12-2
夫が家を出てから、一週間が過ぎた。
食卓の向かいの椅子は、まだ彼の影を残している。朝食を二人分用意する癖も抜けないままだ。
お腹をなでるたび、私は心の奥で問いかける。――あなたは、なぜ私のところに来たの?
病院の帰り、駅前で小さな集会が開かれていた。
手書きの横断幕には「命に境界線はない」と書かれている。集まっていたのは、年齢も職業もまちまちな人々だった。
「単為生殖の子を守れ!」
マイクを握る女性の声が、夏の空気を震わせる。
私はその場を通り過ぎるつもりだった――が、ふと視線が合った。その女性は、私と同じくらいの年齢で、大きなお腹を抱えていた。
「……あなたも?」
声をかけられた瞬間、胸の奥に押し込めていた何かが揺らいだ。私は短くうなずき、ベンチに腰を下ろした。彼女は静かな声で語り始めた。
「去年、夫を亡くしたの。何も手につかなくて、生理もずっと来なかった。きっと心の問題だと思ってた。そしたら……病院で妊娠だって言われて」
その目には、まだ戸惑いの色が残っていた。
「単為生殖だって分かったとき、医者にも“理由は説明できない”って言われた。ただ……これは奇跡なんだと思う」
その言葉に、私の胸は強く締めつけられた。
奇跡――それは、私がずっと求めながら、手に入らないと思っていたものだ。
帰り道、スマホに夫からのメッセージが届いていた。
――明日、話し合いたい。団体の人も一緒に。
お腹の奥から、かすかな胎動が響いてきた。
それは、不安とも覚悟ともつかない鼓動だった。




