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AHEAD~再動したパーティは止まれない~  作者: あこね
第四章

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5話 槌矛の蛙


 トーカが追いついた時には、既に口論が始まっていた。

 先行していたマリアテールたちと向き合う、三人の男。

 彼らは魔窟の前を陣取り、横並びで仁王立ちしていた。


「だからそこをどきなさいって!」


 怒っていても妹の声は可愛い。

 大柄な男へ掴みかかる勢いで怒鳴るマリアテールは、すぐ後ろへやってきたトーカに全く気づいていない。


「ギャーギャーうるせえな! この魔窟は俺たちの獲物だ。ガキは帰って母ちゃんの手伝いでもしとけ!」

「誰がガキですって!? 私はとっくに成人してるわ! あんたたちみたいに無駄に歳くってるだけのジジイより、よっぽどまともな大人よ!」

「んだと、ゴラァ!」


 男はマリアテールの真っ直ぐな煽りに青筋を立てる。

 血管の浮く頭は綺麗に剃り上げられ、耳の横から頭頂部へかけて、うねるような蛙の刺青が入っていた。

 トーカより高い背と筋肉質の大きな身体。

 腕にはめた無骨なガントレットや背負う大きな戦鎚など、いかにも荒くれ者といった風貌だ。

 先程の物言いから察するに、おそらく彼らも冒険者なのだろう。

 両脇に立つ男たちは、山刀を腰に下げた身軽そうな痩躯の男と、杖を握りフードを目深に被った猫背の男という、三人パーティらしい組み合わせだった。

 そして、全体的に背の高い彼らと並ぶと、小柄なマリアテールとタイラーは確かに子供のように見える。


「マリちゃん、ちょっと落ち着いたら?」

「きゃっ!」


 マリアテールが小さく叫んで振り返る。

 頭に血が上りすぎると目の前のことしか見えなくなるのは、彼女の悪い癖だ。

 しかしそんな短慮な所も、驚いて猫のように飛び上がる姿も、妹の行動はすべて愛おしいので、矯正しようとは思わない。


「驚かさないでよ、もう!」

「ごめんごめん」

「いや、結構前からいたぞ……」


 呆れ顔でこちらを見るタイラーは、やれやれと言うように首を振る。


「それで? なんでこんな所で井戸端会議してるの?」

「そんなことしてない!」

「ふふっ、そんなに怒らないでよ」


 ぽんぽんと頭を撫でて宥めていると、じろりとこちらを見た男が口の端を上げる。


「おうおう、やっと話が通じそうな保護者がでてきたじゃねーか! このガキ共がルールも守らずに騒いでんだ、連れて帰ってくれや」

「だからガキじゃないって言ってんでしょ!」

「マリちゃん、ちょっとだけ静かにしててね」


 鼻息荒く怒鳴り返したマリアテールを下がらせ、トーカは友好的な笑みを作って一歩前に出る。


「無知で申し訳ないんだけど、君の言うルールってのを聞いてもいい?」

「無知ってのは罪だなぁ、おい。一端の冒険者なら、常識くらいは知っとかねぇとこの業界で生き残れねぇぜ? お前らみたいな優男とガキのパーティじゃ尚更な」


 ふんっと鼻を鳴らした男はこちらを嘲るように見下ろす。


「いいか、しっかり頭に刻んどけよ? 冒険者同士が同じ獲物でぶつかった時は『早い者勝ち』ってルールがあんだよ。出遅れた奴は大人しく諦めろ。これが分かってねぇ馬鹿は、無駄な血を流す羽目になる」


 片眉を上げ、完全にこちらを舐めきっている男は、マリアテールへ視線を戻すと声に威圧感をのせる。


「優しい俺がわざわざ教えてやったんだ。とっとと諦めて帰りやがれッ! この魔窟は、俺たちのもんなんだよ!」


 大声でそう言い放った男は堂々と腕を組む。

 しかし、不意に眉をピクリと震わせると、鋭くこちらを睨む。


「……いや待て。そもそも張り出されてすぐ受けた依頼だってのに、他の冒険者とかち合うなんておかしくねぇか? ……まさかお前ら、冒険者のフリした魔材狩りじゃねぇだろうな?」

「そんなわけないでしょ! あんなゲスな連中と一緒にしないで!!」


 マリアテールが叫ぶ。

『魔材狩り』は魔物素材を専門に調達、売買する者たちのことだ。

 れっきとした職業だが、冒険者のように規律や契約があるわけではないので、タチの悪い輩が多い。

 他人の倒した魔物を掠め取ったり、弱いものを囮にしたりと、簡単に悪事へ手を染める印象も強く、競合相手である冒険者からは特に嫌われていた。

 猛抗議している妹ほどではないが、悪質な魔材狩りと間違われるのは良い気がしない。

 軽蔑の滲みかけた顔を笑顔で隠し、トーカは小さなため息をひとつついた。


「僕らは王都の冒険者なんだ。掲載されてすぐってことは、君たちは近くの街……多分、ギーキルの冒険者でしょ? あそこは王都と同じ依頼が出ることも多いし、受付が被っちゃっただけだと思うよ。決して君らの後をつけて来たわけじゃないから、安心して」


 男はいまだ疑っているようだが、ひとまずは話に納得はいったのか、小さく肩を竦めると改めてこちらを睨む。


「そういうことならさっき言った通りだ。お前らは諦めて帰んな」

「だから嫌だって言ってんでしょ!! あんたたちが勝手に決めたルールなんて、私たちには関係ないのよ!」

「はぁ、うっせぇな……。理解できねぇガキはすっこんでろよ」

「ごちゃごちゃうるさいのはそっちでしょ! さっさとそこ退かないと、痛い目見るわよ!!」

「へぇ? そんな細い腕でどう痛めつける気だ? あ?」

「ッ! ……調子に乗んのも、大概にしなさいよ」


 声を落としたマリアテールが、音もなく腰のサバイバルナイフを抜く。

 とうとう我慢の限界を超えたらしい彼女は、身を屈めて臨戦態勢に入ると、男への敵意を剥き出しにした。

 纏う空気は刺すように鋭く、熱の消えた瞳は完全にキレている時のそれだ。

 元々手加減が苦手な彼女は、このまま戦闘になれば怪我を負わせるだけでは止まらないだろう。

 とはいえ、いくら人目のない森でも『殺生法』のあるこの国で、大事な妹に人殺しなんてさせられない。

 そんなことをさせるくらいなら、自分が代わりに殺る。

 隣で呆れたため息をこぼすタイラーと視線を交わし、トーカは手の中で静かに親指と中指を合わせた。

 指を鳴らすだけで発動できるよう自ら改良した魔法を、同時にいくつも構築しながら、睨み合う二人の気配を探る。

 魔法の発動速度で妹に遅れをとるとは思わないが、目で追えない速度で動く彼女を避けつつ、男にだけ魔法を当てるのは流石に難しい。

 だから狙うなら、男が武器を抜く瞬間――マリアテールが飛び出すための予備動作に入る一瞬だ。

 ナイフを構えて隙を伺う彼女へ、男はにやりと笑う。


「冒険者たるもの、そう来なくっちゃなぁ!」


 目をギラつかせ、見せつけるようにゆっくりと背負った戦鎚へと手を伸ばす。

 そして、太く無骨な指が戦鎚の柄に触れたその瞬間。

 トーカが指を鳴らすより早く、男は後ろへと吹っ飛んだ。

 その場の全員が驚きに動きを止める。

 男へ攻撃したのは、マリアテールではない。

 その証拠に武器を構えたままの彼女は、目を見開きながら自分の隣で呆然としている。

 飛ばされた男は二メートルほど後ろの地面で、背負った武器もろとも仰向けに倒れ――男の上には、蹴り倒すように男の胸を踏むイコルネの姿があった。


 イコルネは男を踏みつけたまま、先程のマリアテールが可愛く思えるほどの殺気を放って刀を振り下ろす。

 洗練されたその軌道は、躊躇いなく肩口へと向かう。

 小さく悲鳴をあげた男が咄嗟にガントレットで刃を受け止めるが、防いだのも束の間、ジジッと焼ける音を立てて刀は装甲に食い込んでいく。

 イコルネは腕に体重を乗せてさらに押さえつけると、右手の刀を流れるように逸らし、無防備な脇腹へ滑らせる。

 朱を映す刀身が服を切り裂き、皮膚に触れる刹那、タイラーの怒鳴り声が響いた。


「止まれイコッ!!」


 トーカは反射的に指を鳴らし、目の前の二人へまとめて《捕縛》の魔法をかける。

 まるで時間が止まったように動かなくなったイコルネは、鮮やかに染まった右目で男を睨み続けている。


「イコ、やり過ぎだ」


 低く落ち着いたタイラーの声が、静寂の中に落ちる。

 イコルネは視線だけを動かしてこちらを見ると、タイラーの言葉を反芻するようにゆっくりと目を閉じ、浅く、そして長く息を吐いてからようやく殺気を収めた。


「……解いて」


 そう口にした彼は、もういつもの気だるげな表情に戻っている。

 トーカは、指を鳴らしたまま握り込んでいた手を開き、二人を縛る《捕縛》の魔法を解いた。

 男から足を下ろしたイコルネが、刀を鞘に納めながらこちらへ歩いてくる。

「こいつら誰?」と尋ねる姿は、先程までの殺気が嘘のようだ。


「隣街の冒険者だよ。魔窟潰しの依頼が被っちゃったみたい」


 タイラーの横へ並んだイコルネは、既に男への興味を失ったのか「そう……」とだけ返して視線を外す。

 トーカはわずかに目を細め、彼の様子が落ち着いたことを確認すると、隣で体を強ばらせているマリアテールの背へそっと手を回した。

 それから笑顔で男たちに向き直る。


「ねぇ、《鎚矛の蛙(シュレーゲル)》のナイン・シュレーダーさん」


 明るい声で名を呼べば、慌てて駆け寄ってきた仲間に助け起こされた男が、驚愕に目を見開く。


「さっきご高説いただいた『早い者勝ち』ってルールだけどね。あれ、僕らの街にも同じのがあるんだよ。でも、意味合いがちょっと違う。……先に獲物をみつけた(・・・・)者が狩る権利を得るんじゃなく、すべてを蹴散らして狩った(・・・)者の獲物って意味。君らも一端の冒険者なら、周りを威嚇することに必死になってないで、魔物の一匹でも倒しに行くことだね」


 高説には高説で返す。

 分かりやすく煽ってみたものの、男たちは言い返してくる様子がまるでなかった。

 むしろ、気味が悪いものでも見たかのように、唇を震わせている。


「……な、んで、俺の名前」

「あぁ、ギーキルのCランクって言えば、素行の悪さで有名だからね。妹に悪影響がありそうなのは一通りチェックしてるんだ」

「……兄さん、暇なの?」


 隣からした妹の声は、ようやく緊張が解けたのか、呆れの色が滲んでいる。

 ため息混じりでも、やっぱり妹の声は可愛い。

 トーカはマリアテールの背から手を離し、胸の前で軽く腕を組んだ。


「それで? 僕たちはこの魔窟へ入ってもいいのかな?」


 わざとらしく決定権を与えてみれば、ナインは奥歯を噛み締め、低く掠れた声を出す。


「……今回は、譲ってやる」

「それは良かった! 僕らも弱い者いじめをする趣味はないんだ」

「弱い……ッ!? くそッ! お前らランクはいくつだ!!」

「僕らはBランクだよ」

「B……」

「パーティ名は《ただ前へ(アヘッド)》、以後お見知り置きを。……それでは《鎚矛の蛙(シュレーゲル)》の皆さん、帰り道はお気をつけて」


 軽く会釈をして、後ろの道を手で示す。

 男たちは、いまだ膝が笑っているナインを支えて立ち上がると、ブツブツと文句をこぼしながら歩き出した。

 すれ違いざま、トーカはナインの耳元へ口を寄せる。


「『殺生法』のある国に生んでくれたママに、感謝しないとね」


 弾かれたように自分の足で立った彼は「くたばりやがれ!」と怒鳴ると、困惑する仲間とともに走り去っていった。


「元気になったみたいだ、良かった!」

「……兄さん、何言ったの?」

「ふふっ、秘密だよ」

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― 新着の感想 ―
イコルネ、もとから対人で一線こえかけちゃうタイプだったんだろうか ブランク中に戦争でもあって線引きできなくなっちゃってたりしない?
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