第4話 大仏君と体育祭
私、大和撫子は、奈良市にあるごく普通の高校に通う一年生。
だけど、一つだけ普通じゃないことがあります。
「廬舎那。将来の夢は何や?」
「すべての人々が、苦しみから解き放たれることです」
「お前自身の進路を聞いとんねん!」
私のクラスには、大仏がいます。
名前は廬舎那仏像君。私と同じ高校一年生。
体は普通の高校生。でも、顔だけは完全に奈良の大仏なんです。
◇ ◇ ◇
今日は体育祭です。
私は運動が得意じゃないので、正直、あまり好きな行事ではありません。
でも、クラスのみんなは朝からやる気満々です。
「俺たちには廬舎那がいるから、優勝間違いなしやな!」
「それはどういうことでしょうか」
「お前のご加護があれば、いけるということやで!」
……確かに、廬舎那君がいると、なんだか勝てそうな気がします。
しかし、廬舎那君はいつもどおり穏やかな声で答えました。
「ご加護は、皆様それぞれに平等に与えられるのです」
「そこは平等じゃなくてええねん!」
「勝敗に執着することもまた、苦しみを生むのです」
「体育祭の存在意義なくなるわ!」
……今日くらいは、うちのクラスを贔屓しても罰が当たらないようにしてほしいです。
◇ ◇ ◇
最初の競技は徒競走です。
私も出場しましたが、結果は……想像にお任せします。
……聞かないでください。
さて、次は廬舎那君の番です。
「廬舎那! 大仏パワーで一位や!」
クラスメイトたちが、期待に満ちた声で応援しています。
パンッ!
スタートのピストルが鳴り、選手たちが一斉に走り出しました。
廬舎那君も、懸命に腕を振って走っています。
みんなが期待するなか、廬舎那君がゴールした順位は――。
最下位でした。
……普通に走って、普通に最下位でした。
「廬舎那! ご加護はどうしたん!?」
「私自身にも、等しく限界はございます」
「そこは奇跡起こしてくれや!」
……どうやら、大仏のご加護にも限界はあるようです。
◇ ◇ ◇
次は借り物競走です。
私も廬舎那君も、この競技には参加していません。
みんなが頑張っている姿を応援していると、突然、他のクラスの男子生徒がこちらへ走ってきました。
「廬舎那! ちょっと来てくれ! お前しかおらんねん!」
「かしこまりました。お供させていただきます。ちなみに、お題は何でしょうか?」
「『ありがたいもの』や! これはお前しかおらん!」
「おっしゃるとおりですね」
……自分で認めるんですね。
廬舎那君は男子生徒に連れられ、ゴールへ向かって走り出しました。
「おい、待て待て! お題は『ありがたいもの』やろ! 廬舎那は人や!」
クラスメイトが慌ててツッコミを入れますが、二人はそのまま無事にゴールしました。
ゴール地点では、判定を担当する先生が困った顔をしています。
「まあ、お題には合ってるけど……お前、生徒やからな?」
「生徒である前に、困っている方を助ける一人の人間でございます」
「いや、競技のルールの話や!」
先生のツッコミが響き渡りました。
結局、先生たちが相談している間も、廬舎那君は静かに合掌していました。
……判定がどうなるかは分かりませんが、『ありがたいもの』というお題に関しては、廬舎那君が一番かもしれません。
◇ ◇ ◇
そして、いよいよ最後の競技。
クラス対抗リレーです。
私はリレーにも出場することになっています。
……正直、ものすごく不安です。
走るのが苦手な私が出たら、みんなの迷惑になるんじゃないかな。
そう考えると、どんどん気持ちが沈んでいきます。
「大和さん、お体でも悪いのですか? 顔が青いですよ」
気づけば、廬舎那君が心配そうに声をかけてくれていました。
「廬舎那君……私、走るのが遅いから、クラスのみんなの迷惑になるんちゃうかって不安で……」
「左様でございますか」
廬舎那君は、いつもの穏やかな声で続けました。
「大和さん。速く走ることだけが、大切なのではありません」
「……え?」
「最後まで走り抜くことにも、意味がございます。共に最後まで頑張りましょう」
その言葉に、少しだけ気持ちが軽くなりました。
「……うん。ありがとう、廬舎那君!」
やがて、スタートのピストルが鳴り響きました。
クラス対抗リレーの始まりです。
みんなが懸命に走り、バトンをつないでいきます。
そして、とうとう私の番がやってきました。
前の走者からバトンを受け取り、私は全力で走り出します。
だけど、やっぱり足の速い子たちにはかないません。
一人、また一人と追い抜かれてしまいます。
それでも、必死に腕を振って走りました。
そして、次の走者である廬舎那君に、なんとかバトンを渡します。
「はぁ、はぁ……ごめんね。抜かされちゃった……」
その時点で、私たちのクラスは最下位でした。
「大丈夫や! まだまだこれからや!」
クラスメイトが、笑顔で励ましてくれます。
廬舎那君も、バトンを受け取る直前に私へ向けてくれた言葉を思い出しました。
「一生懸命走る姿、誰よりも美しかったです」
……あんなふうに言ってくれるなんて。
ちょっと恥ずかしいけれど、嬉しかったです。
そして、今度は廬舎那君が走る番です。
「廬舎那ぁー! いけぇー!」
「廬舎那君、頑張ってぇー!」
みんなの声援を受けて、廬舎那君は懸命に走っています。
顔色一つ変えずに。
……いえ、あの顔では、変わっていても分からないだけかもしれません。
廬舎那君は全力で走り、最後の走者へバトンをつなぎました。
その後もみんなで声を張り上げて応援しましたが、結局、私たちのクラスの順位は――。
最下位でした。
……一つも変わりませんでした。
「……廬舎那、お前も結構遅いんやな」
クラスメイトが、息を切らしている廬舎那君に話しかけました。
「ええ。足の速さにはあまり自信がございませんが、悟りを開く速さには自信があります」
「そんなスピードはいらんわ!」
……悟りにスピードは必要ないと思います。
早いに越したことはないのかもしれませんけど。
◇ ◇ ◇
そして、閉会式になりました。
「優勝は、三組!」
先生の発表とともに、大きな拍手が起こります。
すると、廬舎那君が誰よりも深々と合掌しました。
「廬舎那! お前、他のクラスの優勝まで拝むんか!?」
「ええ。他者の幸福を喜ぶことも、大切な修行でございます」
「いや、うちのクラス最下位やぞ!」
「だからこそ、皆様の努力を讃えたいのです」
廬舎那君は、いつもと変わらない穏やかな顔をしています。
「最下位は残念だけど、でも頑張ったもんね!」
私がそう言うと、廬舎那君は静かに頷きました。
「ええ。順位は最下位でしたが、皆様の努力まで最下位だったわけではございません」
……確かに、そうかもしれません。
みんな、一生懸命頑張りました。
私も、走るのは苦手だけど、最後まで諦めずに走ることができました。
「そして、皆様のおかげで、私もまた一つ悟りを開くことができました」
「何を悟ったん?」
廬舎那君は、少しだけ間を置いて答えました。
「……足の速さは、努力だけではどうにもならないこともあるのだと」
「そこは諦めんといて!?」
思わずツッコんでしまいました。
周りのみんなも、声を上げて笑っています。
結局、私たちのクラスは最下位でした。
だけど、不思議と嫌な気持ちはしませんでした。
走るのは相変わらず苦手だし、来年の体育祭もきっと緊張すると思います。
それでも、みんなで応援して、笑い合った今日は、ちょっとだけ楽しかったです。
私のクラスには、大仏がいます。
今日も、ご加護は平等だったようです。




