第5話 大仏君と文化祭
私、大和撫子は、奈良市にあるごく普通の高校に通う一年生。
だけど、一つだけ普通じゃないことがあります。
「廬舎那。文化祭で何かやりたいことあるか?」
「写経体験はいかがでしょうか」
「もうちょっと高校生らしい出し物ないんか?」
「日頃の煩悩を払うにはちょうどいいかと」
「文化祭でやることちゃうわ!」
私のクラスには、大仏がいます。
名前は廬舎那仏像君。私と同じ高校一年生。
体は普通の高校生。でも、顔だけは完全に奈良の大仏なんです。
◇ ◇ ◇
もうすぐ私たちの学校では、文化祭が開催されます。
教室では、クラスの出し物を決めるために話し合いをしていました。
「メイド喫茶とかええんちゃう?」
「お化け屋敷やろ! 絶対人気出るで!」
「劇とかもええんちゃうか?」
みんなが思い思いに意見を出し合います。
私も喫茶店がいいなと思っていました。
可愛い衣装を着て、みんなでお菓子を出したりするのって、ちょっと憧れます。
メイド服は、あれですが……。
すると、廬舎那君が静かに手を挙げました。
「私から、一つ提案がございます」
「おっ、廬舎那! 何かええ案あるんか?」
「写経体験は却下でしたので、座禅体験はいかがでしょうか」
「ジャンルほぼ一緒やんけ!」
「新しい意見みたいに出すなや!」
座禅に写経……。
文化祭でやりたくないです……。
◇ ◇ ◇
結局、話し合いの末、私たちのクラスの出し物はお化け屋敷に決まりました。
廬舎那君も、特に反対することなく頷いています。
「廬舎那君、お化け屋敷でよかったん?」
「ええ。皆様が楽しんでくださるのであれば、私も嬉しく思います」
「そっか。よかった!」
「それに、恐怖と向き合うこともまた、大切な修行でございます」
「お化け屋敷を修行に使わないで……」
廬舎那君はストイックみたいです。
そして、お化け屋敷のリハーサルです。
「うぅらめしやぁぁ!」
「きゃあ!」
「どうか、安らかにお眠りください」
廬舎那君は静かに合掌しました。
「勝手に殺すな!」
「集まってきたお化けも成仏しそう……」
「皆様が安らかに旅立てるのであれば、私も嬉しく思います」
「お化け屋敷からお化け消したらあかんやろ!」
「まだいますよ。あなたの肩に……」
「やめてくれぇぇー!」
廬舎那君も楽しそう……? です。
◇ ◇ ◇
文化祭当日になりました。
学校は、たくさんのお店や出し物で賑わっています!
私は廬舎那君と受付をしています。
ところが、予想以上の大行列ができていました。
「ここのお化け屋敷、入る前に大仏さんにお参りできるらしいで!」
「えっ、文化祭で御利益あるん!?」
「わからん。お祓い的な?」
「ほんまもんのお化け出るってこと?」
どういうことでしょう?
評判が独り歩きしています。
「すごい行列だね……」
「ええ。ですが、たくさん足を運んできてくださるのはいいことです」
確かにそうなんだけど……。
問題は、みんなが並んでいる理由です。
「二人です」
「合わせて六百円です」
「何事もありませんように!」
お客様は、廬舎那君に向かって合掌しました。
「お客様に幸多からんことを。行ってらっしゃいませ」
廬舎那君も合掌します。
「ありがとうございます!」
お客様は嬉しそうにお化け屋敷へ入っていきました。
……何をしに来たんでしょうか。
しばらくすると、別のお客様がお化け屋敷から出てきました。
「大仏さんのおかげで無事に戻ってこれました!」
「それは何よりでございます」
廬舎那君は、また合掌します。
まさかの廬舎那君のおかげで、受付が参拝所になっていました。
「廬舎那君、お疲れ様! 廬舎那君、人気だね」
「廬舎那のおかげでお化け屋敷が大盛況や!」
「でもお客さん、大仏パワーであんまり怖がってないで」
「皆様のお力になれて何よりです」
「まあ、良し悪しあるけどな……」
お化け屋敷なのに、お客様が安心して帰っていきます。
これでいいのでしょうか……。
「大和と廬舎那、受付交代するから、二人で回って来いよ」
「せやな。俺らが代わるから、休憩してき」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」
そう言って廬舎那君はパイプ椅子から立ち上がると、
「皆様、楽しんでくださいませ」
お客様の列に向かって合掌しました。
すると、お客様も思わず廬舎那君に向かって合掌します。
……ここは東大寺ですか。
◇ ◇ ◇
「廬舎那君、どこか行きたいところある?」
「そうですね……。皆様がどのような催し物をされているのか、大変興味がございます」
「じゃあ、いろいろ見て回ろっか!」
「ええ。楽しみでございます」
そう答える廬舎那君は、心なしか笑っているように見えました。
……顔はいつもの大仏なんですけどね。
廊下を歩いていると、ある教室の前で廬舎那君が足を止めました。
「占いですか」
「廬舎那君、興味あるの?」
「はい。いつも導く側でありますので、どのように私を導いていただけるのか、非常に興味があります」
「あはは、視点が独特やね……」
そうして私たちは、占いの館の教室へ入りました。
「ようこそ、占いの館へ。まずは彼女の方から占います」
黒い布が敷かれた机には、水晶玉と何枚ものカードが並んでいました。
占い師さんは、ゆっくりとカードをめくります。
「あなたは、近くにいる人から大きな影響を受ける運命にあります」
「影響、ですか?」
「ええ。特に、心の穏やかな人があなたの人生を良い方向へ導いてくれるでしょう」
「……」
私は隣に座る廬舎那君を見ました。
「どうかなさいましたか?」
「ううん。なんか、当たってるなぁって」
「そして、その方とは長く続く縁があるようです」
「縁とは、誠に尊いものでございます」
「……なんだか、私が占われている気分です」
「占い師さん、しっかりしてください!」
占い師さんが、ちょっと困っています。
……まだ廬舎那君の占いは始まっていないんですけど。
「では、あなたの未来を占いましょう」
「よろしくお願いいたします」
占い師さんは、再びカードをめくりました。
「……あなたは将来、大勢の人々から慕われる存在になるでしょう」
「それは大変ありがたいことでございます」
「……もう既になってる気がする」
「また、多くの人があなたのもとを訪れるでしょう」
「それも、もう毎日のことやね……」
「そして、あなたの前世は……仏様です!」
「現在もそのように呼ばれております」
「占いが全部現状報告になってる!?」
占い師さんは、しばらく廬舎那君を見つめていました。
「もう、私を導いてください!」
「私でよろしければ」
「えぇーー!」
占いに来たはずなのに、最後は廬舎那君が人生相談に乗っていました。
……どっちが占い師なんでしょうか。
◇ ◇ ◇
「なんか逆に占ったね」
「人は誰しも悩みます。一人でも多くの方を救うことができるのであれば、それは本望です」
「廬舎那君が占いの館をすればいいかもね」
「来年はそうしましょう。ところで、お腹がすきましたね」
「確かに、もうお昼やからね! そこのクレープ屋さんで何か買おうよ!」
「そうですね。そうしましょう」
私たちは、クレープ屋さんの列に並びました。
「廬舎那君は甘いもの好きなん?」
「ええ。甘いものには目がございません」
「なんか意外!」
「私も高校生でございますので」
「そうやね。……顔は大仏やけど」
メニューを見ながら、私は少し悩みます。
「私はチョコレートのやつにしようかな。廬舎那君はどれにするん?」
「そうですね。私はこのイチゴのクレープをいただきます」
「へぇ、いちご好きなん?」
「ええ。果物の中で一番好きですね」
「そうなんや!」
「特に、あすかルビーと古都華が好きですね」
「品種まで指定するん!? 猛烈な奈良県愛やね……」
私も奈良県出身ですが、そこまで考えたことがありませんでした。
やがて、注文したクレープを受け取ります。
廬舎那君は、いちごのクレープを一口食べました。
「……これは、実に美味でございます」
いつも穏やかな廬舎那君ですが、その声は少しだけ弾んでいるように聞こえました。
「美味しい?」
「ええ。甘味と酸味が絶妙でございます」
「なんか食レポみたいやね」
廬舎那君は、もう一口クレープを食べました。
なんだか、普通の高校生みたいです。
……いや、普通の高校生なんですけどね。
◇ ◇ ◇
そのあとも二人で文化祭を見て回り、私たちのお化け屋敷へ戻ってきました。
「廬舎那! やっと戻ってきてくれた! 交代してくれ!」
「どうかされましたか?」
「受付交代してから客足が一気に遠のいたんや!」
「大仏がいるから来たのにって言って帰る人が続出したんや!」
「ええ!? どういうこと?」
「お前がおらん間、『御本尊はどちらですか?』って聞かれたんや!」
「ここ、お化け屋敷やで!?」
「せやから、俺らもそう説明したんや! そしたら『今日は御開帳してないんですね』って帰っていった!」
「文化祭に御開帳なんてないよ!?」
……完全にお寺と勘違いされています。
「それは申し訳ございません。皆様が一生懸命準備された催し物ですのに」
「いや、お前が謝ることちゃうねん!」
「では、皆様のお役に立てるよう、もう一度受付に立たせていただきます」
廬舎那君が受付に戻ると、さっきまで閑散としていた教室の前に、再び行列ができ始めました。
「大仏さん戻ってきたで!」
「ほんまや! 今ならお参りできる!」
「……」
クラスのみんなが、言葉を失っていました。
私はその光景を見ながら、思いました。
ここはお化け屋敷です。
決して、東大寺の出張所ではありません。
◇ ◇ ◇
そして、文化祭が終わりました。
お化け屋敷は大盛況でした。
……主に受付が。
帰り際、廬舎那君に聞いてみました。
「廬舎那君、今日の文化祭、楽しかった?」
「ええ。大変有意義な一日でございました」
「そっか。よかった!」
「そして、わかったことが一つあります」
「えっ、何?」
「来年の文化祭、写経体験でも案外人気が出るかもしれません……」
「……確かにね」
最初は絶対に嫌だと思っていた写経体験。
でも、今日の光景を思い出すと、否定できなくなってしまいました。
私のクラスには、大仏がいます。
文化祭でも、やっぱり大仏でした。
……でも、いちごのクレープを美味しそうに食べる姿は、ちょっとだけ普通の高校生でした。
来年の文化祭は、写経体験になるのでしょうか。
……案外、今年より人気が出るかもしれません。




