10話 ギルド長の依頼
立て付けの悪い木の扉をくぐる。
イコルネとマリアテールが冒険者ギルドへ帰ってきたのは、既に夕日が沈みかけた頃だった。
ギルドのロビーには冒険者たちがちらほらと集まり、混み合うほどではないものの、そこそこに賑わっている。
普段なら入ってきた者など誰も気に留めないが、今日ばかりはそうはいかなかった。
鼻歌混じりのマリアテールが意気揚々と歩き、その後ろをイコルネがついていく。
大きな足音を立てているわけでもないのに、ロビーに満ちていた喧騒が段々と薄れ、そしてロビーの中ほどまで来る頃には、完全な沈黙が降りてしまった。
原因は明白。
マリアテールが抱えている西瓜ほどもある大きな卵と、イコルネの背に担がれた巨大な石化鳥の頭部だ。
どちらもそれなりに目立ってはいるが、剥き出しのままの頭を担いでいる姿は、我ながらインパクトが強すぎる。
血抜きをしっかりとしたので幾分軽くはなっているが、ずっしりと肩に食い込む鎖の重さは、体力の落ちている身体にはなかなかの重労働だった。
二人揃って受付へ向かい、どさりとカウンターへ荷を降ろす。
「おかえりなさいッ!?」と声を裏返らせたギルド職員の女性は、引きつった顔でカウンターから遠ざかっていってしまった。
見かねた男性職員が代わりにカウンターへやってくる。
「お疲れ様でした。マリアテールさん、イコルネさん」
「はーい。石化鳥の素材と、あと卵の鑑定お願いしまーす」
頭部の横に鱗と魔核、そして乳白色の卵をごとりと置いたマリアテールは、なぜかこの上なく上機嫌だった。
既にカウンターの半分以上が埋まってしまったので、イコルネは少し離れた受付へと移動する。
「魔核の確認をお願いしたいんだけど」
ベルトに括っていた麻袋を外し、依頼書とともにカウンターへ乗せる。
慌てて返事をした赤髪の女性職員が、こちらは普通の回収物であることに明らかな安堵の表情を浮かべ「承知しました」と袋の口を開けた。
ジャラジャラと出てくる魔核を手際よく仕分け、数を数えていく。
「角兎が十三、珠鼬が十、飛鼠が十五……それと、野狗と草蛇ですね」
流石は冒険者ギルドの職員だ。
魔核を見ただけで魔物の種類を正確に判別するなんて、常日頃から様々な魔物素材を見ていないとできない芸当だろう。
イコルネが感心していると、依頼書と照らし合わせてチェックを済ませた職員と目が合う。
しかし彼女はサッと視線を外すと、討伐対象の三種類の魔核だけをトレーへと移し、短い赤髪を揺らしながら立ち上がる。
カウンター奥の『保管庫』と書かれた扉の奥へ袋を持って足早に消え、そしてすぐに戻ってきた。
「種類、数、ともに確認がとれました。これで討伐依頼、無事達成となります。お疲れ様でした」
少し緊張した面持ちの彼女は、活発そうな笑顔をイコルネに向ける。
「今回の報酬は三件を合計いたしまして、大銀貨七枚と銀貨五枚になります。魔核の中に依頼対象外のものがありましたが、査定は当ギルドに出されますか?」
「あー……いや、自分で売る」
「かしこまりました」
麻袋へと戻された二種類の魔核を受け取り、イコルネは顔に疲れの色を滲ませながら軽く伸びをした。
ギルドで素材の買取をしてもらうと、素材の買取業者や競売に出品するよりも値が下がる。
その分、悪質な業者に買い叩かれたり、仲介料だなんだと無駄な金を引かれる心配がないので、駆け出しの冒険者にとってはありがたい仕組みだ。
昔は値段交渉が面倒で、ギルドに査定を頼むことが多かったイコルネだが、今後のことを考えれば使い勝手のいい業者や競売を探す方がいい。
それに、金欠で泊まる宿すら見つけられていない今は、少しでも稼ぎを増やすことが最優先だった。
報酬を受け取り、マリアテールの元へ戻ろうとした時、カウンター越しに呼び止められる。
「あの! イコルネさん……!」
振り返れば、たった今手続きをしてくれた女性職員が勢いよく立ち上がる。
「先日はすみませんでした!!」
叫ぶように謝った彼女は、短い赤毛がカウンターにつくほど頭を下げる。
周りのざわめきが一瞬止む中、イコルネは疑問と困惑で思わず固まった。
全く身に覚えがない。
それどころか、そもそも面識があるのかすら覚えていない。
もし彼女がなにか失礼なことをしたのだとしても、きっとそれは、自分にとって気に留めるほどのことではなかったのだろう。
彼女はおそるおそる顔を上げ、前髪の隙間から上目遣いにこちらを見る。
そして、困惑で黙ったままのイコルネを怒っているとでも解釈したのか、明るい髪色とは対照的にどんどん青くなっていった。
「えっと……止められてたのに、冒険者登録を勝手にBランクにしようとし、して……その……すみませんでした!」
「……あ、登録してくれた人か。確か……ニコル、だっけ?」
再び頭を下げる彼女をようやく思い出し、イコルネはヘラヘラと笑う。
「別に気にしてないから」
「ほ、本当に……?」
「うん」
「良かったぁ……! 嫌われてたらどうしようかと思って、夜も眠れなかったのぉ!」
一気に脱力して口調を崩したニコルは、よく見れば目元に薄っすら隈が浮いていた。
彼女へ手続きの礼を言い、今度こそマリアテールの元へ向かおうとカウンターから離れる。
しかし振り返った拍子に、ドンッと誰かとぶつかった。
「……っ、悪い」
咄嗟に謝り、視線を上げれば、自分より頭ひとつ高い位置から、無精髭を生やした顔がこちらを見下ろしていた。
「おうおう兄ちゃん、冒険者なら背後にも気ぃつけろよ?」
じろりと睨んできた男は、不敵な笑みを浮かべる。
よれたシャツにシワの深いズボンというくたびれた装いだが、濃い茶髪は短く刈り上げられ、捲った袖からは筋肉質な太い腕が覗いている。
武器こそ携えていないものの、威圧感たっぷりの風貌は、いかにも新人いびりが好きそうな冒険者という感じだ。
しかしイコルネは、その厳つい顔と声に覚えがあり、思わず苦笑する。
「気配消してたくせによく言うよ。久しぶり、ランティスさん」
「ははっ、覚えてたか! お前はほんと変わんねぇなぁイコルネ!」
「四年くらいじゃ人はそんなに変わんないだろ。あんたはちょっと腹が出たんじゃない?」
「んだと、てめぇ!」
そう言って力強く小突いてきたのは、自分たちが新人冒険者の頃から何かと世話を焼いてくれている、ギルド長のランティス・マクレーンだった。
久々の再会に軽く挨拶を交わし、そのまま軽口を叩き合っていると、マリアテールがこちらへやってくる。
「いい大人が二人でなにやってんの? 後ろの人たち困ってるよ」
彼女は呆れたようにイコルネたちの後ろを指さし、早く退きなさいというように手を振る。
振り返れば、受付へ並ぶ若い男女が迷惑そうにこちらを見ていた。受付の職員たちもギルド長に遠慮して声をかけられなかったらしい。
「あぁ悪い悪い、邪魔したな! おいイコルネ、ちょっとツラかせ。お前にいい話を持ってきたんだ」
当のランティスは悪びれる様子もなく、大股で近くの空いているテーブルまでイコルネを引っ張っていった。
呼ばれたわけでもないのにマリアテールまでついてきて、三人でテーブルを囲む。
ランティスは「これを見ろ」とだけ言うと、おもむろにズボンのポケットから四つ折りになった紙を取り出した。
「……これは?」
「急ぎの依頼書だ。だが……ちょっと扱いに困っててな」
開かれた紙には『討伐依頼』の文字とともに翼の生えた黒い子犬の絵が描かれている。
しかし、通常右上に記されているはずのランク表記が見当たらない。
「犬型合成魔獣の幼体だ。逃げ出したのを丸ごと回収する依頼だが、生死は問わないってんで内容自体はそんなに難しかねぇ。それなりに戦闘はあるだろうから、普通に回すならDかCあたりのパーティ向けだな」
頭をガシガシ掻きながら話すランティスは、心底嫌そうな顔で「ただなぁ」と続ける。
「依頼人にケチな貴族が絡んでやがって、報酬を渋られた。大銀貨三枚じゃ、中級ランクへは流石に回せねぇ。そのくせ、急いで処理しろと上からお達しまで来た。……そこでだ」
そう口にしたランティスは、悪戯を思いついたような悪い笑顔でイコルネを見る。
「このクソみたいな依頼を受けるだけで、昇格試験パスしてDランクにしてやるっつったら、やるか?」
「……!?」
「いいじゃない! イコ、受けなよ! Dならパーティも組めるようになるし、丁度いいわ!」
マリアテールは興奮気味に机を叩く。
ランティスが体良く面倒な依頼を押し付けようとしているのは分かっているが、細かくランクを上げていくよりもずっと早く友人たちに追いつける。
それはイコルネにとって、かなり魅力的な提案だった。
「悪いがマリアテール、これはソロで達成した場合の条件だ。お前がついて行くなら普通にランクの試験を受けてもらうぞ」
「えー、なんでよ! 別に手出ししようなんて思ってないわ!」
「お前が行ったら、わざわざ低ランクのイコルネに安い報酬で行かせる意味がなくなるだろーが! Bランクを大銀貨三枚なんて額で働かせてみろ、軒並み依頼額が下がっちまう。それとも俺に自腹切れってか?」
ランティスは心底うんざりした様子でため息をつく。
粗暴な物言いをしてはいるが、危険な依頼に低ランクの冒険者を無理やり駆り出すようなことを、彼は良しとしない。
いつも冒険者のことを第一に考えているランティスのことだ、適任者が見つからなければ、自腹で報酬額を上げてでも、実力の見合う者へ依頼を回すくらいはするだろう。
荒っぽい冒険者たちを消耗品のように扱うギルドもある中で、彼のようなギルド長がいる王都の冒険者ギルドは、かなり恵まれている。
ランティス曰く、今回のような報酬の釣り合わない依頼が来た場合、ギルド側には断る権利もあるらしい。
だが、依頼人が貴族となるとそう簡単な話ではない。
王族貴族との繋がりや、ギルドとしての体裁など、冒険者ギルドを運営するには何かと縛られるものが多く、今回は受けざるを得なかったのだそうだ。
報酬は安いが、Cランク相当なら今のイコルネでもなんとかなる相手だろう。
その上、昇級のご褒美付き。
昔からなにかと世話になっているランティスに恩を返せるなら、多少の面倒ごとなど安いものだと思えた。
イコルネの隣でいまだに文句を言っていたマリアテールが、ランティスに軽いゲンコツを貰い、やっと口を閉じる。
やれやれといった様子の彼は、ふと思い出したようにポケットをまさぐると、シワのついた白い封筒をマリアテールに投げた。
「お前には兄貴と二人で指名依頼が入ってる、どっちにしろイコルネとは別行動だ。いつまでも引っ付いてないで自分の仕事してこい!」




