは、扉にかけられた看板代わりの大きな蹄鉄がなければ、店かどうかも分からない。
そんな隠れ家のような店へ、イコルネは慣れた足取りで入っていく。
カランカランッとドアベルが軽快な音を立てて来客を知らせると、店の奥から低く嗄れた声が聞こえてきた。
「いらっしゃい」
顔を出したのは、口の周りにたっぷりと黒ひげを蓄えた店主の男。
背はそれほど高くないが恰幅がよく、カウンターに座っているのにイコルネより大きく見えた。
店主は髭を撫でながら、値踏みするような視線をこちらに向ける。
「服と……武器を見繕いたいんだけど」
イコルネはそう言いながら店の中を見渡す。
こじんまりとした店内には、左右の壁に剣や槍などの武器が掛けられ、床に並んだいくつもの木箱には、布の衣服から革の防具まで、様々な物が詰め込まれている。
どの箱にも値札はなく、商品というにはあまりにも無造作に放り込まれているが、自分の着ているボロ服よりは明らかに質が良い。
イコルネは近場にあった木箱からいくつか適当に服を取り、壁にかかる細身の片刃剣に手を伸ばす。
その手が鞘に触れようとした瞬間、店主の咳払いが店内に響いた。
「お前さん、駆け出し冒険者かなんかか? すぐおっ死ぬような奴にうちの商品は売らねぇぞ」
鋭く細められた店主の眼光は、イコルネの首から下がる真新しい冒険者証に注がれている。
「その綺麗なプレート、まだ新人だろ。一攫千金狙って田舎から出て来たのか知らねぇが、剣がありゃやっていけるほど冒険者は甘くねぇんだよ。もっとマシな防具が買えるようになってから出直しな」
低くドスの効いた声で言い放つ店主を、イコルネは真正面から見つめ返す。
威圧感のある態度と視線。シワが深く刻み込まれた顔は、子供なら泣いて逃げるような強面だ。
だが、この店主『ソーン・ダグラス』が、ただの偏屈ジジイではないことをイコルネはよく知っている。
「相変わらず厳しいなぁ、おやっさんは」
間の抜けた声を出せば、彼は途端に怪訝な顔になる。
イコルネを不信げにジロジロ観察してから、ピタリと視線を合わせ、そして唐突に目を見開いた。
「ッ!? お前、もしかしてイコ坊か? よく見りゃそのローブも《ただ前へ》の揃えのやつじゃねぇか!」
「はは、やっぱりこんな格好だと分かんないか」
頭を掻きながらヘラヘラ笑うと、ソーンは先程とは打って変わって、呆れたように眉を曲げながらこちらへやって来た。
「そんな紛らわしい格好してんじゃねぇよ! どこの田舎モンかと思ったじゃねぇか」
「いやまぁ、田舎者で間違いはないんだけど……」
「Bランク冒険者の田舎モンがいてたまるか! それよかお前さん、愛しの相棒はどうしたよ?」
改めてイコルネの頭の先から足の先までを眺めたソーンは、何も携えていない腰元へ目をやり、眉をひそめる。
学生時代から片時も離さずそこにあったイコルネの武器――二振りの黒刀。その姿が今はない。
戦闘屋と呼ばれるほど戦いの中に身を置き続ける冒険者にとって、扱う武器は生命線だ。
己の命を預ける相棒なだけに、生涯同じものを使い続ける者もそれなりにいる。
引退前のイコルネも、学生の時にこの店で買った双刀をずっと愛用し、新調した方が安いような刃こぼれをしても、鞘が割れて刃を剥き身で持ち歩く羽目になっても、決して手放さなかった。
だが、その相棒は、既に傍らにない。
「折れて捨てた……。そうだおやっさん、なんか新しいの見繕ってくんない?」
なんでもないことのように言えば、ソーンは訝しげな視線を送りつつも「ちょっと待っとけ」と店の奥へ姿を消す。
しばらくして戻ってきた彼の手には、二振りの刀が握られていた。
「うちで一番切れる姉妹刀だ。名を『乙女ノ炎舞』。跳ねっ返りだが気が合えば献身的に尽くしてくれる、戦いの女神たちだぞ」
「兄弟刀じゃなく、姉妹……?」
「あぁ、元になってるのが魔女鉄鉱って特殊なやつなのさ。繊細で気分屋な金属でな、刀を打つにも扱うにも機嫌を損ねると言うことをきかない、年頃の女みてぇな刀なんだよ」
「なるほど」と相づちを打とうとした時、引き抜かれた刀身から目が離せなくなる。
赤みを帯びた黒い刃。
艶やかな女性の髪を思わせる色合いが、店内の明かりを優しく映している。
「魔女鉄鉱ってのは、西のシルリア岩山で採れる鉄鉱石だ。元から帯びてる魔力で触わるもの全部焼いちまう厄介者なんだが、鍛冶師が火傷を負ってでも打ってみたいって憧れる、貴重な鉱石らしい。鍛冶師っていやぁ代表的な男の仕事だろ? そんな奴らを焦がれさせて、魅了し惑わす。だから魔女って呼ばれてんだ」
ソーンはにやりと悪戯めいた笑みを浮かべ、手に持つ刀へ視線を落とす。
「こいつで作られる刀はかなり少ねぇんだぞ。魔女鉄鉱は好みの温度も打つ角度も、それぞれに違うらしくてな。少しでも見誤れば、簡単に爆ぜて粉々に割れちまうんだと。その上、鉄鉱石自体の熱で、鉄を打つ時に体力と精神力をごっそり持っていかれる。見極める目と熱に耐えられる肉体、そいつが揃ってねぇと作れない。正真正銘の魔刀だ」
ゆっくりとソーンが手首を返せば、刃に反射した光が赤を映し、刃先に向かってスッと流れる。
「そうやって打たれた中でも、こいつは恐ろしく切れる。しかも、刃の角度から流す魔力の量まで選り好みする、癖の強い気分屋だ」
打つにも扱うにも、一癖二癖どころではないという曲者の刀。
それが二振り。
正直に言って、イコルネは全く扱える気がしなかった。
「お前さんなら気に入られるんじゃねえか?」
無責任にそんなことを言うソーンは、そっと刀を鞘に戻す。
「女の尻に敷かれるのも、じゃじゃ馬の手綱を握るのも得意だろ?」
意地の悪い笑みを浮かべる彼へ、イコルネは心底うんざりした視線を投げる。
学生時代に偶然この店を見つけ、一目惚れした刀を売ってくれと乗り込んだ時から、ソーンには事ある毎に世話になっている。
イコルネの黒歴史や友人の喧嘩に振り回されていたこと、冒険者時代のやらかしから零した愚痴まで、全て知られているのだ。
下手なことを言えば、更にからかわれることは目に見えていた。
ソーンのにやけ顔に懐かしさを感じつつ「やめてくれ」とため息をこぼす。
「ものは試しだ、一度振ってみな。裏手の庭は覚えてるだろ?」
ソーンは顎で店の奥を指す。
有無を言わせないその仕草に、イコルネは諦めたように頷くと、手に持ったままだった衣服をカウンターに置いてから、店の奥へと足を進めた。
狭い通路を抜け、突き当たりのドアを開けた先。
見覚えのあるそこは、試し斬りや友人との腕試しなど、何かにつけて訪れていた比較的広い裏庭だった。
店内の薄暗さに慣れていた目を眩しげに細めていると、後ろからついてきたソーンに乙女ノ炎舞を差し出される。
鞘を持ってもらったままゆっくりと抜けば、スラリと現れた二振りの刀身は、同じ鉱石から作られたのが分かる似た色合いで、どちらもとても美しかった。
細身の割にずしりと手にかかる重さ、それをじっくりと感じつつイコルネは軽く振り下ろす。
すると、刃先に当てたつもりもないのに、足元の草が一束、音もなく刈り取られた。
「うわ……」
思わず声が漏れるほどの切れ味。
左右を持ち替え、何度か握って振ってを繰り返しながら、手に馴染む握り方を慎重に探っていく。
最終的に、わずかに重く刃の厚い方を左手、軽く薄い方を右手に握ることで落ち着いたものの、結局のところ、どちらも聞いていた以上に癖がありそうだった。
ソーン曰く左が姉で右が妹らしいが、これに関しては基準が分からないのでイコルネは忘れることにする。
最後に軽く魔力を流してもう一振りすると、掠ってもいないはずの足元から鼻を突く焦げた匂いが漂い、芝の生えた地面に黒く深い溝が刻まれていた。
「扱いにくすぎるだろ……」
想像以上の威力に、ため息とぼやきがこぼれ落ちる。
しかし、陽の光にかざした二本の刀身からは、まるで『何でも斬ってやるから連れて行け』と言わんばかりに、熱となった魔力が滲み出ていた。




