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AHEAD~再動したパーティは止まれない~  作者: あこね
第一章

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2/20

2話 旧友とパーティ


「それじゃあ、再登録の用意をするわね」


 ニコルの思い出話をひとしきり聞き終えた後、ようやく冒険者登録が進みそうな雰囲気に、イコルネは小さくため息をついた。


「あ、登録なんだけど……新規でいいよ」

「えっ!?」


 イコルネの言葉にニコルが素っ頓狂な声を上げる。

 カウンターの引き出しから書類を出していた彼女は、こちらを見つめ、意味がわからないというように目を瞬かせた。


「な、なんで?? 元Bランクよ!? 新規で登録なんてしたら、Fランクからのやり直しじゃない!」

「それはそうなんだけど……もう四年も前だから」

「あっ……」


 そう声を漏らした彼女は、動きを止めて視線を泳がせる。


 ――冒険者は三年活動をしていないと登録を取り消される。


 記憶力の良くないイコルネでも覚えている、冒険者ギルドの規則だ。

 危険を伴う仕事柄、冒険者は行方不明になる者が少なくない。

 過酷さに耐えきれず逃げ出す者が一定数いるというのも理由のひとつだが、その多くは魔物討伐に失敗した際、本人だと分かる形で亡骸が帰ってくることが稀だからだ。

 そのためギルドでは、空席となった登録の整理と、実際に活動している冒険者の数を把握する目的も兼ねて、三年間活動歴のない冒険者は登録を取り消すことになっていた。


「で、でも! Bランクなんて、ここのギルドでも十何人かしかいないのよ!? 主戦力の復帰ならきっと特例も認められるわ! 私、ギルド長に掛け合ってくる!」


 ニコルは捲し立てるように言うと、手元の冊子から昔のイコルネについてまとめられた書類を素早く抜き取る。

 そのまま席を立とうとした彼女を、イコルネは慌てて制止した。


「ちょっとまって、そんなことしなくていいから」

「なんで……? イコルネさんレベルなら、直談判してでも初期ランクを上げとくべきよ! 高ランク冒険者の復帰なんて、みんな大喜びするはずだもの!」

「いや……ほら、ブランクとかもあるし……」


 歯切れの悪いイコルネへ、理解できないというように瞬きを繰り返す彼女だが、言ってることもやろうとしていることも、割と無茶苦茶だ。

 冒険者ランクは実力により七段階に分けられる。

 見習いのF、駆け出しのE、一人前のD、プロのC、熟練のB、師範のA、伝説のS。

 それぞれに依頼制限があり、高ランクほど高難易度、高報酬の依頼を受けられる。

 だが、依頼の難易度はそのまま死の危険に直結する。

 不用意に死者を出さないため、ランクを上げるにはギルド職員立ち会いの下、昇級試験を受けなければならない決まりだ。

 試験の審査はかなり厳しく、冒険者の大半はDランク以下。

 Cランクへ昇級できても約半数が生涯そこ止まりな上、Bランクになるのはそのまた半数。Aともなればギルド長などの役職持ちで、試験の他に高ランク冒険者からの推薦も必要となってくる。

 制限なく依頼を受けられるSランクに至っては、国内に三人しかいない英雄扱いだ。

 そんなギルドの規定をすべて無視して、いきなりイコルネをBランクに上げるなど、一職員が直談判しに行ってどうにかなるわけがなかった。

 ニコルが歓迎してくれるのは嬉しいが、四年もブランクがあれば戦闘の勘なども鈍っている。

 自分勝手に冒険者を引退した過去がある手前、かつてのパーティメンバーたちに合わせられる顔もない。

 ソロの冒険者として細々と依頼を受け、必要最低限の金を稼げれば、イコルネはそれで良かった。


「いや、よくないわよ! Fランクからだと、初心者向けの低報酬で地味な依頼しか受けられないのよ?」

「わかってるよ」

「Bランクへ戻るには、わざわざ四回も試験を受けないといけないのよ? イコルネさんは実力も実績も十分あるんだし、昇級試験なんて絶対に必要ないでしょ! やっぱり、一度ギルド長に話を……」

「そういうの、ほんとにいいから」


 食い下がるニコルとしばらく押し問答を繰り返していると、不意に背後へ鋭い気配を感じる。

 咄嗟に振り返って辺りを見回すが、ロビーには先程絡んできた酔っ払いたちがいるだけだ。

 物陰や入口にもめぼしい人影はなく、気配も既に消えている。

 首を傾げつつカウンターの方へ向き直った時、視界の端から唐突に黒いフードが姿を現した。

 反射的に飛び退き、身を低く沈めて警戒の構えを取る。

 膝にためをつくり、いつものように腰の位置に両手を構え――今は武器を持っていないことを思い出す。


「あはは、イコだ! 帰ってきたんだ! おかえりー!」


 イコルネの警戒とは対照的に、現れた人物は鈴が鳴るような明るい声で嬉しそうに飛び跳ねた。

 動きに合わせてふわりと揺れるのは黒いローブ。その縁には見覚えのある金糸の刺繍が控えめに輝いていた。

 イコルネは思わず苦笑して警戒を解く。


「心臓に悪いからやめてって言ってるだろ、マリー」

「ごめんごめん! イコを見つけたから、嬉しくなっちゃって!」


 するりと脱げたフードの下からは、絹糸のような白金の長い髪と活発そうな紅茶色の大きな瞳が現れる。

 控えめに言って美少女と呼んで遜色ない顔立ちの彼女は、自分のことを()()と呼ぶ数少ない友人の一人――かつて同じパーティで無類の速さを誇っていた、Bランク冒険者のマリアテール・ロットだった。


 イコルネは頭ひとつ低い位置にある白金の髪を、遠慮なくわしゃわしゃと撫でる。

「やめてってばー」と言いつつ避けようとしないマリアテールは、くすぐったそうに笑う。

 自分とパーティを組んでいた頃、彼女は数少ない女性の高ランク冒険者としてそれなりに有名だった。

 華奢な体格を生かした速さ特化の戦闘スタイルは、まるで消えたと錯覚するほどで、接敵した次の瞬間にはもう勝敗がついている――なんてことも珍しくなかった。

 学生時代からの友人ではあるものの、竹を割ったような性格と思ったことがすぐ口に出る癖も相まって、当時から何かと手を焼かされたものだ。

 しかし、こうして数年ぶりに会っても変わらず友として接してくれる彼女の存在は、素直に嬉しかった。


「ねぇイコ、そのローブ着てるってことは、冒険者に復帰したのよね?」


 乱れた髪を整え、マリアテールがこちらを見上げる。

 イコルネの格好をじっくりと観察し、こてんと首を傾げる姿は、不思議とあざとさを感じさせない自然な動きだった。


「それにしては軽装備? 刀も持ってないみたいだし……ギルドに依頼取りに来たんじゃないの?」


 頭に浮かぶ疑問を全て口に出すところも相変わらずだ。

 イコルネはそんな彼女に懐かしさを感じつつ、紅茶色の瞳を見つめ返す。


「今、新規で登録してもらってるとこ」

「新規? なんで?」

「俺が最後に依頼を受けたのは、四年も前だから」

「あ、そっか! 登録取り消しって三年だっけ……」


 分かりやすく残念そうな顔をしたマリアテールだったが、すぐにパッと顔を上げる。


「でも登録するってことは、復帰するのよね! 私、二人を呼んでくる!!」


 言うが早いか、背を向けて走り出そうとするマリアテールを、イコルネは腕を掴んでなんとか止める。

 軽く足踏みしたまま振り返った彼女は「どうしたの?」と疑問の表情を浮かべた。


「いや、その……俺はFからのやり直しだし、しばらくはソロでやろうと思ってて……。どうせAランクのパーティ依頼には、当分いけないだろうから……」


 思わず引き止めたものの、つい口ごもってしまう。

 言い訳がましい言葉しか出てこないのは、まさに今、マリアテールの動きを目の当たりにしたから。

 身を翻しただけでわかる、恐ろしいほどに洗練された身のこなしと、身体能力の高さ。

 腕を掴んだこの状況でも、まったく勝てるイメージが湧かないのだから、力の差は歴然だ。

 四年前より、格段に強くなっている。

 そしてそれは、パーティメンバーだったもう二人の友人たちも同じだろう。

 かつて、ともに切磋琢磨した友に感じてしまう劣等感は、再会を足踏みさせるには十分だった。

 それに、冒険者になって、たった二年でAランクに足を掛けるような彼らなら、とっくに昇級して高難易度の依頼をこなしているに違いない。

 パーティで受けられる依頼は、最低ランクのメンバーからひとつ上のランクまで――自分が入れば、彼らの仕事をかなり制限させることになってしまう。

 そもそもの話、パーティを組めるのは確かDランクからのはずだ。今の自分では、足でまといどころかパーティに戻る資格すらない。


 マリアテールは友人たちを呼んでくる気満々のようだが、いま集合されたところでどんな顔をして会えばいいのか、正直分からない。

 羽織っているローブに関して言えば、ほかの衣服をすべて王都までの路銀に変えてしまったため、このローブ以外まともに着れる服が残っていなかっただけなのだが――心底嬉しそうな顔をしている彼女には、そんなこと口が裂けても言えなかった。

 ごにょごにょと言い訳を続けるイコルネに、マリアテールは悪戯めいた笑みを浮かべる。


「私たちね、イコが辞めてからみんなソロでやってるのよ」

「え……?」

「四人じゃないなら、わざわざパーティで動く必要なくない?って、みんなの意見が一致したの。それに、ギルドの役職持ちなんて面倒なだけだから、私と兄さんは昇級もしてないわ」


「タイラーはどうか知らないけどね」と付け加えた彼女は、あの頃と何ら変わらない顔で微笑む。

 自分が抜けた《ただ前へ(アヘッド)》は、とっくにAランクの三人パーティとして活動していると思っていたが、どうやら違うらしい。

 その上、マリアテールと彼女の五つ上の兄は、いまだ昇級せずにBランクのままだという。

 競うようにランクを上げていたあの頃からは考えられない言葉に、イコルネは思わず目を瞬かせた。


「私たちは四人が楽しくてパーティを組んでたんだもの、そんなに不思議がることでもないでしょ?」


 マリアテールは当たり前のことのように言う。


「FからDなんてイコなら簡単に上がれるだろうし、肩慣らしにCランクの依頼へ行くくらいみんなもOKしてくれるわよ。一緒にやってれば、昇級ノルマの達成も早いでしょ。ね?」


 さぁ早くと急かさんばかりのマリアテールは、笑顔で両手を広げる。

 イコルネの今の実力やブランクなど聞きもせず、また四人で冒険に行けるのが楽しみで仕方がないというような満面の笑み。

 昔から自分は、彼女のこの顔に弱い。

 そんなことを今更思い出したイコルネは、「わかったよ」と諦めたように腕を離した。

 彼女はさらに笑顔を明るくすると、ロビーを駆け出しながらこちらへ叫ぶ。


「登録が済んだらいつもの店に来て! 久々にみんなでお昼食べましょ!」


 返事も聞かずに走っていくマリアテールは、なぜか入口ではなく上下に窓の連なる壁の方へと向かう。

 下の窓枠に足をかけ、軽々と飛び上がって天井近くの開いている窓へとするりと上がったかと思えば、あろうことか、そのまま外へと飛び出していった。

 おそらく混雑する朝の大通りを避け、屋根づたいに友人たちの宿まで走っていくつもりなのだろう。

 相変わらずというかなんというか。

 昔と変わらない友人の破天荒さに、イコルネは窓を見上げながら笑みをこぼした。

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