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その日はやってきた。
生まれた瑞稀の子は、女の子だった。
小宮は戸惑っていた。
遺伝子解析装置のディスプレイが、いつまでも同じ数値を示していた。
99.94%。
母親と娘のDNA一致率だった。
「……嘘だろ」
小宮博士は椅子から半分立ち上がったまま、目を画面に貼り付けた。可能性があることは頭の片隅にあった。それでも現実を目の前にして、そんな言葉しか出なかった。
通常、母子の遺伝子一致率は半分、つまり50%。
父親由来の半分が必ず混じる。
だが、このデータは違う。まるで母親のコピーだ。
これは奇跡の子どもだ。
小宮は眉をひそめ、検査プロトコルを三度やり直した。結果は変わらない。遺伝子配列はほぼ完全に一致しており、差異はミトコンドリアDNAのわずかな変化だけだった。
背後でドアが開く音がした。
「小宮くん、結果は?」
振り向くと、所長の吉村が立っていた。白髪混じりのスーツ姿、笑みはない。
「……単為生殖の可能性があります」
声が震えていた。
所長はしばらく沈黙し、そして低く言った。
「公表するな。今はまだ、誰にも」
その瞬間、小宮は気づいてしまった。
これは、ただの遺伝学の珍事ではない。
何か、大きな歯車が静かに回り始めている。




