幕間 ギルド長の安息地
「エールを大ジョッキで」
カウンター越しの店主へ吐き捨てるように注文をする。
ささくれの目立つ木の椅子を軋ませ、ランティスは項垂れるように腰を下ろした。
一日の業務をなんとか終え、馴染みの酒場へ足を運んだのは、既に日付を越えようかという時間だ。
人のまばらな店内はほとんどのテーブルが空き、ちらほらと埋まる席では、出来上がった客たちが赤い顔で騒いでいる。
いつもなら陽気な酔っ払いを肴に晩酌を楽しむところだが、連日の激務のせいでそんな気にもなれない。
喧騒を避けてカウンター端の席へ座ったランティスは、結局耳に届く、聞きたくもない愚痴や下世話な話に、顔をしかめて重い頭を振った。
「はいよ、おまたせ」
目の前にエールのジョッキと小皿に乗った茹でナッツが置かれる。
顔を上げると、かつて冒険者仲間であった恰幅のいい店主がこちらを見下ろしていた。
自分とよく似た茶髪を後ろで一つにまとめ、タレ目がちな炭色の瞳が疲弊した友人を興味深げに眺めている。
ランティスは溢れんばかりのジョッキを無造作に掴み、一気に煽る。
一息で半分ほど飲み干し、音を立ててカウンターに置けば、口からは一日の疲れを吐き出すように大きなため息がこぼれた。
「随分お疲れじゃねーの」
カウンターの向こうで食器を磨き始めた店主は、どうやら話し相手になってくれるらしい。
「あぁ、忙しすぎて過労死しちまいそうだ……」
「お前がそんな風になるの珍しいな。でかい案件でも抱えてんのか?」
「そっちの方がまだ楽だ……」
「おいおい、敏腕と名高い冒険者ギルド長様をそこまで追い込むってなぁ、相当だな。お貴族様の接待でもしてんのかよ」
首を振り、小皿のナッツを摘む。
柔らかく塩茹でされたナッツは多めの胡椒がかかり、舌へのほどよい刺激で酒が進んだ。
「問題児どもが復活しやがったんだよ……。四年ぶりに集まったからってはしゃぎやがって……」
「四年前の問題児? …………もしかして《ただ前へ》か?」
「それだ、それ」
うんざりした声で返すと、店主は豪快に笑いだす。
「あの悪ガキども、また集まってやんちゃしてんのか! そりゃあ、お前がげっそりするわけだな」
「笑いごとじゃねぇ……。バラバラでやってる間は大人しくしてたくせに、集まった途端、依頼書を束で持っていくわ、他の冒険者と揉めるわ、次々と問題を起こしやがる」
「昔っから話題に事欠かねぇなぁ」
懐かしそうに笑う店主をため息混じりに睨む。
「こっちはたまったもんじゃねぇんだよ……」
「でもギルド的には、高ランクの依頼が消化されるのは嬉しいんじゃねぇの?」
「そりゃな。けどペースが早すぎて、素材の鑑定も卸しも追いつきゃしねぇ……。職員たちが毎日泣きながら業務に追われてんだ。今朝だって、袋いっぱいの魔核と大量の素材をいきなり持ち込みやがって……そろそろマジでぶっ倒れる奴が出る」
「まぁ、魔物素材は鮮度が命だから仕方ねぇわな」
「しかもあいつら、ギルド内で平気で喧嘩おっぱじめやがんだぞ。職員は怖がって声も掛けられねぇし、依頼量の調整を任せてる受付は、毎回二つ返事で受理しちまうもんだから、歯止めも効かねぇ……」
「そりゃあ、あいつらを制御できるのなんか、駆け出しの頃でもお前くらいだったろ」
「俺にもできてねぇよ……。なんなら昔より面の皮が厚くなってる。どいつもこいつも、面倒ごとは全部俺に押し付ければいいと思いやがって。……トーカに至っては、ややこしくした上でわざとこっちに投げてくんだぞ? そういうのはあいつの得意分野だろーが!」
「天下のギルド長様が完全に舐められてんなっ」
ゲラゲラと笑う店主に舌打ちして、残りのエールを一気に飲み干す。
追加のエールと腹に溜まるつまみをいくつか頼むと、店主は軽い返事をしてカウンターの奥へと引っ込んでいった。
ランティスは頬杖をつき、茹でナッツを口に運びながら今朝のことを思い出す。
大量の魔核と素材に目を回した職員を助けに出たら、ロビーの隅に人集りができていた。
行ってみれば案の定、中心にいたのは《ただ前へ》だ。
昔から加減を知らないあいつらは、ギルド内だろうと平気で流血沙汰を起こすので気が気ではない。
タイラーの話では、魔窟潰しを終えた足でそのまま報告に来たらしいが、四人とも大した怪我を負っていない上、元気があり余っている様子だった。
魔核の量から察するに、気性の荒さで有名な緑蜥蜴が二百はいたはずだ。
それをたった四人で殲滅し、高難易度の魔窟潰しを完遂して帰ってこられるほど、今の《ただ前へ》は強い。
駆け出しの頃は、依頼へ行くたび傷を増やす姿に気を揉んだものだが、最近はもっぱら、こなしてくる依頼の量に気を揉む羽目になっている。
無謀なパーティ編成。
無茶な討伐量。
そして脅威の昇級速度。
ランティスとしても、がむしゃらに頑張る若者は、できるだけ応援してやりたい。
しかし、まるで生き急ぐように戦いの中へ身を沈め、自らを削りながら強さを求めるあいつらのことは、今も昔も目が離せなかった。
――いや、むしろ無駄に好戦的なせいで、問題のしわ寄せがすべてこちらへ来るから目が離せないだけかもしれない。
とことん厄介で面倒な奴らが、よくもまぁあんなに集まったものだ。
四年経って、その厄介さに拍車がかかっているのだから、尚更タチが悪い。
それでもランティスは、あいつらのことを誰かが見ていてやらなければ、と思う。
強くなったことで、命という一線へ簡単に手が届くようになったからこそ、止まることを知らないあの四人を、余計に放ってはおけなかった。
ランティスは最後のナッツを口へ運び、小さく息をつく。
こんなことを改めて考えるのは、四年ぶりに会ったイコルネから、以前にも増して危うさを感じたからかもしれない。
かつて、彼らをBランクへ上げた昇級試験で、己の中にだけ誓った覚悟。
――ギルド長である自分、マンティス・マクレーンがこの冒険者ギルドにいるうちは《ただ前へ》を繋ぎ止める楔であり続けること。
片時も目を離せないこいつらが、生き急ぎ過ぎぬよう。
せめて戻れる場所となり、寄る辺にできる大人であり続けられるように。
「はいよ、大盛りサービスだ」
ゴトリと目の前に置かれた山盛りの揚げ鶏に目を見開く。
顔を上げれば、店主は追加のエールをジョッキになみなみと注いでいた。
昔から変わらない活発そうな笑顔には、労いの色が濃い。
「仕事終わりにまで難しい顔してたんじゃ休まらねぇだろ。腹いっぱい食って、酒飲んで、明日の英気を養え」
「……悪ぃな」
「厄介な役まわりを押し付けたのは俺らの方だしな。愚痴ならいくらでも聞いてやれる。ここでくらい気抜いて、背中に背負ってるもん軽くしていけ」
差し出されたジョッキは凍りそうなほどに冷えていた。
昔、酒を持ち寄って飲んだ時に、こうするとエールが何倍も美味いと話したのを覚えてくれていたらしい。
普段からそんなサービスをする店ではないので、疲弊した自分のためにわざわざ用意してくれたのだろう。
ランティスは力強く受け取ると、喉を鳴らして一気に喉の奥へ流し込む。
「かーっ! やっぱ冷えたエールは最高だな!」
「お前の好みなら全部お見通しだ。ほらよ、揚げ芋と叩き瓜」
カウンターに並べられたのは、濃いめのきつね色に揚がった小芋と砕いた青瓜を塩と燻製油で和えた小皿だ。
頼んでもいないのに、小ぶりの腸詰めまで皿に添えてある。
どれもこれも好物ばかり、食欲を刺激する光景に腹の虫が堪らず声を上げた。
「それじゃあ、明日の英気を養わせてもらうとするか!」
「おう! たんと食え!」
勢いよくかぶりついた揚げ鶏は揚げたてだ。
溢れ出る熱々の肉汁で、ランティスは口の中を盛大に火傷した。
次回の投稿は、明後日9月20日(日)となります。
※明日は活動報告にて登場人物紹介④を投稿しますので、興味がある方は覗いてみてください。




