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第1章第8話


俺たちは手分けしてリュックをかき集めるため、職員室や用務員室、教室へと各々向かった。


俺は詩織とともに二階の三年生の教室に向かい、使えそうなリュックを大量に調達した。


それらを抱えて一階に下りると、正面玄関のガラス扉から小さな子供を抱えた男女が転がり込むように入ってきた。


俺はとっさに警戒して身を構えたが、どうやら感染者ではなさそうだ。


三十代前半くらいの夫婦と、男性の腕に抱えられた二歳くらいの女の子。


俺たちの姿を見つけるなり、父親らしき男性が救いを得たような顔をして、駆け寄ってきた。


「良かったぁ……! ここにも政府の避難所があるんですね!?」


父親らしき男性が、俺の前まで駆け寄ってきた。


「避難所? いえ、ただ生存者が自主避難してるだけで、公的支援はありませんし、自衛隊もいません」


「えっ?」


男性は絶望したように、顔を引きつらせた。


詳しく事情を聞くと、彼らは指定避難所になっていた近くの小学校から命からがら逃げて来たのだという。


最初は自衛隊や警察が厳重に警備して安全だったが、避難者の中から突然感染者が発生。


そこから一気にパンデミックと化し、避難所はあっけなく崩壊したそうだ。


内部崩壊は怖いな。


俺たちも気をつけないといけない。


俺は彼らを警戒しつつ、保健室の前まで案内した。


まずは噛まれてないか確認するため、渋谷と目黒に星野さんと雪村先生を呼びに行ってもらった。


その親子を向かいの用務員室に一旦入れ、そこで女性陣が念入りにチェックした結果、全員が無傷であることを確認し、俺たちはようやく彼らを保健室へと招き入れた。


「ありがとうございます。私は佐藤祐一(さとう・ゆういち)と申します。妻の美里(みさと)と娘の彩芽(あやめ)です」


不安げに寄り添う美里さんが、ペコリと深々と頭を下げた。


肩を震わせて怯えている美里さんを見て、俺は安心させるように、飛びっきりの営業スマイルを浮かべる。


──まあ、俺の腕には、相変わらず詩織がぎゅっと抱きついて離れてくれないのだが……。


最初は人見知りしていた娘の彩芽ちゃんも、すぐにすっかり慣れたようで、今は陽咲たちと楽しそうに遊んでいる。


小さい子供の笑い声が響くだけで、この殺伐とした重苦しい空気も一気に和む気がする。


──さて、本題だ。


ここに籠城するのは危険だと夫婦に説明をし、リュックに食料や水、医薬品や生活用品など必要な物を詰め込んだ。


その上で、次はどこを拠点にするのがいいか、全員で話し合う事にした。


「小学校の他に指定された避難場所はないのかな?」


陽咲が小さな声でそっと呟く。


「ラジオだと、自衛隊の基地も避難所になってるらしい。ここからだとかなり遠いな」


「そっかぁ……」


陽咲は小さなため息をひとつついた。


「ホームセンターとかでどうっすか? 映画とかドラマだと定番っすよね」


目黒が目を爛々とさせて提案してくる。


「却下だ。ホームセンターはもうすでに避難してる人がいるか、店の中を荒らされてる可能性が高い。それに、もし生き残りのコミュニティが出来ていたとして、黒岩みたいな連中が仕切っていたら女性陣が危ない」


その言葉に、雪村先生をはじめ防災備蓄倉庫で恐怖を味わった面々の顔が、一気に青ざめていった。


もっとも、詩織がいる限り、普通の人間には負けない気もするが。


「人が少ないところがいいですよね。感染者も少ないでしょうし……」


星野さんが小首を傾けながら、真剣な表情で考え込む。


「頑丈な建物じゃないとダメでしょ。あと、あまり広すぎるところは死角が多くて危険ですよね」


雪村先生も難しい顔をして、眉間にシワを寄せている。


人が少なくて、手頃な広さの頑丈な建物か……。


そんな都合のいい場所があるか?


すると、今まで黙っていた不知火がおずおずと控えめに手を挙げた。


「あ、あの……少し遠いですがホームセンターの物流センターとかどうですかね? 街から離れた山の上にあるので人も少ないでしょうし、あそこには太陽光パネルや雨水ろ過装置が設置してありますから、この先、停電になっても電気や生活用水、食料や飲料水も確保できると思います」


物流センターか! なるほど! 


「それはいいかもしれないな。ナイスアイディアだ、不知火」


「ありがとうございます。くくくっ。ネットの知識の受け売りですけど」


笑い方が少し不気味だが、その豊富な知識は助かるな。


よし、目指す場所は決まったな。


後は移動手段だな。


「車で行ったら、早いんじゃないですか?」


渋谷が当たり前のことを提案してきたが、すぐに祐一さんが首を振った。


「車は無理かと。私たちも最初は車で逃げたのですが、主要道路は大渋滞で、車を乗り捨てて逃げた人も多いので車では通れません」


やっぱり移動は歩きか。


「そもそも、全員で十八人もいるんだ。中型バスでもない限り、車でみんなでの移動は無理だ」


渋谷も納得し、結局、歩いて移動することになった。


今日はもう遅いので、明日の朝に出発することにした。


◇◇◇


夜になり、みんなは明日に備えて眠りについていた。


詩織は一体何を食べるのだろうかと疑問に思っていたが、普通にみんなと一緒に晩御飯のレトルトのトマトリゾットをハフハフと食べていた。


他の感染者も、人肉以外も食べられるのか? それとも詩織が特別なのか?


疑問は尽きないが、それは一旦置いとこう。


それよりも、俺にはどうしても気になることがあった。


なぜ、夜になると静かになるのだろうか?


昼間はあれほど遠くから聞こえてくる唸り声が、夜になると全く聞こえなくなる。


もしやと思い、俺は金属バットを手に持つと、最強のボディーガードの詩織を連れて静まり返った中学校の外へと足を向けた。


詩織は相変わらず、俺の腕にぎゅっと抱きついている。


詩織の温かなぬくもりを感じるたびに、やっぱり普通の人間ではないのかと、勘違いしてしまう。


正門をくぐり住宅街に出ると、俺は驚きの光景を目の当たりにした。


感染者がまるで酔っ払いのように、路上で横になって寝ていたのだ。


恐る恐る傍まで行って確認してみたが、完全に目を瞑って寝ていた。


夜は寝てるから、あんなに静かだったのか。


ってか、奴らもちゃんと睡眠を取るのかよ。


あれ? 待てよ? 下手に昼間移動するよりも、感染者が寝静まっている夜に移動した方が遥かに安全なんじゃないか……!?


思考を巡らせながら近くのコンビニまで足を延ばして、開けっ放しになっている自動ドアから中に入った。


案の定、店内は完全に荒らされていて、食料品と飲料水はもぬけの殻だ。


バックヤードも確認したが、やはり収穫はゼロだ。


諦めて中学校に戻ろうとコンビニを出た、その瞬間。


金髪にタトゥー、もう一人は坊主にピアスといった、いかにもって風貌の若い男二人組が、折り畳みナイフを片手に足音を殺して近づいて来た。


「お兄さん、いい女連れてんな。俺たちにくれないか?」


金髪の男は俺の腕に抱きついている詩織に目をやると、下卑た笑みを浮かべて彼女の腕に手を伸ばした。


おい! やめろ、殺されるぞ!


その腕を掴もうとしたその瞬間──詩織が空いてる方の手でスッと裏拳を放ち、金髪の男の顎に軽く叩き込んだ。


一瞬で金髪の男は後方に吹っ飛んで、物凄い勢いでゴロゴロと地面を転がっていった。


おいおい……人間が漫画みたいに吹っ飛んでいくところなんて初めて見たぞ……。


一応、手加減はしてくれたみたいだが、男は白目を剥いて、完全に気絶をしている。


まあ、生きていようが死んでいようが俺には一切関係ないか。


腰を抜かしてその場にへたり込んだ坊主を尻目に、俺は中学校へと戻った。


明日の移動は夜からに予定変更だな。


◇◇◇


次の日の朝、俺はみんなに夜に移動をした方が安全性が高いことを説明すると、順番に昼寝などをしながら夜が来るのを待った。


幸い佐藤さんの娘の彩芽ちゃんも、先ほどまで陽咲や凛ちゃんたちと目一杯遊んでいたおかげで、今はぐっすりと眠ってくれている。


すっかり辺りも暗くなり、午後十一時を回った頃、俺たちはリュックを背負い、静まり返った中学校を後にした。


十八人の大所帯だ。


一応、みんなの靴の底に布を巻いて足音を殺しているつもりなのだが……。


布を擦れる『ザザッ、ザザッ』という僅かな音でさえ、静寂に包まれている夜の街にやけに大きく響き渡り、心臓に悪い。


万が一目を覚まして、この人数で襲われたら、いくら詩織でも全員を守ることはできないだろう。


詩織は先頭を歩く俺の腕に、しっかり抱きついている。


相変わらず道端で泥酔したように寝ている感染者たちを起こさないように、俺たちは街灯とペンライトの心細い明かりを頼りに細心の注意を払って歩いて行く。


なるべく人通りの少ない道を数時間ほど歩き続け、朝焼けが滲み始めた頃、ちょうどいい広さの一軒家が目に留まった。


玄関には鍵が掛かっていたため、侵入経路を探す。


見上げると、二階のバルコニーの窓が少しだけ開いていた。


俺はそこから家の中へ忍び込むことにした。


「俺が中の様子を見てくるので、ここで待っていてください」


「わかりました」


星野さんが、小さく頷いた。


一同は一軒家の庭の物陰や塀の死角に身を潜めている。


「詩織。何かあったら陽咲とみんなを守ってやってくれ」


そう言うと、詩織は少しだけ静かに微笑んだ。


俺は庭の物置に立て掛けてあった脚立を渋谷と目黒、そして太田さんと祐一さんに支えてもらう。


そこを一気に駆け上がると、その勢いのまま二階のバルコニーのフェンスを掴んで身体を引き上げた。


ミシミシと、脚立が軋む音がやけに響いた気がして、背筋が凍る。


そのままフェンスを乗り越え、二階の窓から暗い室内を覗き込む。


俺は警戒しながら、腰に差していたバールを抜き取った。


ペンライトで室内を照らし、誰もいないのを確認すると、中へと足を踏み入れた。


部屋を探索していると、随分と物が閑散として荒れていた。


どうやら、慌てて荷物をまとめて家を出て行ったらしい。


そういえば、家の駐車場に車がなかったのも納得だ。


俺は全ての部屋を調べ、安全なのを確認すると、一階の玄関に向かい内側から鍵を開けた。


みんなを家の中に招き入れると、一先ずは一休みして食事を取った。


さすがに十八人で一軒家は手狭だったが、いくつかの部屋に分かれ、雑魚寝に近い形で仮眠を取ることにした。


風呂に水が張ってあったため、その水を利用してトイレを使えたのは非常に助かった。


しかし、十八人もいるから、風呂の水はすぐなくなりそうだな。


見張りが必要なので、最初のシフトは俺と星野さんが担当することになった。


あれだけべったりとくっついていた詩織も、『陽咲を守ってやってくれ』と言ったら素直に従い、陽咲や凛ちゃんと一緒の部屋で寝ている。


俺は星野さんと一緒にリビングに向かった。


ひとまずささやかな休息が取れそうだ。

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