貪欲
貪欲とは、多くを欲しがることだと教えられてきた。しかし、人は生きるために何かを求め続ける生き物であり、食べ物を欲し、安らぎを欲し、誰かに必要とされることを欲しながら日々を過ごしているのだから、欲そのものを悪と呼ぶのであれば、生きることさえ罪になってしまうのではないかと、私は長い間考えていた。
欲があるから人は前へ進む。昨日より今日を、今日より明日を望むから学び、働き、誰かを愛し、何かを守ろうとする。その営みの中から喜びも生まれるのだから、欲は人を堕落させるものではなく、人を生かす力なのだと思っていた。
それでも貪欲だけは戒められ続けてきた。その違いは何なのだろうと考え続けているうちに、人は欲しいものを手に入れた瞬間から、それを失うことを恐れ始めるのだと気付いた。手に入れるまでは自分がそれを求めていたはずなのに、自分のものになった途端、今度はそれを失わないように生き始める。その変化はあまりにも静かで、本人でさえ気付くことはない。
大切な人を失いたくないという願いも、積み重ねてきた時間を失いたくないという願いも、ようやく見つけた居場所を失いたくないという願いも、その始まりは誰にでも理解できるほど自然なものであり、その思いだけを責めることはできない。それでも、人は守ることだけを考え始めると、守るために何を失うのかという問いを忘れ、守る理由を積み重ねるほど、自分が持っているはずのものに、自分の生き方を決められるようになっていく。
だから貪欲とは、多くを求めることではなく、自分が手にしたものに縛られてしまうことなのかもしれない。人は何かを手に入れたから安心するのではなく、手に入れたものを失わないために、自分の生き方を少しずつ変えていく。そして、そのことに気付かないまま、自分は欲に従っているのではなく、大切なものを守っているだけなのだと信じ続けることができてしまう。




