8話 白い亡骸
イコルネはマリアテールとともに白い巨体を眺めていた。
眼前に横たわっているのは目を見開いたまま事切れている、石化鳥の死骸だ。
純白の羽毛に覆われた身体に目立った傷はなく、綺麗に首だけが折られているので、回収作業さえしくじらなければ、素材はかなりの値段で買い取ってもらえるだろう。
イコルネは自分が草原で生み出した、売り物にならないほど傷んだ死骸の山を思い出してため息をつく。
ブランクに加え、慣れない武器を使っていたにしても、随分実力に差ができてしまったものだ。
昨日友人たちに誓ったパーティ復帰の言葉に後悔はないが、こうも現実を突きつけられると流石に落ち込む。
イコルネがいよいよ項垂れ始めると、隣にいたマリアテールが空気を変えるように「よし!」と声を上げた。
「とっとと素材の回収しちゃいましょう! さっきは私が手伝ったんだから、今度はイコが手伝ってよね!」
「……そうだな。部位は?」
「ちょっと待って」と彼女は腰鞄から折りたたまれた依頼書を引っ張り出す。
「えーと……魔核以外だと、鶏冠、嘴、目玉と、あとは鱗が何枚かだって」
討伐依頼にしてはやたらと注文が多い。
どれも武器や薬の素材となる部位ではあるが、わざわざ依頼書に書いてあるということは、今回の依頼は駆除よりも素材の回収がメインの依頼なのかもしれない。
「俺、頭やろうか? ほとんどその辺だろ」
「んーん、私がやる。イコはしっぽの方をお願い」
重労働な方を請け負おうとしたが断られてしまった。
自分としては正直どちらでも良かったので、言われた通り尾の方へ向かって歩き出した。
石床に力無く投げ出された尾は、あれほど強く地面を打ち鳴らしていたにもかかわらず傷一つ付いていなかった。
手のひらほどもある鈍色の鱗には落ち着いた光沢があり、いまだ体の主が生きているかのように瑞々しい。
イコルネは羽毛と鱗の境目に近づき、比較的形が綺麗なものを探す。
鑑定士でもなければ鱗の善し悪しなんて見分けはつかないが『正六角形の鱗が高値で買取された』という噂を聞いて以来、なんとなくそういうものを選ぶようにしていた。
程よく綺麗な鱗を見つけると、イコルネは鱗と鱗の隙間に無理やり指をねじ込ませ、力任せにむしり取る。
じわりと滲む血を気に留めることもなく、さらに隣の鱗も勢いよく剥がす。
そうして六枚ほどむしると、露わになった地肌へ躊躇いなくナイフを突き立てた。
引き締まった筋繊維は硬くしなやかだ。
マリアテールから借りた小型ナイフではなかなか刃が入っていかず、ノコギリのように前後させてなんとか切り開いていく。
ぶちぶちと生々しい音を立てながら、ようやく尾の付け根を三分の一ほど切断した頃、不意に刃先が硬いものに当たった。
丁寧に肉を剥がしていけば、子供の頭ほどもある銀白色の魔核が姿を現す。
つるりとしていて透明感のあるその表面は、陽の光を反射しながら濃い魔力を溢れさせていた。
傷をつけないよう慎重に切り離し、鱗とともに麻袋へ入れる。
これでひとまず、この辺りの回収作業は終わりだ。
手に着いた血を服の裾で拭い、イコルネがその場を離れようとした時、切り開かれた肉の間にちらりと白いものが見えた。
思わず立ち止まり、赤く濡れた裂け目を凝視する。
先程の魔核とは明らかに違う、光沢のない乳白色の表面。
骨にしてはやけに丸みを帯びており、おそらく大玉西瓜ほどの球体だろう。
あまりにも不自然なそれへ、さらに右目を凝らしてみれば、球の中心あたりには魔力の光がかすかに灯っていた。
石化鳥の魔核にしては随分と魔力が少ないが、もしそうならそれなりの値はつくはずだ。
イコルネは再び肉の間に手を入れ、その球体を触る。
表面は粉を吹いたようなザラつきがあり、軽く動かしてみると肉が張り付いている様子もない。
思い切って手を突っ込み、引っ張ってみれば、驚くほど簡単に腕の中へと転がり出てきた。
「これ、は……卵?」
思わずこぼれた呟きの先には丸みを帯びた楕円の球。
大きさも重さもかなりのものだが、見た目はそのまま鶏卵だった。
魔物の卵なんて市場にも滅多に出回らない。
オークションなどで売り買いされるという話は聞くが、一体どれほどの値がつくのかも分からない。
だが、珍しいということは多少なりとも希少価値はつくはずだ。
イコルネは卵についていた血を丁寧に袖で拭い取り、麻袋に入り切らないそれを抱えてマリアテールの元へと戻った。
* * *
本日二度目の重労働は、腰に来る。
体力と筋力が足りていないことを実感しつつ、麻袋を担いでマリアテールの元へ向かったイコルネは、視界に映りこんだ光景に目を疑った。
倒れ伏していた石化鳥の、頭がない――。
まるで食肉用に絞められた鶏のように、首から先が綺麗さっぱりなくなっているのだ。
動揺を抑えきれずに辺りを見回すと、少し離れたところから声がかかる。
「イコー! こっちこっち」
振り返れば、石床の隅をわずかに覆っている木陰に、マリアテールが座っていた。
しかし、イコルネの視線はマリアテールを捉える前に、彼女の斜め上に吸い寄せられる。
そこにあったのは、彼女に日陰を提供している太くしっかりとした木の枝と、長く垂れ下がる銀の鎖。
そして、鎖の先に吊るされた石化鳥の頭部だった。
ぽたぽたと血の滴るそれは、まるで前衛的なアートだとでもいうような存在感だ。
「なに、これ……趣味わる……」
「趣味じゃない! 血抜きしてるの!」
ドン引きのイコルネへ、マリアテールは顔を真っ赤にしながら抗議した。
「今回の回収素材は頭についてるのがほとんどだから、いっそそのままの方が楽かなって思ったのよ!」
口を尖らせ、わかりやすく拗ねてる彼女は、そういえば手先がそれほど器用な方ではなかった。
刃物の扱いは上手いのに、素材の回収になると途端に不器用になり、切りすぎるわ、汚すわ、散々な有様で、最終的に兄に手伝ってもらうのが《ただ前へ》のお決まりだった。
「回収下手は健在か……」
「……」
「そこんとこも目標に入れといてくれれば……」
「そ、それとこれとは別よ! 適材適所なの! こういうのは兄さんが一番上手いんだし、任せておけばいいのよ! 私は仕留める方の担当だから!」
「つまりこの四年もトーカに任せきりだったと」
「傷が入って値が下がるよりいいでしょ!」
イコルネは、開き直って叫ぶマリアテールを見て苦笑する。
草原で素材回収を手伝ってくれた時は上達したのかと思っていたが、魔核を取り出す簡単な作業だからやってくれただけらしい。
華奢で繊細そうな見た目とは裏腹に、昔から大雑把で喧嘩っ早かった彼女のそういうところは、四年経っても全然変わっていなかった。
「それより! イコが持ってるの、何?」
イコルネの腕の中へ視線を落とし、マリアテールが首を傾げる。
「あぁこれ、多分石化鳥の卵」
「へぇー、アイツ雌鳥だったんだ……」
卵を見た感想がそれなのかと若干呆れつつ、イコルネは首のない胴体を眺めながら尋ねる。
「あの死骸はどうすんの? 埋めるにしたって、かなりでかい穴を掘らないと無理そうだけど……」
「あれはそのままでいいのよ」
「そのまま?」
「そう、そのまま。肉と残った魔力で、森の縁まで出てきてた魔物たちがおびき寄せられて戻ってくるでしょ。森へ引っ込ませるのにいい餌になるから『置いてこい』ってわざわざ依頼書にメモ書きされてたわ」
「なるほどな」
後処理嫌いなはずのマリアテールが、わざわざソロで大型の討伐を持ってきた理由がようやくわかった。
回収部位がまとまっていて、その上後処理いらず。
暴れるだけ暴れて後片付けしなくていいとは、まさに彼女が好きそうな依頼だ。
既に重労働に辟易していたイコルネは、今から穴掘りをさせられないことに安堵し、持っていた麻袋を置いてマリアテールの横に腰を下ろした。




