3-3
厚い防音扉が閉まる音が、腹の底まで響いた。
室内は冷房の効きすぎた空気と、消毒液の匂いで満ちている。
壁一面のスクリーンには、染色体配列の画像と、地図上に点在する赤いマーカーが表示されていた。
「これが、現在までに確認されたSRY遺伝子の保有者の分布です」
白衣の若い研究員が指し棒で地図を示す。
赤い点は、離島だけでなく都市部にも広がっていた。
小宮は無意識に眉をひそめた。
この短期間で、これだけの数が見つかるはずがない。
つまり──前から存在していたが、調べられていなかっただけだ。
「単為生殖による出生例は、これまでに計八件。そのうち二件は雄」
研究員が次のスライドを映す。
遺伝子解析のグラフが並び、全てに共通する特徴が赤字で示されていた。
母体の核型はSRY遺伝子の転座があり
環境ストレス下で性決定遺伝子SRYが異常発現
女児は遺伝的に母とほぼ同一、男児は性決定遺伝子SRYがY染色体領域に相当する形で活性化していた。
男は内閣官房の特命担当官だと名乗った。
机上の資料には「PPR計画(Population Preservation and Reproduction)」と印字されている。
要は──人口維持と再生産のための国家プロジェクトだ。
「だが、倫理的な問題が──」
小宮が口を開きかけた瞬間、担当官は遮った。
「倫理より優先すべきは国家の存続です」
会議室の空気が一段と重くなった。
その時、小宮はスクリーンの片隅にある新しいデータを見つけた。SRY遺伝子の保有者の出産率が、過去三年からデータが存在していた。
「これは偶然の産物とは思えません……」
小宮は声を潜めて呟いた。
しかし特命担当官は冷たく言い放つ。
「それが事実だとしても、我々は国家の存続を最優先する。倫理的な議論は後だ」
会議室の重苦しい沈黙の中で、研究員たちは表情を曇らせた。だが誰も異論を唱えられなかった。
小宮は胸の奥に沸き上がる疑念と戦いながら、決意を新たにした。
「真実を解き明かし、この命の未来を守らなければならない」
だが、その決意が、彼をさらなる深淵へと引き込むことになるとは、まだ誰も知らなかった。




