幕間 ギルド員の呟き
「先輩、また間違えてますよ」
「えぇ、嘘、ごめーん!」
「もういい加減にしてください!」
受付のカウンターで手を合わせて謝る先輩へ、ギルド職員のティアナ・オルトーはひとつに結んだ黒髪を揺らしながら力いっぱい叫んだ。
一年前に冒険者ギルドへ就職し、最近やっと受付を任せてもらえるようになったティアナだったが、教育係をしてくれている先輩職員のニコル・アンソンを、なぜ自分が叱らなければいけないのか。
そもそも元冒険者だというこの先輩。教え方は上手いのに、すごくミスが多い。
一つ一つは細かなものなので、手間だがどれもこちらで直せる程度のものばかり。
だが、新しい仕事を覚えるなかで、いちいち先輩の尻拭いをさせられるのはストレスが溜まってしょうがなかった。
「なんだなんだ、でかい声出して」
頭の上から急に降ってきた声に、ビクリと肩を跳ねさせたティアナは、おそるおそる顔を上げる。
そこに居たのは、自分の上司であり冒険者ギルドを取り仕切るギルド長、ランティス・マクレーンだった。
ギルド長に会ったのは最終面接の時以来である。
新人職員が先輩を怒鳴りつける姿、そして仕事中にもかかわらず騒いでいたとなれば、勤務態度も印象も最悪だ。
しかし、青い顔で冷や汗をかいているティアナとは対照的に、全く気にしていない様子のニコルは「お疲れ様でーす!」と元気に挨拶をした。
「おつかれさん。そんで? 何を楽しそうに騒いでたんだ?」
カウンター横に立ったランティスの声に追及する響きはなく、世間話でもするかのように尋ねてくる。
「あ、いや……別に、ギルド長にお話するようなことでは……」
緊張で口ごもっていると、ランティスはカウンターに寄りかかり、腰を屈めて視線を合わせる。
「職場の円滑な人間関係を作るのも俺の仕事だ。思ってることがあるなら言ってみな」
子供に言い聞かせるような、よく通る落ち着いた声。
ランティスに促され、ティアナは手に持っていた冒険者の登録用書類をおずおずと差し出した。
「その、ニコル先輩が処理した冒険者の登録が間違ってまして。これ、おそらく新規登録の方だと思うんですが、再登録の用紙に書かれちゃってるんですよ」
「あっ! それっ……」
ランティスが受け取ろうとした書類を、すんでのところでニコルが奪い取る。
「まっ、間違えただけだから! すぐ直すわ!」
挙動不審気味にカウンターの下へ隠そうとした書類を、今度はランティスが素早く奪い返す。
「ニコル。お前の馬鹿正直なところ、俺は気に入ってんだぜ? 隠しごとなんて昔からできねぇんだから、コソコソしてんじゃねぇよ」
ニコルは赤毛の跳ねる頭にゴツンと音が聞こえるようなゲンコツを貰い、涙目になって謝りだす。
「だって……処理印さえ押しちゃえば通ると思ったんですもーん!」
「お前はまた、そういう勝手なことを……」
呆れた声でそう言ったランティスは、ニコルから取り上げた書類に視線を落とす。
それは、冒険者再登録用の申請書類。
登録ランクやギルド規定などがまとめられている紙の束だった。
ランティスはパラパラとめくっていき、最後の同意書の紙で唐突に手を止める。
一番下の欄にある署名は、決して読みやすいとは言えない、殴り書いたような筆跡で綴られた名前。
――イコルネ・ターリア。
それを見た途端、ランティスは豪快に笑いだした。
「そーか! 帰ってきたのかアイツ!! ニコルが再登録にさせたがってた理由はこれだな!」
「あ、あの、ギルド長。その方をご存知なのですか?」
「あぁ知ってる、四年くらい前までうちで活動してた冒険者だ。Bランクで『魔眼のイコルネ』ってそこそこ名が売れてたんだぞ」
「Bランク!?」
ランティスの持つ書類をもう一度見る。
最終ランクの欄に記されているのは『B』とも『F』とも読めそうな、崩れた文字。
Bランクなんて王都でも十数人しかいない凄腕冒険者だ。
怪我などで引退することはあっても、出戻りなんて滅多に聞かない。
「引退してから三年過ぎちゃうと、Fランクからのやり直しじゃないですかぁ。イコルネさんならBランクに戻るのでも全然いけると思ったんですもーん」
「だからって不正をしていいわけねぇだろ」
「うぅ、ごめんなさい……」
完全に意気消沈したニコルは俯いてしまう。
しかしティアナは『イコルネ』という名に聞き覚えがなく、ニコルがこれほど必死になる理由がいまいち分からなかった。
「こいつは当時、タイラーとロット兄妹の四人でパーティ組んでたんだよ。《ただ前へ》ってパーティ名くらい、聞いたことあんだろ?」
それを聞いて、ティアナは目を見開く。
《ただ前へ》――かつて結成半年あまりでBランクとなった、異例のパーティだ。
ギルド職員になるまで冒険者について疎かった自分でも知っている。
たった二年で解散したにもかかわらず、こなした依頼は三百件以上。そして、依頼達成率は驚異の九割越えだ。
そんなパーティにいた人が、Fランクからのやり直し。
先輩のやろうとした不正は良くないことだが、確かに再登録にしてBランクへ上げたくなる気持ちは、わからなくもなかった。
「そういえばさっき、魔眼のイコルネって……?」
「そうよ! イコルネさんは魔眼持ちなの! 当時から、索敵とか凄かったんだから!」
急に元気を取り戻したニコルが自慢げに言う。
「え、でも、備考欄に書いてませんでしたけど……」
「あっ、忘れてた……」
気まずそうに視線を逸らしたニコルへ、ティアナは眉を寄せる。
魔眼といえばアメジストのような紫の目が特徴的なので、子供が見てもひと目でわかる。
視認できないはずの魔力そのものが視える特別な瞳で、冒険者に限らず騎士や傭兵、商人に至るまで重宝されるらしい。
それなりに珍しいため、ティアナも実際に見たのは数回程度だが、紫なんて奇抜な目の色の人を登録するのに、普通記入漏れなんてしないだろう。
「先輩、ほんとにミスが多すぎ……」
「いや、あいつに関しちゃニコルは悪くねぇよ」
「……?」
「イコルネの魔眼は後天性だからな。魔力を流したり止めたりして、器用に使い分けてんだよ。色も普段は目立たねぇようにしてるし、どうせ登録しに来た時も申告しなかったんだろ」
ランティスは呆れたように言うが、その顔にはわずかに懐かしさが滲んでいた。
「まぁ何はともあれ不正はなしだ。イコルネもどうせFランクからでいいって言ってただろ」
「はい……」
「だったら普通に新規登録者として処理しろ。お前が《ただ前へ》に憧れる気持ちは分かるが、仕事と私情を混同すんじゃねぇぞ」
「す、すみませんでした!」
ニコルは勢いよく頭を下げ、盛大に額をカウンターにぶつける。
その姿を冷ややかに見ていたティアナは、ため息とともに頼りない先輩へ尋ねた。
「で、この書類の再作成。誰がやるんですか?」
「……私、まだ手持ちがあるから……お願いしていい?」
「はぁ…………今度、ご飯ご馳走してくださいよ」
※活動報告にて登場人物紹介①を投稿したので、興味がある方は覗いてみてください。




