表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガーディアン ~モンスターと話せる少年は、人助けのために最強を目指す~  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/13

EP 9

「女王の産声」

「逃げ道は、僕が来た道です。途中のワームは片付けてあるから、今なら通れます」

ダダは地図代わりに、床に石で線を引いた。鉱夫たちが、固唾を呑んで覗き込む。

「足の悪い人は、交代で背負ってください。それと——靴に布を巻いて。音を立てないで。ワームは音に集まるから、ここからは逆です。静かな人から、生き残れる」

「お、おう……」

てきぱきと指示を出す十歳児に、大の男たちが頷く。奇妙な光景だったが、もう誰も、この少年を子供だとは思っていなかった。

「よし、じゃあ出発——」

「待て」ツーリが、ダダの肩を掴んだ。「お前の言い方だと、お前は一緒に来ないように聞こえるぞ」

「はい。僕は下に行きます」

ダダは、こともなげに言った。

「下の大きいのが上がってきたら、みんなの足じゃ逃げ切れません。だから、上がってくる前に、僕が下で止めます。挟まれたら終わりなので、二手に分かれるのが一番いいんです」

理屈は、完璧だった。完璧だからこそ、ツーリは肩を掴んだ手に力を込めた。

「……駄目だ。お前、自分が何を言ってるかわかってんのか。あの地響きの主だぞ。子供を一人で死地に置いて、自分たちだけ逃げる親が、大人が、どこの世界にいる」

「ツーリさん」

ダダは、肩の手にそっと自分の手を重ねた。そして、手首の赤いリボンを掲げてみせる。

「僕の依頼は、『ツーリさんをリーフに会わせること』です。だから、ツーリさんが上に帰ってくれないと、僕の仕事が終わらないんです。……それに」

少年は、にこっと笑った。

「僕、逃げ足だけは、本当に速いので」

「…………っ」

ツーリは喉の奥で唸り、ぐしゃぐしゃとダダの寝癖頭を掻き回した。

「……全員で帰るって、俺は言ったんだ。あの言葉にはな、坊主、お前も入ってんだぞ。死ぬんじゃねえ。死んだら、リーフとうちの飯を食う権利を没収するからな」

「! ごはん! 行ってきます!」

「現金な奴だな……!」

七つの足音が布越しに遠ざかるのを聞き届けて、ダダは一人、坑道を下った。

下るほどに、空気が変わっていく。土と鉱石の匂いが薄れ、生臭さと、あの甘い匂いが濃くなる。やがて、掘りたての荒々しい岩肌の新坑に入り——その突き当たりで、壁が、なくなった。

「……うわぁ……」

そこは、坑道ではなかった。

天然の大空洞だった。天井は闇に溶けて見えず、足元には地底湖が黒々と広がっている。壁面には、人の背丈ほどもある半透明の繭が、何十、何百とびっしり貼り付いて、内側でぬるりとした影が脈打っていた。

——巣だ。鉱夫たちは、ワームの産卵巣を、掘り当ててしまったのだ。

そして、空洞の中央。

地底湖から半身をもたげた、山のような影があった。

全長は二十メートルを超えるだろう。灰白色の巨体は鉱石の粒を浴びて鈍く輝き、頭部には王冠のような外殻が隆起している。今は、眠っている。巨大な寝息のたびに、湖面に波紋が広がった。

女王。この巣の、すべての母。

(……大きい……。でも、寝てる。寝てるなら、戦わなくて済むかも——)

そう思った、矢先だった。

「——驚いたな。本当に、ここまで来るとは」

声は、空洞の中ほど、岩棚の上から降ってきた。

頑丈なブーツ。旅装の上に灰色の外套。顔の下半分を布で覆った長身の男が、片手に提げた銀の香炉から、とろりとした甘い煙を、眠る女王へと扇ぎ送っていた。

「オーク三号を潰したのは、お前か。小僧。……噂のEランクってのは、お前のことらしいな」

「……あなたが」

ダダの声から、温度が消えた。

「あなたが、オークを壊した人ですね。ワームたちを呼んで、暴れさせて……みんなを、坑道に閉じ込めた人」

「壊した、ねえ」男は布の下で、くつくつと笑った。「ひどい言い草だ。俺はただ、眠ってる力を起こしてやってるだけさ。この『狂走香きょうそうこう』はな、魔物の頭ん中の、怒りの蓋を外してやる薬なんだよ。あとは魔物が、魔物らしく暴れるだけ。なあ、それの何が悪い?」

「悪いです」

ダダは、即答した。

「あのオークは、死ぬ時、苦しそうでした。あなたが蓋を外した怒りは、あのオークのものじゃなかった。……命を道具にする人を、僕は、許しません」

「……はっ。説教か、ガキが」

男は香炉を岩棚に置くと、指笛を、短く三度、吹いた。

空洞の壁という壁から、ずるり、ずるり、と巨体が這い出してくる。赤黒く濁った眼のワームが、五、六、七——十を超えて、ダダを取り囲んだ。

「俺はな、仕事の邪魔と、顔を見られるのが、何より嫌いなんだ。——食わせろ」

「ジャアアアアアッッ!!」

壊されたワームたちが、一斉に襲いかかった。

ダダは跳んだ。一匹目の牙を掻い潜り、二匹目の巨体を足場に跳ね、高周波を浴びせて三匹を悶絶させ、岩を掴んで四匹目の頭部を砕く。それでも、数が多い。捌いても捌いても、濁った眼が、闇の中から湧いてくる。

(きりがない……! あの香炉を、止めないと……!)

岩棚の男へ向かおうとした、その刹那。

男の手が、香炉の蓋を、全開にした。

「そら——起きろ、女王陛下」

とろりとした甘い煙が、ひときわ濃く、眠る巨体の鼻先へと流れ込み——

世界が、裏返った。

「ジャアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」

それは、産声だった。狂気に堕ちる瞬間の、産声だった。

二十メートルの巨体が地底湖から躍り上がり、衝撃波が湖水を壁まで吹き飛ばす。天井から岩塊が雨のように降り、ダダが入ってきた新坑の入り口が、轟音とともに崩れて塞がった。

退路が、消えた。

降りしきる岩礫の中、ダダは顔を上げた。闇の天井に届くほどもたげられた巨体の先で、王冠の外殻の下、赤黒く濁りきった巨大な複眼が——小さな小さな獲物を、見下ろしていた。

「あはははっ! 精々楽しませろよ、Eランク!」

男の笑い声が、崩落の続く闇のどこかへ、遠ざかっていく。

ダダは、息をひとつ、吐いた。

手首の赤いリボンを、ぎゅっと握り込む。お腹の奥で——あの「何か」が、応えるように、どくん、と脈打った。

「……ごめんね、女王さま。眠ってただけなのにね」

少年は、低く身構えた。

「——すぐ、楽にしてあげる」


お読みいただきありがとうございます!


評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ