12-6
妻はベンチに腰を下ろし、しばらく公園の子どもたちを見つめていた。
ブランコをこぐ小さな背中、砂場で笑い合う声。
どの光景も、木漏れ日の中できらめき、未来の一場面のように胸に映った。
ふと、気配に気づいて横を見ると、夫が黙って隣に座っていた。
互いに言葉を交わさぬまま、同じ景色を見つめる時間が流れる。
子どもたちの笑い声が風に乗って届き、二人の間の沈黙をやわらげていく。
やがて、妻が小さく息をついて口を開いた。
「いつか……こんなふうに、親子三人で一緒に公園に来たりするのかな、なんて想像してた」
木漏れ日が頬を照らし、妻の声は少し揺れていた。
「妊娠って、もっと簡単なことだと思ってた。
だけど、全然そうじゃなかった。
だから、子どもができたことは奇跡だって思う」
視線はずっと公園に注がれたまま。
走り回る子どもたちの姿に重ねるように、妻は続けた。
「やっと手に入るって……そう思った。
でも、それも簡単じゃなかったね」
言葉の余韻が、夏の光に溶けていった。
夫は黙ったまま、わずかに肩を震わせるようにして、その言葉を受け止めていた。
妻の声が途切れると、公園のざわめきがいっそう鮮やかに耳に届いた。
夫はしばらくうつむいたまま黙っていたが、やがて小さく息を吐き、ぽつりと口を開いた。
「俺も……最初は奇跡だって思った」
声はかすれ、どこか頼りなげだった。
「だけど、単為生殖だと聞いて……俺の子じゃないんだって、どうしても信じたくなくて。
頭では分かってるつもりでも、気持ちがついていかなかった」
夫は自嘲するように笑い、額に手をあてた。
「情けないよな。
本当は、ただ一緒に喜べばよかったのに。
でも……俺はずっと、自分が不出来なんだって思ってきた。
君だけが幸せそうに見えて、置いていかれる気がして……妬ましくて、怖かったんだ」
視線を上げると、公園の子どもたちが笑顔で走り回っている。
その光景はあまりにもまぶしく、夫の胸を締めつけた。
「……こんな気持ち、誰にも言えなかった。
でも今、隣で君がそうやって話してくれて……少し、楽になった気がする」
妻はしばらく黙ったまま、公園の光景を見つめた。
そして両手でお腹を包むように押さえ、ゆっくりと夫に向き直る。
「……触ってみる?」
夫は一瞬、目を見開いたまま動けなかった。
けれど、妻のまなざしに促されるように、ためらいがちな手をそっと伸ばした。
掌が妻のお腹に触れた瞬間、ほんのりとした温かさが伝わってくる。
夫は驚いたように息をのんだ。
そこに確かに存在する命の気配が、自分の中の迷いを静かに溶かしていく。
「……本当に、いるんだな」
呟く声は震えていた。
妻はうなずき、柔らかく微笑んだ。
木漏れ日が二人を照らし、風が枝葉を揺らす。
その音はまるで、新しい始まりを告げるささやきのようだった。




