6話 遺跡のような
「お前、危なっかしいにもほどがあんだろ……」
隣を歩くタイラーが、ため息を漏らしながら恨めしげに見上げてくる。
イコルネは刺さる視線をかわすようにヘラヘラと笑った。
「悪かったって。でかいのがいたから豚頭鬼でも出たのかと思ったんだよ」
「うそつけ。蹴り倒してからも普通に斬ろうとしてただろうが」
「……気のせい」
「お前ほんと……『殺生法』読み直してこいよ……。パーティ復活一発目で冒険者資格剥奪とか、勘弁してくれ。……そもそも、あんな雑魚相手に本気で斬りかかってんじゃねーよ。ただでさえランティスさんに目つけられてんのに。お前らが問題起こすたびに小言いわれんの、俺なんだぞ?」
タイラーは完全に説教モードだ。
こうなってしまっては、もうなにを言っても怒られる。
新しい煙草に火をつけ、大人しく相槌だけ打って聞き流していると、後ろを歩くマリアテールがけらけらと笑った。
「イコがお説教されてるぅ」
「てめぇもだぞ、マリアテール! なんでもかんでも、すぐ相手の挑発に乗りやがって」
「だって弱っちいくせに突っかかってくるんだもん。言われっぱなしで《ただ前へ》の名に傷がついたら嫌じゃない!」
「だからってわざわざ揉めごと起こすんじゃねぇ!」
標的が変わり、これ幸いとタイラーの視界の外へ逃げる。
歩調を緩め、最後尾を歩くトーカの後ろへまわると、イコルネは羽虫でも払うように右手の刀を振った。
その瞬間、ギャッと不快な声とともに血飛沫が舞う。
真っ二つになって地面に落ちたのは、五十センチほどの赤蜥蜴。
手首を返し、刀を上へ振りあげれば、石壁から飛び降りてきた一回り大きい青蜥蜴の首が飛ぶ。
どさりと落ちたその上に、今度は横から飛んできた緑蜥蜴が音を立てて折り重なる。
ひっきりなしに襲ってくる蜥蜴型の魔物をあしらいながら、イコルネたちは魔窟の奥へと進んでいた。
異様な雰囲気を放つ魔窟の入口を通り抜けた先。
四人の前に広がっていたのは、樹木に飲み込まれた石造りの遺跡だった。
朽ちてひび割れた石壁。
木の根に締め上げられた石柱。
崩れかけの天井からは薄い陽光が差し込み、苔むした石畳をまだらに照らしている。
遠くに聞こえるかすかな水音は、どこかに用水路でもあるのだろう。
森に沈んだ、荘厳な遺跡――しかしそんな場所は、ターナリア大森林には存在しない。
空も森も、建造物もすべて、魔窟の核である魔物によって生み出された幻だ。
人の営みや歴史なんてものは微塵もなく、ただ魔物にとって好ましい空間を、膨大な魔力が形作っているだけ。
その証拠に、身を隠せる無数の岩陰やじっとりとした暖かな空気は、いかにも爬虫類が好きそうな環境だった。
魔窟に入ってから、既に一時間近く。
核を探して歩き回っているものの、相変わらず襲ってくるのは蜥蜴ばかり。
見た目こそ大小様々で色彩豊かだが、それほど強くもない上、こうも数が多いと流石に飽きてくる。
四人にうんざりした表情が浮かび始めた頃、イコルネは投げやりに刀を振るいながら顔を顰めた。
「……っくそ……目が痛ぇ」
赤紫に染まる右目は、瞳孔が不自然に萎縮し、真っ赤に充血している。
「うわっ、ひでぇな……どうした?」
心配げに覗き込んできたタイラーへ視線を向けると、ズキリと目の奥に痛みが走った。
先程から右目の視界がおかしい。
木々も、地面も、流れる水さえも、目に映るすべてが眩く発光して見える。
魔力を光や色として捉える魔眼にとって、魔力そのものでできた魔窟は元々視界の悪い場所だ。
魔力が濃いほどその輝きも増していくが、ここへ入ってすぐの頃は多少眩しさを感じる程度で、魔力の色も容易に見分けられていた。
しかし時間が経つにつれ、光がどんどん強くなっている。
白飛びするほど眩い魔力は、それ自体が攻撃性を持つかのごとくイコルネの右目を貫き、鋭い痛みとなって頭の奥にまで届いていた。
「魔力が、眩しい……太陽を直視させられてる気分……」
イコルネは苛立たしげに刀を振り、飛びかかってきた赤蜥蜴を斬り捨てる。
びしゃりと跳ねた血を軽く避けたマリアテールが、振り返りながら気遣わしげに眉を下げた。
「イコがそんな風になるの、初めてよね。……なんかここの魔力は、濃いだけじゃなくて変な感じがするし……」
彼女も魔窟の異様さは感じ取っているようで、辺りを見回す瞳には警戒の色が滲んでいた。
「仕方ないなぁ。今回の索敵は私が引き受けてあげるわ、……よっ!」
そう言って足元の小石をこちらへ向かって蹴り飛ばす。
イコルネの右頬すれすれを飛んでいった石は、背後で軽い破裂音を鳴らして、壁に擬態していた苔蜥蜴の頭を潰した。
「……助かる」
「どういたしましてー。それにしても、蜥蜴ばっかり出過ぎじゃない? いい加減飽きたし、もう帰りたくなってきたわ……」
「お前、自分で持ってきた依頼だろうが……!」
タイラーが緑蜥蜴を叩き斬りながら声を上げる。
ちらりとこちらを見た彼は、雑に目を擦るイコルネへ「擦んな!」と注意すると、身を返す勢いのまま赤蜥蜴を三匹まとめて打ち飛ばした。
* * *
しばらく探索を続けていると、石畳の広間のような場所へ出る。
遺跡のちょうど中央に位置するここは、なぜか他に比べて襲ってくる魔物の数が少なかった。
眩しすぎる視界に魔眼を諦めたイコルネは、右目の色を戻して辺りを見回す。
木の根に押し上げられ隆起した石畳、崩れて積み上がった石壁。
魔物の潜む場所は多そうだが、全体的に荒れ果てた雰囲気の場所だ。
「……なにか聞こえる」
先頭を歩いていたマリアテールが不意に足を止める。
声を落とした彼女は辺りの気配を探りながら、静かに腰のサバイバルナイフを抜いた。
「結構な数よ……」
遺跡の静寂に耳をすませば、地面を引っ掻くような音がかすかに鳴っている。
ザリザリと響くその音は、こちらを取り囲むように広がっているようだ。
全員が警戒を強め、張り詰めた空気の中、目の前の草むらが大きく揺れた。
咄嗟に飛び出そうとしたマリアテールが、現れた魔物の姿に足を止め、盛大に非難の声を上げる。
「よりによって、なんで蝕蜥蜴なのよ!」
草陰からこちらを見ていたのは、手のひらほどの小さな蜥蜴だった。
ぬらりと光沢のある鱗は黄色と黒の斑模様で、口から滴り落ちた唾液が地面をジュウッと溶かす。
「キィィーーーッ!」
耳を劈くような鳴き声が響き、それを合図に次々と蝕蜥蜴が姿を現す。
千や二千では収まらない蜥蜴の群れは、キキキッと声を上げながら一斉にこちらへ向かってきた。
飛び散る血飛沫と、耳障りな鳴き声。
あちこちでシュウシュウと腐蝕音が響き、土埃の向こうから無数のまだら模様が這い寄ってくる。
「あー、もー! うっざい!!」
後ろのマリアテールがサバイバルナイフを振り回しながら叫ぶ。
蝕蜥蜴の体液に触れた刃は、白煙を上げながらボロボロに腐蝕していた。
「このナイフ気に入ってたのに! 弁償しなさいよ!!」
「魔物相手に弁償とか言ってんじゃねぇよ! つーかこれ、キリがねぇぞ!」
怒鳴るタイラーは石畳を大剣で叩き割り、蝕蜥蜴ごと地中に沈めていく。
だが、小さな体は簡単には潰れず、瓦礫の隙間から次々と這い出してくる。
「チッ……やりにくいっ!」
イコルネは舌打ちをこぼし、飛びかかってきた蝕蜥蜴を乙女ノ炎舞の背で器用に弾き飛ばす。
数匹まとめて宙を舞うが、切っ先を掠めた蜥蜴から血が吹き出し、横にいるタイラーの腕をかすめた。
「あっぶねぇって、イコ!」
「悪いッ」
イコルネは雑に謝りながら混魔屑を投げる。
石畳へ当たるなり、蝕蜥蜴を巻き込んで爆発するが、少々減らしたところで群れの動きは変わらない。
「イコ! 爆発させたら、血が飛ぶッ!!」
「斬ったら刀がダメになるから……!」
「刀より仲間を優先してよ!! あー! スカートに穴あいちゃった!」
「お前ら! くっちゃべってねぇで、この状況どうにかしろ!!」
怒鳴り合いながら襲い来る群れを退け続ける。
しかし、どれだけ倒しても、近接戦闘が得意な自分たちでは、無数に湧く小さな魔物を殲滅するのは難しい。
このまま持久戦になればジリ貧だ。
その時、身体にまとわりつく魔窟の魔力が、唐突に解けて消える。
感覚的なそれに思わず動きを止めれば、今まで完全に気配を消していたトーカが後ろから叫んだ。
「全員跳べ!!」




