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AHEAD~再動したパーティは止まれない~  作者: あこね
第三章

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1話 合成魔獣の幼体


 轟音が鼓膜を揺らし、目の前の岩が砕け飛ぶ。

 頭目掛けて飛んできた破片を間一髪で避けたイコルネは、すかさず辺りを見回した。

 見晴らしの良くなった眼前にいるのは、歯を剥き出しにして唸る、黒い獣。

 真っ直ぐに睨み合い、イコルネは顔を顰めて舌打ちをこぼした。


「……話が違う!!」



 * * *



 低報酬の依頼をギルド長のランティスから渡された翌日。

 だいぶ寝坊したイコルネは、必要最低限の旅荷物だけを揃え、日が沈む頃に乗合馬車で王都を出発した。

 隣国との間を数週間かけて行き来する馬車に揺られること、一日と少し。

 いくつかの村で休息を取りつつ夜通し走る馬車は、人や荷物を乗せ換えながら、既に五十キロ近い距離を移動していた。


 夜が明け、空が白み始めた頃。

 荷台の前方で仮眠を取っていたイコルネは、ガタガタと酷い揺れで目を覚ます。

 周りへ視線を向けると、ほかの乗客たちはまだほとんどが眠っており、時折寝づらそうに身体を捩っている。

 イコルネは欠伸を噛み殺すと、小声で御者に話しかけた。


「おはよう。今どの辺?」

「おぉ早いな、にいちゃん。シルリア岩山を超えた辺りだ。あと一時間もすりゃ次の街に着くぞ」

「どおりで腰が痛いわけだ……」


 腰をさすりつつ大きく伸びをする。

 白い岩と乾いた土に覆われたシルリア岩山は、裾野を大きく迂回する街道以外、整備されていない道が多い。

 馬車では避けられることも多く、わざわざ通るのは麓の村々に向かう荷馬車か、速度を優先する安い辻馬車くらいなものだ。

 イコルネが乗るこの乗合馬車はさらに安価なもので、悪路でも気にせずに突っ切っていくため、決して乗り心地がいいとは言えなかった。


 荷台を覆う幌から顔を出すと、山の峰に朝日が昇り始めていた。

 地面から突き出た無数の白い岩が陽の光に照らし出され、まるで辺り一面が光り輝いているように美しい。

 眩しげに目を細め、その光景をのんびり眺めていると、不意にある一点へと視線が吸い寄せられる。

 馬車から数百メートル先、一際高い岩の上に、不自然な黒い影がある。

 小さな点にしか見えないそれは、煌々と照らされているにもかかわらず、光を吸収しているかのように黒く沈んでいた。


『闇を纏う漆黒の獣』


 依頼書に記されていた一文を思い出し、イコルネは身を乗り出す。

 瞬きの間に赤紫へ染めた右目を凝らせば、白く細長い岩の先端には、蝋燭の火ように灯る琥珀色の魔力が揺れている。

 この辺りに生息する岩石狼(ロックウルフ)や岩狗(ラガンド)の魔力とは明らかに違う、温かな色。

 それが時折、赤や緑に色を変え、明らかに普通の魔物ではないことを示していた。


「にいちゃん、どうした?」


 幌から身を乗り出したまま動かないイコルネへ、御者の男が不審げに眉を寄せる。

 イコルネは無言のまま、腰の乙女ノ炎舞(メディカラ)に手をかけて岩の上を凝視し続ける。


 全く違う色彩が混ざり合う不自然な魔力――おそらくあれが今回の標的『犬型の合成魔獣(キメラ)』だ。

 依頼書によれば、合成魔獣(キメラ)研究の施設から逃げ出した幼体らしく、最後の目撃情報はシルリア岩山を超えた先という話だった。

 多少移動していたとしても、山を超えるには五日はかかる。

 遭遇するのは、まだ先だと思って油断していた。


 ガラガラと車輪の音が響く中、視線の先に捉えた魔力が唐突に揺らぐ。

 ゆっくりと立ち上がった合成魔獣(キメラ)は、烏を思わせる漆黒の翼を広げ、伸びをするように大きく羽ばたかせたかと思えば、するりと岩から降りた。


 ――まずい!


 イコルネがそう思うと同時に、合成魔獣(キメラ)はこちらへ駆けてくる。

 獲物を定めたかのように馬車へと向けられた鋭い魔力は、魔法を使っているのか、先程よりも色濃くなっていた。


「速度を上げろ!」


 御者に向かって叫びながら、イコルネは馬車を飛び降りる。


「に、にいちゃん!?」

「いいからそのまま行けッ!」


 ただならぬ様子に身の危険を察したのか、御者は困惑の表情を浮かべながらも、鞭を強く打ち鳴らした。

 嘶きを上げて勢いを増した馬が、荷台を跳ねさせながら遠ざかっていく。

 だが、合成魔獣(キメラ)の視線は馬車へ向けられたまま、その場に残るイコルネには目もくれない。

 小さな影でしかなかった姿は、今や狼に似た顔立ちまではっきりと見える距離に迫り、馬車に追いつくのは時間の問題だ。

 舌打ちをこぼしたイコルネは腰鞄に手を突っ込むと、手探りで混魔屑を掴む。

 そこに《加速》の魔法をこれでもかとかけ、合成魔獣(キメラ)の鼻先目掛けて思い切り投げた。

 目にも留まらぬ速さで混魔屑が飛んでいく。

 飛距離が足りず、わずかに手前へ落ちるが、砂利の地面に触れるや否や、パァンッと大袈裟な破裂音を響かせて爆発した。

 舞い上がった砂埃とともに細い白煙が上がる。

 見た目の派手さに反してそれほど威力はなく、直接的な攻撃にはなっていない。

 だが、合成魔獣(キメラ)の気が引ければそれで十分だ。

 爆発に怯んだ合成魔獣(キメラ)は馬車を追う足を止め、鼻をひくつかせて辺りの様子をうかがう。

 ピンと尖った耳を細かく動かしながら探るように視線を回し、やがてぴたりと動きを止めると――明確にこちらを見た。

 イコルネはすかさず、馬車と反対方向へ駆け出す。

 直後、立ち上る魔力がすべてこちらへ向き、新たな獲物を逃すまいと合成魔獣(キメラ)が猛追を始めた。


 イコルネは自身の足に《加速》をかけ、風を裂く勢いで駆ける。

 目指すのは、白い巨岩が無数に突き出す岩場。

 遮蔽物が多く、背に大きな翼が生える合成魔獣(キメラ)には動きづらい場所だ。

 だが、本能的にそれを察しているのか、背に聞こえる唸り声はみるみる距離を詰めてくる。

 そして次の瞬間、膨れ上がった魔力がイコルネの首筋を撫でた。

 咄嗟に身を引き、思考が追いつく前に体を捻る。

 振り向きざまに乙女ノ炎舞(メディカラ)を振るえば、眼前の牙とぶつかって甲高い音が鳴った。


「……ッ!」


 受けきれなかった衝撃で体が突き飛ばされる。

 なんとか受身を取り、転がるように立ち上がると、合成魔獣(キメラ)は間髪入れずに襲いかかってきた。

 振り下ろされる鋭い爪を右の刀で受け流し、黒い毛皮に覆われた首へ、左の刀を振るう。

 しかし合成魔獣(キメラ)は器用に牙で受け止め、咥えたままの刀身を噛み砕こうと顎に力を込めた。

 イコルネは反射的に魔力を流す。

 途端、乙女ノ炎舞(メディカラ)が熱となった真っ赤な魔力を溢れさせる。

 牙もろとも合成魔獣(キメラ)の口内を焼き、ジュウゥと鈍い音を立てて白い煙が上がる。

 呻き声をあげた合成魔獣(キメラ)は乙女ノ炎舞(メディカラ)を離し、素早く後ろへ飛び退いた。

 その隙を逃さず、イコルネは再び岩場を目指して駆け出した。


 背後からの絶え間ない攻撃をしのぎ、岩場へ辿り着くと、イコルネは合成魔獣(キメラ)の鼻面目掛けて混魔屑を投げる。

 近すぎて速度が乗らず目眩しにしかならないが、合成魔獣(キメラ)は先程の爆発を警戒しているのか、咄嗟に大きく飛び退いた。

 イコルネは爆発と同時に素早く距離を取り、死角となる岩の裏へ身を隠す。

 煙の匂いと音で完全に獲物を見失った合成魔獣(キメラ)は、薄れていく砂煙の中、キョロキョロと辺りを見回していた。

 その様子をうかがいながら、イコルネは気配を消して息を整える。

 依頼書には生まれて数週間の幼体と記されていたはずだが、どこをどう見れば幼体なのか。


 仔馬ほどもある体躯に、二メートルを超える黒い羽。

 目紛しく色の変わる魔力は膨大で、走るのも攻撃も異様なほど速い。


 魔眼でなんとか動きは追えるが、どう考えても初級ランクの冒険者がソロで敵う相手ではなかった。

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