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AHEAD~再動したパーティは止まれない~  作者: あこね
第五章

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2話 招集


 煙草の煙が曇天に登っていく。

 開け放った窓に腰かけたイコルネは、今にも降り出しそうな空をぼんやりと眺めていた。


 王都の西側に位置するここは冒険者御用達の安宿だ。

 合成魔獣(キメラ)討伐の補填として、ギルド長のランティスに紹介してもらった宿で、通常なら一日銀貨二枚の部屋代を、ひと月大銀貨三枚という破格の値段で借りている。

 常に死と隣り合わせの冒険者相手に、こんな条件で部屋を貸すなど普通はありえない話だが、宿屋の主人は「前例があるので」と気前よく了承してくれた。

 ちなみにその前例は、Bランク冒険者であり友人のタイラー・シルベリートだ。

 ここは彼が泊まっている宿で、なんなら隣の部屋だった。


 それほど眺めも良くない三階の窓から煙を吐き出す。

 厚い雲に覆われた空は、朝だというのに薄暗く、緩く吹き込む風はじっとりと湿っていた。

 陰鬱な天気とは裏腹に、今日は珍しく寝起きが良い。

 イコルネは吸い終えた煙草を空き瓶の中に放り込むと、右隣から聞こえてくる物音に耳を澄ませた。

 壁の薄いこの部屋は、左隣が倉庫ということもあって、タイラーの部屋の音が特によく聞こえる。

 ガタガタと控えめに鳴っているのは、おそらく部屋の片付けでもしているのだろう。

 物が散乱する自分の部屋を見なかったことにしたイコルネは、窓脇のサイドテーブルへと視線を落とす。

 そこに置かれているのは、昨晩遅くに冒険者ギルドの使いから渡された封筒だ。

 中身は招集(・・)の知らせ。

 ほとんど読み飛ばしたのであまり覚えていないが、朝のうちにギルドへ集まるよう《ただ前へ(アヘッド)》のイコルネ宛で書かれていた。

 うちのパーティは基本的に昼以降の集合が多いので、こんな朝早く呼び出されるのは珍しい。

 そもそも集合時間が遅めになったのは、朝に弱いイコルネが遅刻し過ぎたせいではあるのだが、タイラーやマリアテールに叩き起されることなく間に合いそうな今回は、とても運が良かった。


 宿を出るまでは、まだそれなりに時間がある。

 いつもならもう一度寝直すところではあるが、今日はそれほど眠気もない。

 こんなにスッキリ起きられることなど滅多にないので、ふと思い立って、早めにギルドへ行くことにした。

 ベッド脇に掛けていたタオルを掴み、部屋を出る。

 廊下の突き当たりにある洗面台で顔を洗い、おもむろに髪を束ねようとした手が、空をきって項(うなじ)に触れた。

 思わず顔を上げれば、正面にある壁掛けの鏡には、髪の短い自分の姿が映る。

 前髪が短いおかげで気だるげな両目がはっきりと見え、寝癖の治っていない頭はどこか学生の頃を思い出させる。

 なんとなく気恥ずかしくなり、髪を雑に掻き回して、そそくさと部屋へ戻った。


 着替えを済ませ、入念な装備の点検を終えた頃、窓ガラスに当たる細かな雨音が聞こえてくる。

 降り始める前にギルドへ行くつもりが、少し遅かったらしい。

 手早く残りの身支度をすると、レインコートがわりにローブを羽織る。

 Cランクの昇級祝いにパーティ揃いで作ったこのローブだが、いまいち使いどころが分からず、イコルネは雨よけや軽い防寒着代わりとして使っていた。

 黒山羊の毛織に金の縁刺繍という無駄に上等な作りなのは『無骨な鎧やだらしない普段着でも、とりあえずこれを羽織っておけばそれなりの見た目になるから』というトーカの選定だ。


 イコルネは最後に乙女ノ炎舞(メディカラ)を腰に差し、部屋を後にして階段をおりる。

 一階のフロントで鍵を預けてから宿を出ると、小雨程度だった雨足は少し勢いを増していた。

 フードを目深にかぶり、足早でギルドへ向かおうとした時、後ろから聞き馴染みのある声がする。


「こんな時間にイコが起きてるとか、珍しいこともあんだな。……雨も降るわけだ」


 振り返れば、宿の入り口からこちらを見るタイラーと目が合った。

 揃いのローブを羽織った彼は、足早に駆けてくる。


「随分さっぱりしたな」


 フードの隙間から覗き込むようにイコルネを見上げ、タイラーが活発な笑みを向けてくる。


「昨日おやっさんとこで切ってもらった」

「あの人見かけによらず器用だよな。俺も切ってもらったことあるわ」

「金取られたけどな」

「銅貨五枚だろ。俺の時もそうだった。でも散髪屋じゃ銀貨は取られんだ、かなり良心的なんじゃねぇの」

「まぁ、それもそうか」


 二人並んで足早に路地を歩く。

 雨足は強まるばかりだが、気心知れた友人と雑談を交わしながらの道中は、それほど悪くなかった。



 * * *



 会議室の扉を開けると、聞こえていた話し声がピタリと止む。

 雨音響く部屋の中には、既に十人ほどの人が集まっていた。


 ギルドに着くなりイコルネたちが通された会議室は、奥行きがあるそれなりに広い部屋だった。

 中央に置かれた長机には椅子がいくつも並び、左奥を陣取るように、落ち着いた苔色のショートマントを羽織った貫禄のある四人組が座っている。

 その少し手前の向かい側には、爽やかな青を基調とした装いの若い六人組が、どこか緊張した面持ちで立っていた。

 一様に首から銀のプレートを下げているので、全員冒険者なのだろう。

 戦闘向きな装備が馴染んでいるあたり、どちらもそこそこランクの高いパーティらしい。

 彼らは入ってきたイコルネたちへ視線を向けながら、互いを牽制するように沈黙を落としていた。


「座ろうぜ」


 タイラーがずかずかと部屋へと入っていく。

 そのまま入口近くの椅子を引くと、背の大剣を外してドサリと座った。

 イコルネも隣に腰を下ろし、煙草を吸おうと腰鞄へ手を伸ばした時、入口の扉が勢いよく開く。


「あれー! イコに先越されてる!?」


 弾けるような明るい声を響かせ入ってきたのは、雨粒の光る黒いローブを羽織ったマリアテールだった。

 彼女はこちらへ駆け寄ってくると、勢いよく机の上に座る。


「こんなに早く来てるなんて、珍しー!」

「タイラーに叩き起こされたんじゃない?」


 後から入ってきたトーカが、からかうような笑みを浮かべて言う。

 彼もマリアテール同様、揃いのローブを羽織っていた。


「んなことしてねぇよ」

「じゃあ自力で起きれたんだ」

「たまたまな」

「もー、それができるならいつも遅刻しないでよ!」

「まぁ……気をつける」

「絶対思ってないでしょ!」


 急に騒がしくなった室内は、先程までの張り詰めた空気が消え失せ、代わりに呆れたような視線がこちらへ向いていた。

 周りのことなどお構いなしに喋っていると、再び扉が開く。

 豪快な足音を響かせて入ってきたのは、ギルド長のランティスと背の高い初老の男、補佐らしきギルド職員の三人だった。


「お、揃ってるな」


 部屋を見渡したランティスは、ちらりとイコルネへ視線を向け、連れ立った男と並んで長机の一番奥に腰を下ろす。

 隣に座る男は、体格のいいランティスと比べてなお大柄で、白地に赤い刺繍の施された、王城騎士団の隊服を着ていた。

 白い髪を後ろへきっちりと撫でつけた顔は厳しく、鋭い茶褐色の眼光で冒険者たちを見据える。


「とりあえず全員席に着け」


 ランティスが言うと、立っていた者たちがそろそろと椅子に座る。

 職員の女性が持ってきた分厚い書類の束が長机に広げられ、皆がそれに視線を落とす中、ランティスが硬い声で話し出した。


「まずは、急な召集に応えてもらって感謝する。今回集まってもらったのは、騎士団から合同討伐の依頼があったからだ」

「合同討伐……?」


 その言葉に皆の動きが止まる。

 冒険者ギルドと騎士団は名目上協力関係にあるものの、それほど仲の良い組織ではない。

 粗野で野蛮な冒険者と、国を守る神聖な騎士団。

 互いに魔物の脅威を退ける役割を担っていても、騎士団の中には冒険者のことを見下し、毛嫌いする者も少なくなかった。

 そんな者たちから合同討伐の依頼などと聞けば、いいように使われるか、捨て駒にされるか――そう勘ぐるのも仕方がない。


「とりあえず聞け。今回の討伐対象は鏡鎧蜂(ミラビー)って蜂型の魔物だ。討伐難易度はBランク。数十年に一度巣分けをするんだが、その巣が王都南の港近くで発見されたらしい」


 ランティスは机の資料を一枚指さす。

 そこには、鋭い針をもつ大きな蜂と、岸壁にへばりつく巨大な巣らしき絵が描かれていた。


「巣の規模は大型の帆船、約一隻分。蜂の数は偵察しただけでも千匹を超えてる。こいつらは肉食で人も襲う上、強力な神経毒をもった危険な魔物だ。早急に手を打たないと王都に甚大な被害が出るってことで、騎士団の方から冒険者ギルドへ協力要請が来た」


 そこで一度言葉を切ったランティスは、隣に座る男へ視線を向ける。

 男はそれに応えるように立ち上がると、注目する冒険者たちを見回した。


「私は王城騎士団団長、ダレン・ベルフォールだ。貴君らと騎士団との間に確執があることは承知している。しかし、今回の事態は王都ないしは王国の危機である。同じ、魔物の脅威から民を守る者として、協力を頼みたい」


 ダレンの瞳は真っ直ぐに冒険者たちを見つめる。

 そこには冒険者を見下すような色は微塵もなく、魔物を倒して王都を守りたいという、強い意志だけが浮かんでいた。

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― 新着の感想 ―
人を食うために襲うスズメバチがいる世界あまりにも物騒過ぎるなw
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