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ガーディアン ~モンスターと話せる少年は、人助けのために最強を目指す~  作者: 月神世一


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EP 3

「最初の依頼人」

少女が目を覚ましたのは、それから半刻ほど後のことだった。

「……あ……れ……?」

「あ、起きた! ダイヤさん、起きました!」

少女は事務所の長椅子に寝かされ、毛布をかけられていた。枕元では寝癖の少年が湯気の立つカップを持って覗き込んでおり、その後ろでは派手な身なりの女が、腕を組んでこちらを見下ろしている。

「飲みな。陽薬草の茶だよ。砂糖はサービスしといた」

「……ありがとう、ございます……」

少女は両手でカップを包み、一口飲んだ。冷え切った体の芯に、じんわりと熱が灯る。その温かさに背中を押されるように、彼女はぽつぽつと話し始めた。

名前は、リーフ。歳は十。父親のツーリは、ここから山をひとつ越えたデュフランの街で、鉱山関係の仕事をしている。月に二度は必ず家に帰ってくるのに——もう半月、音沙汰がない。

「魔導通信石も、繋がらなくて。近所の人は『大人の都合だよ』って言うけど、パパはそんな人じゃない。絶対、何かあったんです。だから、私……」

「だから、子供の足で、街道を歩いてここまで来たってのかい」

ダイヤは深々とため息をついた。

「あのねぇ、お嬢ちゃん。デュフラン街道は今、魔物の目撃情報が立て続けに出てる危険地帯だよ。商隊ですら護衛を倍に増やして通る道だ。悪いことは言わない、家にお帰り」

「で、でも……!」

「でもじゃない」

ダイヤの声が、すっと低くなった。

「いいかい。冒険者ってのは慈善事業じゃない。命を張る仕事には、相応の報酬が要る。……あんた、依頼料は持ってるのかい?」

リーフは、うつむいた。膝の上で、小さな拳がぎゅっと毛布を握る。

「……ありま、せん。……でも、大きくなったら働いて、絶対、絶対に返しますから……っ」

「ダメだね。出世払いなんて契約は、この世で一番アテにならないんだよ」

突き放す言葉。だがダイヤの九本の尾は、本人の意思を裏切って、所在なさげに床を叩いていた。

(……ったく。金が無いのは断る口実さ。本音はね——あんたみたいなチビを、魔物のうろつく山道に連れてけるわけがないだろう。死なせちまったら、寝覚めが悪いどころの話じゃ——)

「わかった。行こう」

「「え?」」

ダイヤとリーフの声が、綺麗に重なった。

見れば、ダダがリーフの前にしゃがみ込み、目線の高さを合わせていた。

「リーフ。デュフランに行って、パパに会いたいんだよね?」

「……う、うん」

「じゃあ、一緒に行こう。僕が連れていく。大丈夫、僕、道なら歩けるし、山なら登れるし、魔物なら……まあ、なんとかなるから」

「な・る・わ・け、あるかいっ!!」

ダイヤの怒声が事務所を震わせた。

「ダダ! あんた話を聞いてたのかい!? 危険地帯! 無報酬! 護衛対象は子供! 冒険者が一番やっちゃいけない依頼の三冠王だよ!!」

「? どうしてですか? 困ってる人を助けるのが冒険者なんですよね? ダイヤさん、自分でそう言ってましたよ」

「うぐっ」

「リーフは困ってます。だから助けます。それに、人助けは母上との約束ですから。報酬は要りません」

一片の曇りもない瞳だった。理屈でも反論でもない、ただの当たり前を口にしている顔だった。ダイヤは口をぱくぱくさせ——言葉に詰まり——頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。

「あーーーもう! もうもうもう! なんなんだいこの子は! 正論が! 正論がアタシを殴ってくる……!」

「ほら、リーフ、行こう! ダイヤさんの頭がパンクしてる今のうちに!」

「は、はいっ……!」

ダダはリーフの手を引いて、ぱたぱたと事務所を飛び出していった。

残されたダイヤは、たっぷり十秒固まったあと、弾かれたように顔を上げた。

「——って、待ちなっっ!!」

二人に追いついたのは、街の門の前だった。ぜえぜえと肩で息をしながら、ダイヤは革袋と小さな包みをダダの胸に押し付ける。

「路銀と、保存食と、地図! あと毛布! 山の夜を舐めるんじゃないよ!」

「ダイヤさん……いいんですか?」

「いいわけないだろ! 大赤字だよ!」九尾がぶわっと逆立った。「……ただし! これは施しじゃない。クラン『クレッセントワルツ』の、記念すべき第一号依頼だ。依頼料は——出世払い。世界で一番アテにならない契約を、特別に結んでやるよ」

ダイヤはリーフの前に屈むと、ぶっきらぼうに、その頭をくしゃりと撫でた。

「うちのに、ちゃんとパパのとこまで送らせな。……生きて帰っておいで。二人ともだよ」

「……っ、はい! ありがとうございます……!」

街道は、午後の光の中を山へと続いていた。

最初の二刻ほど、リーフは健気に歩いた。だが、もともと半月分の不安と寝不足を抱えた十歳の体だ。日が傾く頃には足取りは目に見えて重くなり、額には玉の汗が浮かんでいた。

「リーフ、今日はここまでにしよう。あの川のそばで野宿する」

「ご、ごめんなさい……私が遅いから……」

「? ぜんぜん遅くないよ。それより、お腹空かない? 僕はぺこぺこ」

ダダは見通しのいい川辺に野営地を決めると、リーフに薪集めを頼み、自分は鼻をひくつかせて茂みの奥へ目を向けた。

「……いた。今日のごはん、ちょっと豪華だよ」

風下の茂みの向こう。赤茶色の毛に覆われた大猪——レッドボアが、地面を掘り返している。体重はダダの十倍はあるだろう。気性が荒く、突進は荷馬車を粉砕する。普通の冒険者ならパーティーを組んで挑む獲物だ。

ダダのやり方は、違った。

まず、懐から丈夫な蔓を取り出す。獣道の真ん中に輪を作り、端を太い木の根に結ぶ。輪の上に落ち葉をぱらり。仕上げに自分の立ち位置と、ボアの突進線と、木の位置を一度だけ目で結んで——にこっと笑った。

「おーい! こっちだよー!」

「ブヒィッ!?」

縄張りに響いた声に、レッドボアが顔を上げる。小さな人間。獲物。怒りに燃えた赤い目が、まっすぐにダダを捉えた。

「ブヒイイイイイィッ!!」

大地を揺らす突進。時速五十は出ている。並の大人なら足がすくむ速度を、ダダは半歩も動かず引きつけて、引きつけて——蔓の輪の、一歩手前。

ひょい、と横に跳んだ。

直進しかできない猪の前脚が、輪を踏み抜く。

「今っ」

木陰の蔓を、全力で引く。輪が締まり、前脚を刈られた巨体が、自分の突進速度に裏切られて宙に浮いた。轟音。土煙。もんどりうって倒れたレッドボアが体勢を立て直すより早く、小さな影がその懐に潜り込んでいた。

「ごめんね。——いただきます」

引き絞った右肘が、鼻先の急所に、鉄槌のように落ちた。

ゴッ、という鈍い音がひとつ。それきり、巨体は動かなくなった。

夜。焚き火の上で、串に刺した猪肉がじゅうじゅうと音を立てていた。

「んんーっ! おいひいれふ……!」

頬いっぱいに肉を詰めたリーフが、目を丸くする。彼女が川辺で摘んできた香草を、肉に擦り込んで焼いただけ。それだけのことで、肉の味がまるで違った。

「すごいよリーフ、これが『料理』ってやつなんだね! ただ焼くだけより、ずーっと美味しい!」

「ふふ、パパの受け売りです。パパ、野草に詳しくて。山の仕事の人だから……」

リーフは、ぽつりぽつりと父親の話をした。母は早くに亡くなったこと。男手ひとつで育ててくれたこと。帰ってくる日は、必ず山の土産話をしてくれること。

「……ダダさんの、お母さんは?」

「天にいるよ」

ダダは、当たり前のことのように夜空を指さした。

「小さい頃に、天に行っちゃった。でも約束したんだ。困ってる人を助けたら、母上は天から見ててくれるって。だから僕、人助けをするたびに、母上に会えてる気がするんだ」

「……そっか。……じゃあ私たち、ちょっと似てますね。会いたい人が、遠くにいるところ」

「うん。だから——会えるほうには、絶対会いに行こう」

リーフは、串を持ったまま、少しだけ泣いた。それから笑って、大きくうなずいた。

焚き火が、ぱちりと爆ぜる。

——その音に重なるように、ダダの顔から、ふっと笑みが消えた。

「……リーフ。串を置いて。静かに、あの木の上へ」

「え……?」

「ゴブリンの匂いだ。風上から、三……四匹。肉の匂いに釣られたんだと思う」

リーフの血の気が引いた。だが、ダダの表情が険しいのは、それが理由ではなかった。少年は鼻先を闇に向けたまま、低く、自分に言い聞かせるように呟いた。

「……変だな。ゴブリンの匂いの、もっと奥。……もっと大きいのが、いる」

闇の向こうで、ぱきり、と枝の折れる音がした。

お読みいただきありがとうございます!


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