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AHEAD~再動したパーティは止まれない~  作者: あこね
第二章

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5話 大剣とナイフ


 王都北東部に位置する王立学院は、貴族社会の根強いタルスト王国において、身分の境なく入学を許されている数少ない学校だ。


 入学試験に年齢の上限を設けておらず、試験に合格した十二歳以上であれば、誰でも学院に通うことができる。

 しかし、年に一度ある進級考査は、毎年三分の一が同じ学年をやり直すと言われるほど難関で、国民にとっては『六年の修学課程を終え、十八歳で卒業資格を得ること』自体が、就職や婚姻において一種のステータスのような扱いになっていた。


 そんな王立学院の三学年への進級考査も無事終わり、まもなく長期休暇へ入る平日の午後。

 イコルネはタイラーとともに野外演習場へ来ていた。

 この時期は、既に必須科目の履修を終えて帰省している学生も多く、校舎全体が閑散としている。

 その上、二人の通う武学部は試験で散々実戦をやらされるので、わざわざ自前の武器の使用許可まで取って演習場へ来るような物好きは、自分たちしかいなかった。


 静かな演習場に軽快な金属音を響かせ、遊ぶように打ち合いをしていた二人は、突然乱入してきた珍客に動きを止める。


「ここならいいでしょ! 相手してやろうじゃないの!」


 耳を刺すような甲高い声を張り上げやってきたのは、白金色の長い髪を揺らし、紅茶色の強気がちな目を釣り上げた華奢な女子生徒。そして、彼女の後ろを歩く三人の男子生徒だった。

 絵面だけ見れば、弱いものいじめでもしているような顔ぶれだが、おかしなことに無理やり連れられてこられているのは、どう見ても男子たちの方だ。

 体格でも人数でも負けているはずの女子生徒は、なぜかやる気満々で先頭を歩いている。

 騒々しく喚きながらイコルネたちのいる演習場中央の石畳へ上がってきた彼女は、まっすぐこちらへ向かってくると、ぴたりと視線を合わせて指をさす。


「ここ、私たちが使うから退いてちょうだい」

「あ?」


 突然の横暴な要求へ反射的に声を上げたタイラーが、彼女の胸ぐらを掴む勢いで前へ出る。


「俺らが使ってんのが見えねぇのかよ。大人しく終わるまで順番待ちしとけ」

「今すぐ使いたいから譲れって言ってんのよ!」

「何様だよてめぇは! どうせろくでもねぇ喧嘩だろ! 他所(よそ)でやれ!」

他所(よそ)で先生に怒られたからここに来てんのよ! いいからさっさと退きなさいよ!」


 勝手に口論を始めた彼女に対し、連れてこられた男子たちはおろおろするばかりで止めに入ろうとしない。

 イコルネもしばらくは傍観していたが、一向に終わる気配のない怒鳴り合いにすっかり身体が冷え、呆れたようにため息をついた。

 これ以上絡まれても面倒だ。

 今日はもう切り上げようとタイラーの肩に手を伸ばした時、女子生徒の刺すような声が演習場に響く。


「それなら先にあんたが私と勝負しなさい! 私が勝ったら、素直に言うこと聞いてもらうから!」

「おう上等だ! 俺が勝ったら、そのうるせぇ口閉じてさっさと帰りやがれ!」

「うるさいのはあんたの方でしょ! その偉そうな口、今にギャフンと言わせてやるわよ!」

「ハッ、威勢だけはいっちょ前だな! 怪我しても文句言うんじゃねぇぞ!」


 売り言葉に買い言葉とはまさにこのこと。

 完全に火のついた二人は、今にも斬りかかりそうな勢いで睨み合っていた。

 イコルネは面倒くさげにため息をつくと、二人のぶつかる視線を断ち切るように間へ入る。


「せめて木刀にしなよ。やるのは勝負であって殺し合いじゃないんでしょ」


 イコルネの言葉に冷静さを取り戻したのか、タイラーは「そうだな」と呟き、演習場の隅に建つ用具倉庫へ向かった。

 女子生徒も後について行くのかと思いきや、彼女はその場から動く気配がない。

 イコルネは訝しげに眉を寄せて声をかける。


「あんた、武器は?」


 ちらりとこちらを見た彼女は、制服のジャケットをおもむろに捲り、慣れた手つきで懐からナイフを二本取り出した。


「これでやるわ。先生から渡されてる訓練用だから、刃は潰してあるの」


 くるくると手の上で回すナイフは確かに刃先が丸められ、切り付けても怪我をする心配のない仕様だった。

 イコルネは改めて彼女を観察する。

 華奢な体躯に小振りのナイフ。手慣れた武器の扱いと、軽い身のこなしは、おそらくスピードに特化した奇襲タイプといったところだろう。

 腕力にものを言わせるタイラーとの相性はあまり良くなさそうだが、彼女はそれを覆せるだけの秘策でもあるのか、口元が自信ありげにつり上がっていた。


 程なくして戻ってきたタイラーは、幅広の木剣を肩に乗せていた。

 イコルネを挟むように二人が向き合うと、それまで挙動不審気味にこちらの様子を伺っていた男子生徒たちが、慌てて石畳から降りる。

 自然と審判のような立ち位置にされていることに少々面倒くささを感じつつ、イコルネは睨み合う二人へ声をかけた。


「えっと……それじゃあルールは、相手を戦闘不能にするか降参させた方の勝ち。怪我はしてもいいけど、命に関わるようなのは一応俺が止めに入るから、そこんとこは理解しといて」

「わかったわ」

「おう」


 双方から短い了承を得ると、イコルネも石畳から降りる。

 足音が消え、演習場にしばし訪れた静寂の中、イコルネはゆっくりと息を吸い、声を張り上げた。


「初め!」


 声とともにタイラーが駆け出す。

 一気に距離を詰め、両手で振りかぶった木剣が躊躇なく女子生徒の脇腹を目掛けて振り抜かれる。


 ――当たるっ!


 そう思った瞬間、彼女の姿が視界から消えた。

 その場の全員が目の前にいたはずの彼女を見失い、そして直後に硬い衝突音を耳にする。

 必死に音の所在を探せば、タイラーの首元へ背後からナイフを振り下ろしている女子生徒。

 それを間一髪、タイラーが木剣の柄で防いでいた。

 彼女は悔しそうに舌打ちすると、後ろへ跳び距離をとる。


「あんた、意外と動けるのね。初手で防がれたのは初めてだわ」


 彼女はそう言うと、トントンとその場で跳ね始める。

 白金色の髪が動きに合わせてふわりふわりと優雅に舞い、陽の光を映して輝いたかと思えば、再び彼女の姿が消えた。

 そして次の瞬間、かすかな風切り音をさせながらタイラーの右頬に血の筋が走る。

 トンッと彼の後方に着地した彼女は、くるりと振り向き、また姿を消す。

 まるで魔法のようなそれを、ものすごいスピードで跳ね回っているのだと気づけたのは、タイラーが木剣を構え、辛うじて攻撃を逸らしているからだ。

 体には幾重にも赤い筋がつき、もし真剣でやっていたらあっという間に八つ裂きにされていただろう。

 それほどまでに彼女は速い。

 イコルネは内に沸きあがる興奮を抑え、必死に彼女の姿を目で追い続けた。


 消えているようにしか見えなかったその速度にようやく目が慣れてきた頃、一際大きな音を立ててタイラーの木剣が吹き飛んだ。

 石畳の上を滑って場外へと落ちた木剣から視線を戻せば、片膝をつき、血の滴る手でナイフと女子生徒の首を掴むタイラーと、そこへ覆い被さるように彼の首元へもう一本のナイフをあてがう彼女がぴたりと動きを止めていた。


「そこまで!」


 イコルネは張り詰めた空気を断ち切るように声を張り上げ、そして石畳へと上がる。

 荒い息をしながらいまだ睨み合っている二人のそばまで来ると、イコルネは意識的に出した落ち着いた声色で友の名を呼んだ。


「タイラー」

「チッ……わかったよ。俺の負けだ」


 タイラーは諦めたように両手を離す。

 手にすっぽりと収まってしまう彼女の細い首なら、タイラーが指に少し力を加えるだけで簡単にへし折れただろう。

 しかし、互いに急所を取り合ったこの状況では、おそらく彼女のナイフが首を掻き切る方が早い。

 タイラーもそれを分かっているから、潔く負けを認めたのだ。

 熱くなっていても、彼女の首へかけた手に力を込めなかったあたりは彼らしいが、本気で奥歯を噛み締めているところを見ると、相当悔しがっているようだった。

 そんなタイラーの上からするりと退いた女子生徒は、ナイフを収めると腰に手を当てて鼻を鳴らす。


「約束通りここは明け渡してもらうわよ!」

「わーってるよ。行こうぜ、イコ」


 投げやりにそう言ったタイラーは、演習場を立ち去ろうと歩き出す。

 だが、イコルネは後に続かない。

「どうした?」と振り返る彼を無視して、彼女の紅茶色の瞳へ真っ直ぐ視線を合わせると、イコルネはいつもより少し上擦った声で言い放った。


「次は俺とやってくんない?」

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