7話 爆発
作戦開始から既に一時間以上。
崖上のタイラーたちは、鏡鎧蜂の群れを相手にし続けていた。
「海の部隊は何やってんだ……!」
マルコが声に焦りを滲ませながら剣を振るう。
崖の端から覗く巨大な巣はいまだ壊しきれておらず、続々と溢れ出す兵隊蜂は、数が減らないどころか時間とともに増えている気がした。
しきりに辺りを見回すマルコは、動きのキレこそ落ちていないが、表情に初めの頃ほどの余裕はない。
「俺らはともかく、このままじゃ後ろの奴らが持たないな」
少し前まで、後方から鏡鎧蜂を打ち落としていた遠距離魔法が、今ではほとんど飛んでこなくなっている。
単独でも魔物討伐をこなす冒険者と違い、長時間の魔法行使に慣れていない騎士団の魔法士たちは、完全にガス欠だった。
「お前ら、ちょっと派手に動け! ここを通したら後ろが壊滅しかねない! 敵の注意をできるだけ前線に引きつけろ!」
叫ぶマルコに呼応するように、ドルトンが鏡鎧蜂を勢いよく地面へ叩きつける。
派手に上がった土煙で周囲の蜂が集まり始め、そこへマルコが一際大きな斬撃を飛ばした。
フッと視界に落ちた影にタイラーが顔を上げれば、空中の鏡鎧蜂を蹴って高く飛び上がるマリアテールと目が合う。
彼女は細い鎖を蜂の胴へ絡ませると、器用に体を捻ってこちらへ投げた。
「タイラー打って!」
「はぁ!? いきなり、無茶言うな!」
真っ直ぐ降ってくる鏡鎧蜂を、大剣で無理やり打ち返す。
弾き飛んだ体からはするりと鎖が外れ、真上に群れていた数匹へ豪快に直撃した。
バチバチと音を立てて翅と手足が絡み、飛行力のなくなった鏡鎧蜂たちが地面へ落下する。
「お前! ほんといい加減にしろよ!」
「派手にできたんだからいいでしょ!」
「そういう問題じゃねぇだろッ……!」
全く悪びれないマリアテールへ怒鳴り声を上げた瞬間、視界の端に燃え上がる巨大な球が映った。
咄嗟に身を伏せて大剣を盾に構えれば、目の前で凄まじい爆発が巻き起こる。
鳴り響く轟音とともに爆風が吹き荒れ、目も開けられないほどの熱と光が、辺り一面を埋め尽くす。
砕けた地面が激しく剣にぶつかり、それすらも熱風で吹き飛んでいった。
ようやく風が止み、爆発が収まると、タイラーは身を起こして辺りを見回す。
薙ぎ倒された木々と大きく抉れた崖。
無惨に吹き飛んだ巣の上部は内側が剥き出しになり、あちこちに飛び散る破片は煙を上げて燃えている。
《迅魔巫》や騎士団の魔法士も、そこそこ威力のある魔法は使えるようだが、こんな馬鹿みたいな火力で味方のいる場所に撃ち込む奴は一人しか知らない。
「あんの、くそトーカ! この爆発で死人が出たらどうすんだッ!」
「そしたら死んだ奴が悪いのよ」
マリアテールが鼻を鳴らして隣へやってくる。
海へと視線を投げた彼女は、ゆっくり目を細めると、自信ありげに呟いた。
「たぶん兄さんはあれね」
指さした先にあるのは一隻の船。
他の四隻より少し前に出ているそれは、巣の正面を陣取り、こちらへ真っ直ぐに砲台を向けていた。
「……あの魔法、絶対上の命令とかじゃねぇだろ」
「でしょうね」
クスクスと笑うマリアテールは、兄がしでかした地形が変わるほどの爆発を見ても平然としている。
急な無茶振りをしてくるマリアテールといい、周りのことを考えずに魔法をぶっぱなすトーカといい、本当に厄介な兄妹だ。
ため息をこぼし、タイラーは海から視線を外す。
崖の上を改めて見回せば、爆発に耐えきれなかったであろう騎士たちが、数メートル後ろで伸びてしまっていた。
マルコ、ドルトン、ライナーの三人は、流石に気を失ってはいなかったが、一様に驚愕の表情で固まっている。
「あー、その……大丈夫か?」
ぎこちなく声をかけると、我に返ったマルコが駆け寄ってくる。
「今のはなんだ!?」
「多分……うちのリーダーがぶっぱなした」
「ぶっぱなした!? 味方がいるここへ向かって!?」
「まぁ、そう……」
「何か、合図があったとか……?」
「んなもんねぇよ。死人が出てねぇみたいで良かった」
気まずそうに頭を掻くタイラーを前に、マルコの表情が露骨に歪んでいく。
「ランティスが言ってたのはこれか……」
「俺らはちゃんと言うこと聞いてただろ」
「いや、お前ら二人も大概だよ……」
マルコがため息をついた時、海を見つめていたマリアテールが声を上げる。
「あそこ! 鏡鎧蜂が集まってる!」
急いで彼女の視線を追えば、船から巣の根元まで伸びた氷の上に、無数の鏡鎧蜂が群がっていた。
先程まで崖の上や船を襲っていた蜂たちも、他には目もくれずに、その場所へと向かっていく。
みるみる膨れ上がる群れは、互いを反射して黒く染まり、まるで大きな生き物のようだ。
不気味に響く羽音の合間には、かすかな衝突音が聞こえ、時折弾き飛ばされた数匹が海へ落ちる。
断続的に繰り返されているそれに目を凝らしていると、黒い塊が唐突に内側から裂けた。
隙間から見えたのは――見慣れた赤土色の頭。
百を超える鏡鎧蜂の中心で、一人刀を振るっているイコルネの姿だった。
タイラーは反射的に崖から飛び降りる。
岸壁に張り付く巣へ剣を突き立て、爆発で脆くなった表面をガリガリと削りながら、一気に滑り降りていく。
崖の中腹あたりを通り過ぎた時、異様な光が目に刺さった。
崩れかけた巣の奥に、陽の光を眩く映す巨大な蜂がいる。
縞のないつるりとした甲殻と背に生えた六枚の透明な翅、玉座に腰を下ろすかのような悠然とした佇まいは、紛れもなく女王蜂だ。
「女王を見つけた! 崖の真下だ!!」
そう叫ぶなり、タイラーは足場を強く蹴る。
ほとんど自由落下するような勢いで降りていき、巣が途切れたところで一気に跳んだ。
着地したのは分厚い氷の上。
まるで波の時間を止めたような氷は、ヒビが入る傍から再び凍り、海に浮かぶ足場を維持していた。
タイラーは躊躇いなく踏み込み、イコルネの元へ急ぐ。
崖の上からマルコがなにか叫んでいるが、女王の位置さえ伝えていればマリアテールは勝手に動く。
甲殻はそれなりに硬そうだったが、羽の根元や関節なら、筋力のない彼女でも切り落とせるだろう。
それに、あちらにはマルコとドルトン、ライナーもいる。
自分がいなくても、とどめを刺せるだけの戦力はあるはずだ。
タイラーは背に投げられる声に振り返ることなく、氷の上を駆け抜けた。
目前に迫った鏡鎧蜂の群れは、けたたましい羽音を響かせていた。
直径十メートルを超える歪な塊へ、タイラーは友の名を叫びながら大剣を横薙ぎに払う。
ガチガチと硬い音を立てた蜂が縺れるように吹き飛び、十匹近い数が勢いよく海へ落ちた。
「ははっ……!」
避けた塊の隙間から聞こえたのは、笑い声。
滅多に声を出して笑わないイコルネの、心底楽しそうな声だ。
視界を覆い尽くす鏡鎧蜂の中、イコルネは先日の魔窟潰しの時とは比べ物にならない速度で敵を斬っている。
尋常じゃないその動きは、まるで後ろにも目がついているのではと思えるほどで、背後と正面からの攻撃を同時に斬り伏せ、そのまま頭上の敵までをも落としている。
細かなかすり傷は負っているものの、この数を相手にそれで済んでいるのは、どう考えても異常だった。
「あの馬鹿ッ……!」
タイラーは奥歯を噛み、鏡鎧蜂の中へ飛び込む。
大剣を振り回して毒針を跳ね除け、イコルネの刀を一度だけ剣で受けると、一瞬動きを止めた彼の腕を掴んで思い切り投げ飛ばす。
驚きに身を固めたイコルネが氷上を滑って転がり出る。
それを追い、タイラーは蜂の塊を大剣で打ち崩して、自分も外へと抜け出した。
「ひとりで突っ走ってんじゃねぇよッ!!」
思わず怒鳴った声には鋭い怒気が滲む。
イコルネの無茶にはいい加減慣れている。
それでも、自らを省みない今回の戦い方は、どうしても看過できなかった。




