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五逆罪・十悪  作者: ルーツ


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14/16

【本編】上巻 参

「どうされましたか?」

 その一言を聞いた瞬間、胸の奥で張り詰めていたものがほどけるのを感じた。

 ようやく話を聞いてもらえる。

 ここまで誰も私の言葉に耳を貸そうとはしなかった。けれど、それは車内だったからだ。あれだけ人がいれば、騒ぎだけが先に大きくなってしまうのも仕方がない。事情を知らない人が間に入れば、それで終わる。何もしていないのだから、ちゃんと説明すれば分かってもらえる。そう思って顔を上げる。

「違うんです。私は──」

 言葉は最後まで続かなかった。

 駅員は私を見ることもなく、そのまま横を通り過ぎた。足が向かった先は、女子高生の前だった。

「大丈夫ですか?」

 何を言われたのか、一瞬分からなかった。

 違う。そうじゃない。

 私もいる。私の話を聞いてくれ。

 喉まで込み上げたその言葉は、なぜか声にならなかった。

 女子高生は俯いたまま、小さく肩を震わせている。駅員はその前へしゃがみ込み、落ち着かせるように何度も頷いていた。

 なんで、そっちなんだ。

 そう思った。けれど、その疑問はすぐに自分で押し込める。

 落ち着け。

 駅員は今ここへ来たばかりなんだ。事情なんて何も知らない。だったら、先に話を聞くのも仕方がない。私の話は、そのあとでいい。何もしていないのだから、ちゃんと話せば、それで終わる。

「この人、逃げようとしてたんです」

 腕を掴んでいた男が駅員へ声を掛ける。

「私も見てました」

「あ、俺動画撮ってます」

 あちこちから声が重なる。

 駅員は小さく頷き、胸元の無線機へ手を伸ばし、短く状況を伝える声が聞こえた。


 警察。


 その言葉が耳に入った瞬間、不思議と焦りはなかった。むしろ、それでいいと思った。

 駅員は現場へ駆け付けただけだ。何があったのかは誰にも分からない。だったら警察を呼ぶのは当然だろう。警察なら最初から事情を聞いてくれる。女子高生の話も、私の話も、ちゃんと聞いた上で判断してくれるはずだ。

 十分ほどして、ホームへ警察官が駆け込んできた。制服姿が二人。そのあとから、スーツ姿の男が二人。

 駅員が事情を説明すると、四十代くらいのベテランに見える刑事は一度だけ頷いた。

「朝倉、お前は男性の方。俺は向こうに聞く」

「はい」

 それだけ言うと、ベテラン刑事は女子高生たちの方へ歩いて行き、若い刑事が私の前まで来た。

「少しお話を聞かせてもらってもいいですか」

 ようやく。ようやく私の話を聞いてもらえる。そう思い頷く。

「お名前をお願いします」

「……伊地知です。伊地知涼介です」

「伊地知さんですね」

 手帳へ名前を書き留めると、朝倉刑事は顔を上げた。

「話は聞きますので、落ち着いて、順番で大丈夫ですからお願いします」

 その言葉だけで、胸の奥に張り詰めていたものが少しだけ緩む。

「私は何もしていません」

 気付けば、それが最初に出ていた。

「突然、痴漢だと言われたんです。本当に何もしていません!」

 朝倉刑事は途中で話を遮ることなく、黙って頷きながら手帳へ書き続ける。

 少し離れた場所では、人だかりができていた。

 女子高生を中心に、駅員や乗客が集まり、その輪の中ではベテラン刑事が一人ずつ話を聞いている。

「あ、俺、動画撮ってます」

 男子高校生の声だけが聞こえた。

 人混みの向こうでスマホが差し出されるのが見える。ベテラン刑事はそれを受け取り、画面へ目を落とした。

 何が映っているのかまでは見えないが、それでいいと思った。動画があるなら、私が何もしていないことも分かるはずだ。

 朝倉刑事の質問は、そのあとも続いた。

 同じことを確認されることもあったが、不思議と嫌な気はしなかった。私の話だけで判断できるはずがない。ちゃんと事実を確かめようとしているのだろう。

 だから私も、思い出せることを一つずつ話した。



 どれくらい時間が経ったのだろう。

 ホームへ入ってくる電車を何本見送ったのか、もう分からず、ふと腕時計へ目を落とすと、会社へ着いている時間は、とっくに過ぎていた。

 そのことに気付いた途端、ポケットの中でスマホが震え画面を見る。

 部長からだった。

 当然だ。何の連絡もなく出社時間を過ぎているのだから、心配しているに決まっている。

 けれど、今ここで電話へ出てもいいのだろうか。画面を見つめたまま迷っていると、朝倉刑事が顔を上げた。

「どうかされましたか?」

「……実は、会社から連絡が来ていて」

「出られないんですか?」

 思わず聞き返す。

「あ……出てもいいんですか?」

「はい。構いませんよ」

 その一言に安堵したものの、すぐ別の不安が浮かんだ。

「でも……こんな話をしても、たぶん信じてもらえなくて」

 朝倉刑事は少し考え「でしたら、私が事情だけ説明しましょうか」と、一瞬、言葉が出なかった。

「遅れている理由だけお伝えします。よろしければ、お電話お借りします」

 助かった。その言葉しか浮かばなかった。

「お願いします」とスマホを渡すと、朝倉刑事は軽く頭を下げ、少し離れた場所で会社へ電話を掛け始めた。

 これで大丈夫だ。会社にも事情は伝わる。

 ここで話が終われば、そのまま会社へ向かえばいい。そう思っていたところへ、ベテラン刑事がゆっくりこちらへ歩いて来る。

 朝倉刑事は一歩下がった。

「伊地知さん」

「はい」

「双方から話は聞かせてもらいました」

 一度視線を落とし、ゆっくり息を吸う。

「ただ──双方の話には食い違いがあります」

 ベテラン刑事は言葉を切った。

「この場では判断できません。もう少し詳しくお話を伺いたいので、近くの警察署までご同行をお願いできますか」


「……え」

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