3話 姉妹の踊り
イコルネを追い、マリアテールは走り続ける。
角兎の群れを流れるように倒し終えた彼は、そのまま草原を駆け抜けていった。
二十メートルほど走れば、なだらかだった草原は窪地へと景色を変え、人の腰丈ほどもある背の高い植物が群生し始める。
遠目からは死角となっているそこは、森に面した立地も相まって、小型の獣や魔物が身を隠しやすそうな場所だった。
草むらの前で一度足を止めたイコルネに合わせ、マリアテールも立ち止まる。
久々に見られる彼の戦闘を特等席で見学するため、窪地を見下ろせる場所を陣取り、気配を消して見守ることにした。
周辺にはいくつも生き物の気配を感じるが、おそらく彼の右目には身を潜める数や場所、種類までがはっきり映っているのだろう。
ゆっくりと歩き始めたイコルネは、まっすぐ窪地の中心あたりまで来ると、両手の双刀をおもむろに左右へ振り抜く。
途端、刃先に触れてもいない草花が熱波に焼かれて、十メートル以上先まで吹き飛ぶ。
焼け焦げた臭いとともに刈り取られた窪地には、数十匹の魔物たちが威嚇の声を上げていた。
姿を現したのは討伐対象の珠鼬と飛鼠、他にも野狗や草蛇などもいる。
「……向かってくる方がやりやすいな」
イコルネがボソリと呟き、視線を落とす。
彼の足元には、先程の斬撃をかわせなかったのだろう、腹部が焼き裂かれた小さな珠鼬が横たわっていた。
イコルネはそれを何の躊躇いもなく蹴り上げる。
小さな身体が高く舞い、地面へ叩きつけられるのを合図に、魔物たちは一斉にイコルネへ襲いかかっていった。
珠鼬が牙を剥き、野狗は鋭い爪を振り下ろす。
イコルネはそれらを半身になってかわしながら、熱を放つ乙女ノ炎舞で切り裂いていく。
草蛇が絡みつこうとした脚を軽く引くと、飛びかかろうとした飛鼠ごと蹴り飛ばし、その勢いのまま背後にいた野狗へと刀を振り抜く。
小型の魔物が多いせいか強打は少ないが、駆け出しの冒険者がこの数の群れに襲われれば、あっという間に八つ裂きにされるだろう。
しかし当のイコルネは、まるで準備運動でもしているかのように、表情ひとつ変えず、襲い来る魔物を一匹ずつ斬り伏せていた。
決して追わず、向かってくるものから順に斬っては避け、また斬る。
マリアテールはそんなイコルネの動きから目を離せない。
昔と変わらない鮮やかで美しい戦い方。
だがそれはどこか単調で、刀を振るのがなによりも好きだった彼のイメージと、なぜか重ならない。
昔の彼と――何かが違う。
しかし、マリアテールがその違和感の正体に気づくより早く、イコルネの戦闘は終わりを迎えていた。
* * *
のどかな平原には似つかわしくない、赤く染まった地面。
その中央に立つイコルネは煙草を取り出し火をつけた。
吐き出した煙は爽やかな風にかき消えていくが、立ち込める鉄臭さと焦げた肉の匂いは、じっとりと窪地を満たしたままだった。
地面を埋め尽くす骸の山を眺めていると、かすかな足音に気づき顔を上げる。
小高い丘の上にいたらしいマリアテールが、跳ねるようにこちらへと降りてくるのが見え、イコルネはへらへらと笑って手を振った。
「おつかれさま!」
隣に来るなりそう言った彼女は、なぜか少し眉が下がっている。
不思議そうに見つめていると、なぜかクスリと笑われた。
「せっかくの草原も、こんな状態になっちゃったらピクニックは無理ね」
「あー……確かに。悪い」
「冗談よ。あんな数出てきたら、誰がやってもこうなるわ」
改めて視線を巡らせると、自分たちの周りはまるで地獄絵図だった。
いくら野営に慣れた冒険者でも、こんな場所で食事をしたいとは、誰も思わないだろう。
折角のピクニックの予定がなくなり肩を落としていると、マリアテールが唐突に血溜まりの中へしゃがみ込んだ。
「回収は魔核だけ?」
彼女は小型のナイフを手で弄びながら尋ねてくる。
依頼に手出しはしないと言っていたが、どうやら素材の回収は手伝ってくれるらしい。
「依頼内容はそう。まぁ、小さいのばっかだし素材になりそうなのも少ないから、今回は魔核だけでいいよ」
「りょうかーい」
間延びした声で返事をしたマリアテールは、足元に転がっていたモノをおもむろに持ち上げる。
赤く濡れたこぶし大ほどのそれは、額に赤い石が埋め込まれた珠鼬の頭。
マリアテールはその眉間を目掛けて、なんの躊躇いもなくナイフを突き立てた。
器用にくるりと刃を回せば、彼女の白い手の上にコロリと石が落ちる。
まるでルビーのように透き通った赤い石は親指の爪ほどの大きさで、内からは燃えるような魔力が滲み出ていた。
「やっぱり、珠鼬の魔核は取りやすくていいわね」
そう言って笑う彼女は、近くに落ちているほかの魔物へと手を伸ばす。
次々と回収されていくのは『魔核』と呼ばれる魔力を貯める器官。
魔物の体内に必ず存在し、この魔核を持つ生き物のことを総じて魔物と呼ぶ。
魔核の位置は種類により異なるものの、基本的には角や尾など特徴的な部分にあることが多く、今回で言えば、角兎は角、飛鼠は脚の付け根、野狗は喉元、草蛇は頭部、そして珠鼬は額の珠だ。
いちいち取り出す手間はあるが、体表に見えていたり、切り取りやすい部位にあるこれらの魔物は、素材回収に慣れていない初心者向きだった。
イコルネが今回受けた依頼内容も、魔物十体の討伐とその証明となる魔核の回収だけという簡単なものだ。
本来なら、毛皮や爪なども素材として売れるので、状態さえ良ければ回収して買取に出すのだが――。
イコルネは辺りを見回し、ため息をつく。
足元に散らばる骸はどれも、素材にできるような部位がないほど、悲惨な状態だった。
原因は明白で――新しい相棒を使いこなせなかった。
たったそれだけだ。
今回遭遇した魔物は全部で五十匹ほど。
脅威にはなり得ず、程よく攻撃力もある試し斬りには丁度いい的だった。
イコルネは調整におあつらえ向きなこの初戦闘で、乙女ノ炎舞の扱いを覚え、手に馴染ませるために、襲ってくる魔物をわざわざ一匹ずつ斬り伏せていく戦い方をした。
だが結局のところ、すべての魔物を倒しきっても、新しい相棒を完全に使いこなすことはできなかった。
それどころか、戦闘中の自分を思い返してみると、彼女たちの手のひらで踊らされていたという方が正しいかもしれない。
力を込めて振り抜けば必要以上に斬撃が飛び、魔力を少しでも流せば刃に触れるものすべてを焼き焦がしてしまう。
辛うじて掴めたことといえば、おやっさん曰く『姉』であるらしい左の刀は、魔力を込めれば込めるだけ辺りを燃やしたがり、逆に『妹』である右の刀は、振るうたびに斬撃を飛ばしたがるということくらいだろうか。
斬り方も魔力の込め方も、なにもかもに癖があって、全く思い通りに動けない。
戦っている間中、まるで貴婦人のエスコートをさせられている気分だった。
しかも、少しでも機嫌を損ねれば自分もろとも焼かれるのだから溜まったものではない。
このまま誰かと共闘でもしようものなら、間違いなく犠牲者が出てしまう。
「おやっさん、相当厄介なもんを押し付けやがって……」
イコルネは誰にも聞こえない声でぼそりと呟く。
癖が強いなんて言葉では言い表せないほど、全く思い通りにいかないじゃじゃ馬だ。
しかし、そんな新しい相棒に視線を落とすイコルネの表情は、自分でも気が付かないうちに、口角が上がっていた。




