4話 混魔屑とお説教
黙々と回収作業をおこなっていたイコルネは、屈んだままの姿勢に腰が悲鳴をあげ始め、よろよろと立ち上がった。
左手に持つ麻袋には、先ほど倒した魔物たちの魔核が無造作に詰め込まれている。
固まった身体を解すように大きく伸びをしていると、白金色の髪を揺らしながらマリアテールが近づいてきた。
「向こうは粗方終わったわ。こっちは?」
彼女はイコルネの脇に掘られていた大きな穴へ角兎の死骸を投げ入れる。
討伐対象以外の魔物も多く混じるその穴には、魔核を切り取られた死骸が大量に入れられ、濃い鉄臭さで満たされていた。
臭いとともに立ちのぼる綯い交ぜになった魔力は、じわりじわりと草原に拡がっていく。
このまま放置すれば、この草原は数日のうちに魔物で溢れかえるだろう。
魔物の死骸は様々な生き物を引き寄せる。
血の匂いや魔力の残滓におびき寄せられ、魔物に限らず獣や虫なども寄ってくるからだ。
そうした二次被害を防ぐため、冒険者ギルドの規定では魔物討伐後の死骸の処理が義務付けられている。
処理方法に特に決まりはないので、イコルネがパーティで活動していた頃は、トーカが魔法で焼いてくれていた。
しかし今日はイコルネとマリアテールの二人だけ。
どちらも《燃焼》の魔法なんて便利なものは使えないので、できることといえば、穴を掘って埋めるぐらいしかないのだった。
「これでラスト。久々にやると腰に来るな……」
腰をさすりつつ最後の飛鼠を穴に放る。
直径二メートルほどの穴の中に五十体近い魔物が重なり合う姿は、なかなかに酷い絵面だった。
「余計なのまで殺しすぎなのよ」
「いっぱい出てきたんだから仕方ないだろ……」
「自分から挑発したくせにっ」
「……」
黙ったイコルネにマリアテールはわざとらしく呆れ顔をする。
「それにしたって、回収用のナイフすら持ってないとか……流石に準備不足が過ぎるわよ、イコ」
「マリーがいきなり依頼に引っ張ってきたんだろ……」
「いきなりでもなんでも、ギルドに来るなら装備くらい整えてると思うじゃない!」
「金欠でまだなんにも持ってないんだよ……」
「だけど……」と付け加えたイコルネは、おもむろに腰鞄へ手を入れる。
中から取り出したのは二センチ角ほどの小さな立方体。
「ちゃんと持ってきてた混魔屑は役に立っただろ?」
「そんなの持ち歩いてるのは、今も昔もイコだけよ!」
マリアテールの反応に不服そうな表情をしたイコルネは、指先でつまんだ立方体を光に透かす。
ひび割れたステンドグラスのように様々な色が混ざりあうそれは、陽に当たりキラキラと輝いていた。
「魔核の加工屑を再利用できるから、加工屋にはまとめ買いすると喜ばれるんだけどなぁ」
「廃棄を寄せ集めて爆発物作ったじゃない。しかも無駄に威力まで上げて……」
「でも、これのおかげで穴を掘るのは楽だったろ?」
自信ありげなイコルネの言葉に、マリアテールがチラリと視線を落とす。
二人の足元にあいた大きな穴は、イコルネが『混魔屑』と呼ぶ立方体を地面に投げつけて作ったものだった。
衝撃を与えることで簡単に爆発する混魔屑は、魔核の屑を圧着しただけの格安ジャンク品だ。
威力もそれほどなく使い勝手が悪い上、いつ暴発するかも分からない――ほぼゴミの塊。
しかし、イコルネはそんな混魔屑を昔からよく持ち歩き、簡易的な爆弾として使っているのだった。
異なる魔力の反発で爆発する仕組みなので、さらに魔法を重ね掛けすれば簡単に威力が上がる。
《加速》の魔法をかけて数個投げるだけで大穴があくのだ、イコルネからすれば、だいぶコスパがいい。
それでも、暴発の危険や使いにくさは相当なデメリット要素なようで、昔からどう説明してもマリアテールには不評なのだった。
「もう、危ないからしまっといて……!」
「わかったよ。それにしても、こんだけ隠れてたくせに珠鼬が二匹足りないのはツイてないな……」
この草原で倒した魔物は全部で五十三匹。
角兎が十三匹。
飛鼠が十五匹。
珠鼬が八匹。
野狗が十匹。
草蛇が七匹だった。
群れで行動する角兎を除けば、元々こんなに集まっていることの方が珍しいのだが、これも森の表層に住み着いたという石化鳥の影響なのだろう。
「どうせこの後は森の中なんだし、珠鼬くらいいくらでもいるわよ」
「まぁ、確かにそうだな。さっさと埋めて行くか」
イコルネは手早く穴に土を被せると、漏れ出す魔力が少ないことを右目で確認し、魔核の入った麻袋を背負う。
辺りにはまだ血生臭さが残っていたが、爆発のおかげで土が飛び散ったせいか、血に染まっていた草原の一角はそれほど目立たなくなっていた。
* * *
森へ足を踏み入れた途端、冷気を帯びた風が肌を撫でる。
草原に降り注いでいたのどかな日差しは、そのほとんどが木々に遮られ、鬱蒼とした森の中では弱々しく差し込むだけだった。
イコルネは咥えていた煙草を口から外し、森の空気で肺を満たすように深く息を吸う。
冷たく湿り気のある空気が身体へ溶けていく感覚と、赤紫に染めた右目に映る無数の魔力が懐かしい。
ほかの地に比べ、魔力濃度が高い王都付近の森は、魔物と獣が共生し、あらゆる資源が豊富な場所だ。
王都を拠点とする冒険者ならば誰もが足を運び、討伐はもちろん、修行や訓練、腕試しに通いつめる場所でもある。
イコルネも冒険者になったばかりの頃はよくこの森へ入り浸り、出会った魔物を片っ端から倒して回っていた。
おかげでBランクになる頃には、勝手知ったる自宅の庭のような感覚だった。
「依頼書通りみたいね」
数歩前を歩くマリアテールが、辺りの様子を警戒しながら呟く。
「こんな浅い場所に生き物の気配が多すぎるわ。雑魚ばかりだろうけど、流石にこの数を相手にするのは、新人には荷が重かったんでしょうね。……Fランクの依頼が失敗続きだって、ニコルが心配してたの」
イコルネも辺りを見回すが、魔眼で視るまでもなく草陰や木の上にいくつも気配が感じられる。
「相当浅い場所に居座ってるみたいだな」
「ここ数日、森の南西一キロくらいで何度も目撃されてるって話よ。これだけの生き物が縄張りを離れてるってなると……そこそこ強いのかしらね」
「なんで嬉しそうなんだか」
口の端を釣りあげているマリアテールにイコルネは苦笑する。
昔から好戦的だった彼女の性格は、この四年でさらに拍車がかかってしまったようだ。
思い返せば、マリアテールとの出会いも喧嘩からのようなものだった。
死闘を経て友情が――なんて青春のようなものでは全然なく、彼女を打ち負かしたイコルネが一方的に懐かれてしまったというだけの話なのだが、学生時代から既に確立した戦闘スタイルを持っていた彼女との手合わせは、今思い返してもかなり楽しかった。
付きまとわれて面倒に感じることもあったが、年頃の女の子と接する機会の少なかったイコルネとしては、お洒落だの観劇だのの話に花を咲かせるご令嬢たちより、武器や防具に目を輝かせる彼女との方が何倍も会話が弾んだ。
イコルネは前を歩くマリアテールの姿を眺める。
鬱蒼とした魔物の潜む森を、まるでショッピングでもするかのように弾む足取りで進んでいく彼女は、やはり変わり者であり、昔から変わらない自分の友人なのだった。




