10話 言いがかり
「緑蜥蜴の肉は、店にならんでても不思議じゃないと思うのよね」
窓枠に腰掛けたマリアテールが腕を組んでしみじみと言う。
あまりにも真剣なその表情に、イコルネは思わず苦笑した。
魔窟潰しを無事に終えた四人がギルドへ着いたのは、翌々日の朝だった。
冒険者ギルドの業務が開始されるこの時間は、ロビーの利用者が最も多くなる。
新規の依頼が多く張り出されるせいもあるが、依頼を持ち込む者や、前日分の素材を買取にくる業者など、冒険者以外も頻繁に出入りし、それなりに広いはずのロビーは人でごった返していた。
長蛇の列ができる受付から早々に離脱したイコルネは、マリアテールとともに比較的人が少ない窓際へ避難した。
トーカとタイラーを待ちながらのんびり煙草をふかしていると、隣のマリアテールが真顔で緑蜥蜴について語り出す。
「しっかり脂がのってて、お肉の味も濃かったし、そこらの豚や鳥なんかより全然美味しかったわ。あんな大当たりを引いたの久々よ」
「まぁ、確かに美味かったな」
「そうよね! 簡単に倒せるんだから、もっと流通すればいいのに……」
心底残念そうな彼女の言葉に肉の味が蘇る。
綺麗なサシの入った緑蜥蜴の肉は――正直、かなり美味かった。
口に入れた途端、甘い脂が口いっぱいに広がり、焼いただけとは思えない柔らかな肉質は、咀嚼も程々にあっという間になくなってしまった。
爬虫類は淡白で鶏肉に似ていると聞いたことがあるが、あれはむしろ上質な牛肉に近い。
四人とも夢中で平らげ、なんならおかわりの肉を取りに行った。
しかし緑蜥蜴は、気性が荒く、基本的に群れで行動する魔物だ。
依頼は『Cランク以上の複数人パーティ』が最低条件と、なかなかに討伐難易度も高い。
そんな魔物を「簡単に倒せる」と言ってのけ、あまつさえ食用化なんて考えてしまえるのは、彼女が限りなくAに近いBランク冒険者であるからこそだった。
「でも、あの魔窟にはがっかりよ……。もっと色々出てくると思ったのに、蜥蜴しかいないんだもの。折角イコが行ける中で一番高い難易度の依頼を選んだのに……拍子抜けよね」
「それは聞き捨てならないな!」
突然会話に割り込んできた声に、二人揃って視線を向ける。
そこにはガチャガチャと音を立てながらこちらへ歩いてくる、頭部のない全身鎧を身につけた金髪蒼眼の青年がいた。
目鼻立ちのはっきりした、いかにもモテそうな美男子で、ご丁寧に周りには何人も女性を侍らせている。
人混みを掻き分けてイコルネたちの目の前まで来ると、彼は仁王立ちでマリアテールを見下ろした。
「君がBランク冒険者のマリアテール・ロットだな?」
「だったら何よ」
一歩前に出た彼女は、腰に手を当て、喧嘩を買う気満々だ。
「僕のパーティの子が、君に依頼を横取りされたと泣きついて来たんだ。それなのに『拍子抜けだ』なんて台詞が聞こえたから、一言申したくなってね」
「知らないわよ。そもそもあんた誰?」
「はぁ……ギルドを担う高ランク冒険者だというのに、パーティのことも把握していないのか」
手を広げ大袈裟に首を振る仕草は、演技がかっていて妙に鼻につく。
青年は無駄に色気のあるため息をつくと、胸のプレートを拳で叩き、高らかに声を張った。
「僕はBランク冒険者のライナー・アクエス! Bランクパーティ《神奏の剣》のリーダーだ! そしてこの子たちはパーティのメンバー、まだCランクだがすぐにでも昇級できる実力者揃いだ!」
誇らしげな彼は透き通るような蒼眼でマリアテールを見据える。
「先日、君が依頼書を奪い取ったと相談してくれたのはこの子だ。見覚えくらいはあるだろう?」
ライナーが隣に立つ魔法士らしき女性の肩を抱く。
緩く茶髪を編んだ彼女は、こちらを睨むように顔を作ってはいるが、ライナーに引き寄せられたことがよほど嬉しいのか、頬が赤く染まっていた。
マリアテールはそんな二人を一瞥すると、ライナーの真似をするように大袈裟に首を振ってみせる。
「知らないわね、言いがかりじゃない? まぁ、そんなとろそうな奴なら、うっかり横取りされても不思議じゃないかもしれないけど」
「君は本当にBランク冒険者か!? 依頼書は原則掲示板から剥がした者が受けるルールだろう! それをBランクともあろう者が横取りなんて、恥ずかしいとは思わないのか!」
「ルール、ルールって……今どきの冒険者はそれしか言わないのね。知らないって言ってんでしょ! どうせあんたの気を引きたいとか、くだらない理由で嘘ついてるんじゃないの? そっちの色恋沙汰に私を巻き込まないでくれる?」
「な……!? 彼女を嘘つき呼ばわりする気か! そもそも僕たちはそんな不埒なパーティではない!!」
「あら、そう? 周りはあんたを狙う気満々な目をしてるわよ? リーダーなのに、そんなことにも気がつけないのね。その無駄にでかい目はただの節穴なのかしら」
煽りすぎだ。
正義感を振りかざす輩は、マリアテールが一番嫌うタイプだが、それにしたってここまで頭に血を登らせる必要はないだろう。
案の定ライナーは拳を握りしめ、小刻みに震えるほどの怒りをあらわにしていた。
「君は、それでも王都屈指のBランク冒険者か!! こんな奴が僕より格上だと思われているなんて、断じて許せない! Bランクとは人格をも認められた、選りすぐりの冒険者のはずだろう! それが自分の罪を認めないどころか、僕の仲間を侮辱するとは! 君はBランクに相応しくない!」
「さっきからBランクBランク、うるっさいわね! 私はランクが高い方が楽しい依頼が多いから上げただけよ!」
「本当に責任感の欠けらもないんだなッ! 今すぐ君を降格させるべきだ!」
「やれるもんならやってみなさいよ! 私より弱っちい奴がいくら吠えたって、聞く耳は持って貰えないでしょうけどね!」
「言わせておけばッ!!」
完全に火のついた二人は、同時に刃物を抜いた。
流石にこんな場所で戦闘を開始されてはたまらない。
イコルネが間に入ろうと壁から背を離した時、ガシャンッと大きな音を立て、ライナーが仰向けに倒れ込んだ。
見れば、彼の鎧の上には、いつの間にか戻ってきていたトーカが、胸を踏むようにして足をかけている。
トーカの顔は微笑みを浮かべているが、その目は酷く冷え、笑っていない。
「やぁライナー。いつも暑苦しいくらい正義感たっぷりの君が、僕の妹に刃物を向けているのはなぜかな?」
体重を乗せて踏みつけられた鎧は、なぜか足の乗っていない箇所がベコベコと音を立てて凹んでいく。
隣に立っていた魔法士の女性は、目の前の光景に圧倒され、ライナーを助けることもできずに座り込んだ。
胸を圧迫されたライナーは苦痛に顔を歪め喘ぐように口を動かす。
「……か……た」
「聞こえないな。言いたいことがあるならちゃんと声を出しなよ」
「わる……か……た」
「僕は謝罪じゃなくて、理由を聞いてるんだ」
トーカは尚も体重を乗せる。
原型がないほど凹んだ鎧は、既にライナーの体に沿うような形状となり、これ以上は骨や内臓が潰れていくだろう。
ミシミシと金属とは違う生々しい音が鳴り出した時、見物していた人垣が割れ、大きな影が飛び込んでくる。
「それくらいにしとけ!!」
制止の声を張り上げながらトーカの腕を掴んだのは、冒険者ギルド長のランティスだった。
トーカは足を載せたまま視線を上げると「なんで?」と温度のない声で返す。
「マリちゃんに刃物を向けたんだ、彼だって殺られる覚悟はできてるはずだよ」
「それを、俺が許すわけねぇだろうが。ここは冒険者ギルドだぞ」
「だから何? 最悪死ななければ、ギルドが関与することじゃないでしょ」
淡々と言うトーカの声には刺すような殺意が滲む。
しかしランティスはそれに怯むことなく、腕を掴む手に力を込めた。
「俺の目の前で、大事な冒険者を潰させるわけにはいかねぇんだよ」
威圧感のあるドスの効いた声が響く。
ロビー内のざわめきさえ遠のくような緊張感が張り詰め、二人は静かに睨み合う。
それを断ち切ったのは、マリアテールの大きなため息だった。
「もういいわよ、兄さん。そいつは気に食わないけど、別に怪我させられた訳でもないし。こんな雑魚のせいでランティスさんと揉めるなんて、馬鹿らしいわ」
「……そう?」
トーカは唐突に雰囲気を和らげる。
ライナーに乗せていた足を退けると、ランティスの手をするりと抜け、マリアテールの元へのんびりとした足取りで歩いてきた。
先程までの殺伐とした空気が嘘のように、もういつものトーカだ。
ランティスはトーカから視線を外し、泡を吹いて失神しているライナーの鎧を力任せに引き剥がす。
ギシギシと音を立てて外れた胸当ての下の身体は、所々鬱血しているものの大きな外傷はなさそうだった。
安堵のため息とともに「平気そうだな」と呟くと、周りで呆然としていた《神奏の剣》の面々が、悲鳴のような声を上げながら駆け寄っていく。
ランティスは今さらパニックになっている彼女らへ、救護室にライナーを運ぶよう指示を出し、じっとりとした視線をこちらへ向けた。
「お前らは問題を起こさねぇと気がすまねぇのか……」
「先に絡んできたのはあっちよ」
「私たちは悪くないわ」と全く悪びれないマリアテール。
「そうだね」と妹全肯定のトーカ。
それを見て苦笑すれば、ランティスはイコルネにも物言いたげな視線をよこし、そして諦めたように深いため息をついた。




