4話 回収の馬車
荒れた地面に寝転がる。
煙草をくわえたイコルネは、脱力したように澄み渡った空を眺めていた。
日はとうにてっぺんを過ぎ、心地の良かった陽気は汗ばむようなものへと変わっている。
ため息混じりに吐き出した煙草の煙が、風に乗って傍らに横たわる黒い巨体を掠めていった。
首のないそれは、つい先程倒した今回の討伐対象。
合成魔獣の幼体――の、はずだったもの。
事前情報と実物に多少の違いはつきものだが、これは流石に誤差では済まない。
成獣どころか、全長が三メートル近くあり、こいつの一体どこが生まれて数週間の幼体だというのか。
その上、あの速度と攻撃力だ。
Cランク依頼の中でも、複数人パーティが苦戦するような、かなり難易度の高い討伐だろう。
「よく倒せたよなぁ……」
ポツリと呟いた声は強敵を倒した達成感より、反省の色が滲んでいる。
マリアテールと行った前回の討伐で、新しい相棒たちに振り回されたことを猛省したばかりだというのに、今回も酷い有様だ。
刀の癖や魔力操作なんて考える余裕はなく、ただひたすら振り回していただけ。
回避を犠牲にしてまで重ねた攻撃も、乙女ノ炎舞の真髄であろう切れ味はほとんど引き出せず、あまつさえ握力がなくなって手からすっぽ抜ける始末。
最後の一太刀だけは少しマシだった気はするが、無理矢理体をねじったせいで、右肩が外れてしまっていた。
あそこで決着が着いていなければ、死んでいたのは確実に自分の方だった。
死闘による興奮も程々に、もっとああすればよかった、こうすればよかったと、反省ばかりが頭の中を巡り、気づけばくわえた煙草は吸い尽くされていた。
* * *
「これ、どうやって持って帰るんだよ……」
外れていた肩を無理やり治し、新しい煙草に火をつける。
髪や服についた血は既に赤黒く変色し始めているが、全身から臭う血生臭さと、魔力不足による不快感で気分は最悪だ。
しかし、今それ以上に自分の頭を悩ませているのは、今回の依頼に付けられた『丸ごと回収』という条件だった。
三メートルを超えるこの塊を、身一つでいったいどうやって持ち帰ればいいのか。
そもそも事前情報では、合成魔獣の幼体は大型犬ほどの大きさのはずだった。
多少苦労はするだろうが、抱えて持って帰ればいいだろうと、値の張る貸馬車をやめ、乗合馬車でここまで来たのだ。
それなのに、この状況。
近くの村まで馬車を借りに行こうにも、これだけ血の匂いを撒き散らしていては、放置している間にほかの獣や魔物に食い荒らされかねない。
通りかかる荷馬車を待つにしても、血みどろの死骸を乗せてくれるような気前のいい者を探すのは、相当骨が折れそうだ。
心底面倒くさい。
イコルネは、ここまで手のかかる仕事はいくら条件が良くても金輪際受けないと、煙を吐き出しながら堅く心に誓った。
魔力を回復させつつ寝転んでいたイコルネの耳に、かすかな馬車の音が聞こえてきたのは、空腹に耐えられなくなってきた頃だった。
体を起こし、音のする方へ視線を向ける。
遠くを走るそれは、幌のかかる大きな荷馬車のようで、重い物を運ぶのに重宝される大柄な重種馬が、軽い足取りで荷台を引いていた。
あの馬なら、合成魔獣の巨体を積み込んでも余裕で王都まで運べるだろう。
そうと分かれば逃す手はない。
「おーい! ちょっと助けてくんなーい!」
百メートルほど離れた馬車に向かって声を張り上げる。
変わらず走り続ける馬車は、立ち上がり手を振ってみても、御者がこちらに気づく気配はない。
なにか手はないかと腰鞄を漁れば、布袋からこぼれていたのか、混魔屑が一つだけ残っていた。
イコルネはそれを軽く握ると、馬車の方に向かって投げる。
魔法を上掛けしていない混魔屑は、山なりに飛んで馬車とのちょうど中間地点に落ちると、パンッと軽い音を立てて爆発した。
威力も音もそれほどではないが、突然の破裂音に驚いた馬は前脚を上げて嘶き、御者が慌てて馬車を止めた。
「なー、おーい! ちょっと助けて欲しいんだけどー!」
もう一度声を張り上げれば、こちらを向いた御者はギョッとした様子で固まる。
それから、なんとか馬を宥め、道を逸れてゆっくりとこちらへ向かってやってきた。
合成魔獣の死骸から少し離れた位置で向きを変えた馬車は、馬を怯えさせないためか後ろ向きに止まる。
御者台から軽い足取りで降りてきた人影に目を凝らすと、その姿には見覚えがあった。
短い黒髪をつんつんと立て、背に大剣を背負う、小柄な男。
「お前なぁ……」
呆れ返った様子でじっとりとした視線を向けてくるのは、友人のタイラー・シルベリートだった。
「馬車呼び止めるのに爆発物使ってんじゃねーよ。馬が怖がんだろーが」
「声掛けても気が付かなかったから」
「お前ほんと……ていうか、この惨状はなに?」
ボロボロのイコルネを頭から足の先まで見回したタイラーが、訝しげに眉を寄せる。
「討伐が終わったとこ」
イコルネはそう言って後ろの巨体を顎で指す。
「いや、それは見りゃ分かんだけどよ……」
「持って帰る手段がなくて困ってんの。その馬車にこれも乗せてってくんない?」
「あぁ、そういうこと……まぁいいぜ。どうせ俺も死骸乗せて帰ってきたとこだ」
返事を聞くなりイコルネは大きく息をつく。
「助かった……。もう依頼条件とか無視して、魔核だけ持って帰ろうかとか思い始めてたから」
「それじゃ報酬でねぇだろーが」
「そもそも依頼内容がおかしいんだよ。俺が文句言われる筋合いはない」
イコルネは不機嫌にそう言い放ち、愚痴をこぼすように今回の経緯をタイラーへ話す。
初めは同情混じりに話を聞いていたタイラーだったが、合成魔獣の容姿と急成長の話を聞くと、次第に表情が陰った。
横たわる黒い巨体をまじまじと見つめた彼は、少し考えたような素振りを見せると、こちらに視線を戻す。
「なぁ、イコ。こいつ何を掛け合わせて作られた合成魔獣か聞いてるか?」
「いや? 犬型の合成魔獣としか聞いてない。でも魔力的に、翼狼とか夜犬とかそのあたりだろ」
「流石、魔眼は健在か……ちょっと来い」
タイラーとともに馬車の荷台へ向かう。
きっちり閉めてあった幌布をめくると、中からは充満した鉄臭さが漂ってきた。
薄暗い荷台の中には、翼の生えた白い狼と牙の鋭い真っ黒な犬が横たわる。
どちらも大きさは仔馬ほどで、綺麗に首が落とされていた。
「あの合成魔獣の親だよ」
「親……?」
「正確には、あいつを作る元になった魔物だ。でかめの翼狼に同系統の魔物を何種類か混ぜて産ませたらしい。俺は用済みになったこいつらの処分を依頼で受けてた」
よく見れば、荷台の端にほとんど血の着いていない頭部が二つ転がっている。
「……でもよ、いくらでかい個体っつっても、こいつらは二メートルもねぇ。森狼とか岩狗だって、大きさは普通の狼とそう変わんねぇだろ。そいつらを混ぜて作ったのが、普通あんなバカでかいサイズになるか? ……むしろ、もっと別のもん混ぜてんじゃねぇかって思わねぇ?」
「でも、系統が違うのを混ぜるのは、何年か前に禁止されてなかったっけ? 成功率が低いから論理的にどうとかって」
「やっぱそーだよな……でも実際、お前が倒したやつは急成長して魔法をいくつも使ってたんだろ? 流石に普通の合成魔獣とは思えねぇよ」
二人は黙り込み、横たわる死骸を見つめる。
魔力は基本的に異なるもの同士は混ざらない。
『魔力抵抗』と呼ばれる反発する性質があるので、高濃度の魔核だと混魔屑のように破裂する。
体内の魔力も同じはずなので、魔物の体や魔力を掛け合わせたところで、せいぜい二つか三つが限度だろう。
そもそも、単一の魔力で複数の魔法を操れるのは人間くらいしかいないはずだ。
それなのに、この合成魔獣は《加速》《衝撃波》《風操作》《鋭化》など、全く異なる魔法を少なくとも四種類は使っていた。
イコルネが気づかなかっただけで、他にもまだ使っていた可能性すらある。
「これだから貴族が関わってるような依頼は受けたくなかったんだ……。面倒ごとに巻き込まれんのは御免だぞ……」
苦虫を噛み潰したような顔で言い捨てたタイラーが、死骸から視線を外し、ため息をつく。
「……とりあえず積んじまうか」
「……そうだな」
考えても分からない問題は悩んでも仕方がない。
イコルネはそんなことより、とっとと帰って休みたかった。
既に空腹も限界だ。
何か問題が起こっているなら、こんな依頼を振ってきたランティスが悪い。
自分は言われた依頼をこなした、それだけだ。
雑になった思考でそんなことを考えつつ、イコルネは積み込み作業に取りかかる。
合成魔獣の巨体を移動させるのは予想以上に重労働で、二人がかりでもかなり骨が折れた。
日が傾きはじめる頃にはどうにか荷台へ押し込み終わり、イコルネたちは疲労を労うように一服してから、三頭の魔物とともにシルリア岩山の麓を後にした。




