↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AHEAD~再動したパーティは止まれない~  作者: あこね
第四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/80

3話 兄

 

「君はもう少し、魔力に敏感になるといいよ」


 笑顔のトーカが言う。

 先ほどまで相手の命握っていたとは思えない、あっけらかんとした口調に、イコルネは困惑を隠せなかった。


「敵意への反応も悪くないから、魔力さえ察知できるようになれば、さっきの《捕縛》も避けられると思うよ。手っ取り早く手に入れるなら《探知》の魔法を覚えるか……魔眼持ちになるって手もあるね」


 淡々と続ける彼の話を、イコルネは思わず遮る。


「な、なぁ! あんた、一体なんなの? 急に脅してきたかと思えば、妹だの仲良くだの。全然意味わかんないんだけど……」

「そう? 妹の友人関係を心配してる、ただの兄心なんだけどな。マリちゃんが初めて喧嘩で負けたって大はしゃぎしてたから、相手はどんな人かと思って、挨拶しにね。君はなかなか見込みがありそうだし、これからも妹の友人として仲良くしてくれたら嬉しいな」


 当たり前のように言っているが、妹の友人を魔法で縛り、急所を押さえて脅す兄がどこにいるというのか。

 そもそもマリアテールとは、一度手合わせをしただけだ。

 ギリギリで勝って以来、妙に懐かれている気はするが、それほど仲良くなった覚えはない。

 友達というならむしろ、毎日飽きもせず張り合っているタイラーの方が、よほど彼女の友らしく見える。


「……友達にするなら、俺なんかよりタイラーのがいいと思うけど」

「彼は駄目だよ」


 明確な拒絶とともに、トーカの纏う空気が一変する。

 こちらを見据える瞳が鋭さを帯び、笑みの消えた表情はゾッとするほど冷たい。

 《捕縛》をかけられたわけでもないのに、イコルネはその場から動くことができなかった。


「あの子に傷をつけた奴を見過ごせるほど、僕は心が広くない。妹を害する可能性は、すべて排除するのが僕の信条なんだ」

「排除……?」

「そう。僕的には消しちゃうのが手っ取り早いんだけど……それだと色々面倒なことになるでしょ。残念なことに、マリちゃんは彼を気に入ってるみたいだし、自主的に(・・・・)学院からいなくなってもらうあたりが、今回の落とし所かな」


 トーカの淀みない口調は先程と変わらない。

 しかし、言葉の端々には取り繕う気すらない敵意が剥き出しで、その身から立ち上る魔力は、イコルネにも分かるほど膨れ上がっていた。

 妹に怪我をさせた――たったそれだけの理由で、人ひとりの人生を平然と潰そうとしている。

 それが冗談や脅しなどではないのだと、信じさせるだけの能力を、彼は間違いなく持っている。

 柔和な外見の裏に潜む、狂気じみた本性。

 兄妹愛なんて生易しいものではない、崇拝に似た歪んだ執着が、影を落とす紅茶色の瞳に浮かんでいた。


「そうだ! イコルネ君から、彼にここを辞めるよう言ってくれない? 僕が手を回すよりも、手っ取り早く済みそうだしさ」


 妙案とでも言いたげに微笑んだ彼へ、イコルネは奥歯を噛む。

 目の前の男は確かに恐ろしい。

 だが、こんな理不尽極まりない話に、頷けるはずがなかった。

 タイラーはただ、売られた喧嘩を買っただけだ。

 そこに無関係の兄がしゃしゃり出てきて、一方的に制裁を加えようなんて、流石に黙っていられない。


 イコルネは深く息を吐き、強ばる手足をほぐしながら腰の刀を抜く。

 すらりと現れた黒い刀身は、沈みかけの夕日を映して、赤い光の筋がゆっくりと先へ流れた。

 その切っ先をトーカの眼前でぴたりと止める。

 わずかに目を細めた彼を睨みつけ、イコルネは声の震えを押し殺すように低く言った。


「あんたの身勝手に付き合わされるのは御免だ。シスコンだかなんだか知らないけど、そんなくだらないことに、俺もタイラーも巻き込むな」

「君はともかく、シルベリートは巻き込んでるんじゃないよ。妹に危害を加えた、張本人。遠ざけようとするのは当然でしょ」

「喧嘩を吹っ掛けてきたのは、あんたの妹の方だ。そもそも、本人たちは怪我を承知でやり合ってんのに、今更出てきた部外者にどうこう言われる筋合いはない。傷がつくのが嫌なら、檻にでも入れて監視しとけ」


 夕闇へ染まる校舎裏に、張り詰めた静寂が落ちる。

 互いに動きを止め、睨み合うこと数十秒。

 その沈黙は、唐突に響いた甲高い声によって崩された。


「やっと見つけた! こんなとこで何やってるのよ兄さん!!」


 声を張り上げ降ってきた――もとい飛び降りてきたのは、他でもないマリアテール・ロットだった。

 イコルネは視界に飛び込んできたものから、慌てて視線を逸らす。

 窓のない三階建て校舎の一体どこから降りてきたのか。

 他にも気になることは多々あるが、ひとまず、盛大にめくれたスカートを早く整えて欲しい。

 華麗な身のこなしでトーカの隣へ着地した彼女は、二人の姿を交互に見ると、イコルネの刀など気にもとめずにトーカへ詰め寄る。


「また私の友達にちょっかいかけてるんでしょ! いつもいつも、兄さんは心配しすぎなのよ! 私、イコもタイラーも良い人だって説明したわよね!? 首の怪我だってただのかすり傷なのに、わざわざ私が喋った人全員の洗い出しまでしたらしいじゃない! そんなことされなくても、友達くらい自分で作れるわ! 心配してくれるのは嬉しいけど、これ以上やったら、兄さんとはもう口聞かないからねッ!!」


 ふんっ、とトーカから顔を背けたマリアテールは、その勢いのままこちらへ近づいてくる。

 戸惑うイコルネを真っ直ぐ見つめ、目の前で立ち止まると、彼女は素早く手を合わせて頭を下げた。


「イコ、ごめんね! 兄さんが気に障ること言ったんでしょ? 性格も意地も悪いけど、私のことが好き過ぎるただの過保護な人なの! 許してあげて!」

「えぇ……」


 イコルネは困惑が口から漏れる。

 先程の殺伐とした空気はどこへやら、完全にマリアテールのペースになっている。

 ちらりと視線を上げると、既に魔力を散らしたトーカは、困ったように笑いながら妹への愛情を滲ませる、ただの兄の顔に変わっていた。

 そんな彼に刃物を向けている自分が馬鹿らしくなり、イコルネはため息混じりに刀を収める。

 途端にマリアテールがパッと顔を上げ、再びトーカへ向き直ったかと思えば、鋭い声を上げた。


「ほら、兄さんも謝って!」

「僕はマリちゃんの心配をしてただけなんだけど……まぁでも、イコルネ君に不快な思いをさせちゃったのは事実だし、ごめんね」

 

 悪びれる様子もなく謝る兄に、マリアテールは呆れ顔で首を振る。


「まったく……。こんな所でイコに刀を抜かせるなんて、兄さん一体なにしたのよ……?」

「ちょっとした挨拶だよ」

「ほんとにー?」

「あとは……マリちゃんの首の怪我についても」

「だーかーらー! タイラーとのことは気にしないでってあれほど言ったじゃない! 私もタイラーに怪我させてるんだから、お互い様なの! もう解決してるの! 兄さんがあれこれ首を突っ込むとややこしくなるんだから、大人しくしてて!!」

「分かったよ……。もう何もしないから、そんなに怒らないで、ね?」


 彼女の剣幕に押されるように降参したトーカに、イコルネは思わず吹き出す。

 ついさっきまで敵意をぶつけ合っていたというのに、彼女にかかれば「ややこしいから大人しくして」の一言で片付いてしまうのだ。

 周りがどんな思惑で動いていようと、彼女からすれば――みんな仲良くすればいい、程度のことなのかもしれない。

 声を上げて笑うイコルネに、マリアテールが目を瞬かせる。


「イコのそんな顔、初めて見た……! いつもそれくらい笑っていればいいのに!」

「ふっ、くくっ……マリーはすごいよな」

「…………私、なにか馬鹿にされてる?」

「してないよ。ただ、勝てないなって思っただけ」

「私を負かしたのはイコの方でしょ?」

「そういうことじゃないんだけど……」


 イコルネはそう言いながら、妹を微笑ましげに眺めるトーカへ視線を移す。

 彼が危険な存在で、信用出できない男なのは変わらない。

 だが、その行動原理がすべてマリアテールのためだということは、二人のやり取りを見ていて分かった。

 そして、妹に言われれば、研ぎ澄ました刃を収められる人間だということも。

 強くなりたいイコルネにとって、自分より遥かに優秀な彼との縁は、魔法や戦闘技術を近くで学び取れる絶好のチャンスだ。


 ――打算も下心もかなりある。


 しかし結局のところ、なにをやらせても規格外なこの兄妹のことを、自分は気に入ってしまった。

 彼らとなら、なにか面白いことができるのではないかという期待――それが、警戒する本能を上回った。

 それだけのこと。


 こちらの視線に気づいたトーカへ、イコルネは真っ直ぐに言う。


「トーカ。俺でいいならマリーの友人に加えて。……それから、トーカとも良い友人になれたらって思うよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。