第1章第6話
音を立てないように、慎重に廊下を歩いていると中央階段の前に着いた。
階段の前には、感染者たちが六人うろついていた。
ここは倒さないと通れないな。
ちゃちゃっとやるか。
「恭伸さん、俺らにもやらせてください!」
「足手まといになりたくないので!」
山手線コンビがやる気に満ちている。
「うーん、わかった。一体ずつ頼むわ。でも、少しでも危ないと思ったら絶対に引くんだぞ」
「「了解です」」
「じゃあ、行くぞ」
俺たちは感染者に突っ込むと、やつらもこちらに気づいて襲ってきた。
俺は若い男の頭をめがけて、金属バットをフルスイングした。
バキッ!
男はそのまま倒れて、動かなくなった。
俺はその後、続けて三人を仕留めると、山手線コンビに目をやる。
どうやら二人ともちゃんと倒せたようだが、廊下の片隅で胃の中のものを盛大に撒き散らしていた。
まあ、心が汚れてしまっている俺と違って、純粋な中学生だとそうなるよね。
「おい、大丈夫か? 二人とも?」
「……っ、だ、大丈夫です。恭伸さん」
渋谷は顔が真っ青で、とても大丈夫には見えないのだが。
「……俺も平気です」
同じく大丈夫に全然見えない目黒。
「……こっちです。早く防災備蓄倉庫に行きましょう」
渋谷と目黒はふらふらと蛇行しながらも、何とか足を動かし中央階段を上り始めた。
その後も階段や廊下で遭遇した感染者を倒し、俺たちはようやく防災備蓄倉庫の前へと辿り着いた。
ここが防災備蓄倉庫か……。
俺は防災備蓄倉庫のドアを三回ほどノックした。
「こんにちはー。宅配便でーす」
「…………」
ギャグが滑ってしまい、気まずい沈黙が流れる。
「……留守かな?」
「こんな時にふざけないでください!」
目黒が冷静な突っ込みをしてくる。
俺はもう一度ノックすると、防災備蓄倉庫のドアがゆっくりと開いた。
ドアの隙間から、ベリーショートの女子生徒が顔を出した。
中学生にしては大人びた顔立ちをしている。
女子生徒は人差し指を口元に当てて『しっ』と静かに促すと、俺たちを防災備蓄倉庫内へと招き入れた。
倉庫の棚の片隅では、三人の女子生徒が体育座りをしていた。
女子生徒たちは怯えた表情で震えていた。
「雪村先生と黒岩先生はどこかな?」
俺は隣に立っている、ベリーショートの女子生徒に小声で尋ねた。
「……奥にいます」
「じゃあ、挨拶でもしてくるか」
「奥には先生二人の他に、男子生徒も五人いるので気をつけてください」
「ありがとう。おい、渋谷、目黒、女の子たちを頼んだぞ。」
俺はにっこりと微笑むと、山手線コンビに指示を送った。
「「はい」」
うーん、只の人間の頭を金属バットでフルスイングすることはさすがに俺にはできない。
これは置いていこう。
金属バットを入り口の壁に立てかけると、俺は足音を消してゆっくりと奥へと進んだ。
すると、奥から男たちの声が微かに聞こえてきた。
「先生早く脱いでよ。俺、我慢できないよ」
男子生徒らしき声が聞こえてきた。
「ほら、生徒たちがああ言ってますよ。早く下着も脱いでください。雪村先生」
若い男性の声が聞こえた。
こいつが黒岩か?
「生徒たちには手を出さないって、約束は守ってくださいよ」
若い女性の声が聞こえた。
雪村先生かな?
「そんな約束を守るわけないでしょ。ちょうどいい、九条たちを逃がした罰だ。誰か女子たちを連れて来なさい」
黒岩が嘲笑っている。
「生徒たちに手を出したら絶対に許さないから!」
雪村先生が恨みの言葉をぶつけている。
俺は棚の陰に隠れながら奥を覗くと、下半身を露出した五人の男子生徒が列をなして並んでいた。
盛りのついたオス犬どものパーティーかよ!
列の先頭には、下着姿の若い女性の腕を掴んでいる男の姿が見えた。
あいつが黒岩先生か。
?「じゃあ、俺、女子たち連れてくるね」
茶髪の男子生徒がパンツを片手にこちらへと近づいてきた瞬間──俺はすぐさま背後から首に手を回し、裸絞を決めて数秒で意識を失わせた。
茶髪の身体を無造作に最後尾の男子生徒に放り投げると、その勢いのまま背中に蹴りを叩き込む。
「ぐわっ」
男子生徒二人は重なるように倒れ込んだ。
「何だ! お前は!」
女性の腕を掴んでいた男が振り返り、こちらを向いた。
爽やかなツーブロックの七三分けで、清潔そうな見た目だが、下半身を丸出しにしているので変態にしか見えない。
「俺は桜井だ。あんたが黒岩先生?」
「なんだねその丈の足りないジャージは! ふざけてるのか君は!」
下半身を露出してるやつに言われたくねえよ。
「君たち! そいつ取り押さえなさい!」
黒岩と思われる男が生徒に指示を出した。
「おぅ、やっちまおうぜ!」
赤いメッシュの男子生徒がカッターナイフを手に迫ってくる、他の連中もそれに続こうとしていた。
喧嘩は先手必勝って言うよね。
俺はカッターナイフを持っている赤いメッシュの手首を掴むと、鼻っ柱に何の躊躇もなく右ストレートを叩き込んだ。
「ぐわっ」
後方に吹っ飛ぶ赤いメッシュ。
すぐさま、隣で硬直している男子生徒の脇腹にボディーブローを突き刺す。
「ぐえっ」
男子生徒は腹を抱えてうずくまった。
チラッと辺りを見渡すと、残りの男子生徒一人は完全にビビってその場に座り込み、戦意喪失していた。
「おい、もう一度聞くぞ。黒岩先生だな?」
「そ、そうだが……」
俺は黒岩先生に近づくと、有無もいわさず右ストレートを叩き込んだ。
黒岩は後方に吹っ飛び、そのまま派手に失神している。
奥の方に目をやると、頬に涙の跡が残る下着姿の若い女性が座り込んでいた。
まだ乱暴された形跡はない。
どうやら間に合ったようだ。
俺はジャージの上着を脱ぐと、女性にそっと掛けた。
「雪村先生ですね。服を着てください」
俺は背中を向けて山手線コンビを呼び寄せると、その間に雪村先生が服を整えるのを待った。
「お前ら、コイツらの手首を後ろ手で結束バンドで拘束しろ」
「「了解です」」
全員の拘束が終わると、雪村先生に事情を説明した。
すると、雪村先生が俺に深々と頭を下げてきた。
「……助けてくださりありがとうございました」
「いえ、俺は妹に頼まれただけなので」
「渋谷くんと目黒くんもありがとう」
「いや、俺たちは何もしてないから。なあ、目黒」
「ああ、全部恭伸さんのおかげです」
「そんなことはないわ。助けに来てくれてありがとう」
山手線コンビは照れ笑いを浮かべている。
雪村先生を女子生徒たちのところに連れていくと、みんなで泣きながら抱き合った。
ひとまずこれでみんな落ち着いたかな。
俺は拘束した黒岩と男子生徒を、みんながいる入口のスペースに無理やり連れていって座らせた。
「「きゃっ」」
何人かの女子生徒が小さな悲鳴を上げた。
まあ、下半身剥き出しの男たちを見たらそうなるか。
「おい、パンツくらい履かせてくれないか」
引きずられる途中うめき声を上げ、意識を取り戻した黒岩が、困惑していた。
「情けない格好ね。そんな隠そうとしなくても大丈夫よ。どれも小さすぎて、付いているのかもよくわからないから」
少し蔑むような冷ややかな笑みを浮かべながら、ベリーショートの女子生徒が黒岩たちを生ゴミでも見るような目で見つめていた。
綺麗な顔して意外とエグいこと言うのね。
ベリーショートの女子生徒が、俺の方を見ると駆け寄ってきた。
「あの、雪村先生を助けてくださりありがとうございました。私は鈴原小麦と言います」
鈴原さんはペコリとお辞儀をしてきた。
「いや、気にしないでいいから。俺は桜井恭伸」
「鈴原。その人桜井のお兄さんだから」
渋谷がニヤニヤしている。
「え? 陽咲のお兄さん?」
「そうだよ。よろしくね」
俺はホスト時代の営業スマイルを浮かべた。
「よろしくお願いします。ふふ」
鈴原さんは、十五歳とは思えない大人っぽい笑みを浮かべている。
雪村先生が俺に近づいてくると、再び頭を下げてきた。
「本当にありがとうございました。生徒たちに危害が及ばなくて本当に助かりました」
「気にしないでください。それよりコイツらどうしますか? 足も縛っといた方がいいですかね?」
「そうですね。とりあえず、パンツは履いてもらいますか。生徒たちにあんな粗末で汚いものは見せたくないので」
あなたも綺麗な顔して厳しいこと言うのね。
その時、不意にドアをノックする音が倉庫内に響き渡った。
誰だ? 感染者はノックしないよな? でも、何か嫌な予感がするな。
「もしかして、生徒が逃げてきたのかしら?」
「雪村先生! ちょっと待って!」
俺の制止より早く、雪村先生が鍵を開けてしまった。
次の瞬間、ドアが──吹き飛ぶように無理やりこじ開けられた。
そこに立っていたのは、筋肉が異常なまでに膨れ上がった、巨体の感染者だった。
野獣のような血走った目をして、雪村先生を睨み付けている。
なんだあいつは!?
感染者の丸太のような太い腕が、雪村先生の肩へと伸びる。
マズい!
伸ばされた手を間一髪でかわすように、俺は雪村先生を抱き寄せて後方に倒れ込んだ。
「きゃっ」
間一髪、感染者の手は空振りに終わった。
しかし、引き剥がされた獲物を追うはずの感染者はその場に立ち尽くしたまま──ニタァと不気味な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
感染者が笑っただと? 意志があるのか?
「ば、化物!!」
拘束されている男子生徒の一人が騒ぎ出した。
次の瞬間、感染者は騒いだ男子生徒のところへ物凄い速さで駆け寄り、首を握りしめ持ち上げるとそのまま頭から垂直落下させた。
グシャリ!
嫌な音とともに、男子生徒の頭は熟れたトマトのように簡単に潰れた。
感染者はこちらに振り返り、また不敵に口元を吊り上げた。
何なんだ? あの尋常じゃないスピードとパワーは? 進化した新種か?
続いても悲鳴を上げ、怯える男子生徒をターゲットにした。
最初は叫び声に反応してるのかと思ったが、どうやら違うようだ。
怯えている人間を追いつめて遊んでやがる!
あいつはただ人間を壊すのを楽しんでいるだけだ!
「みんな、いまのうちに早く逃げろ! 目黒! 先頭を頼む!」
「了解です!」
男子生徒が襲われてるうちに全員に逃げるように促すと、目黒を先頭に次々と倉庫を出て行った。
感染者は、まるで面白がるように男子生徒を一人一人殺していく。
五人の男子生徒は、ただの肉の塊と化した。
それを見ていた黒岩が、パニックなり大きな悲鳴を上げた。
黒岩は後ろ手に縛られながらも、必死に倉庫の奥へと逃げて行く。
感染者は当然のように黒岩を追って、奥へと向かった。
感染者が黒岩を追ってる隙に、俺は入り口の壁に立てかけてあった金属バットを固く握ると、
廊下へと飛び出した。
全員が中央階段に辿り着いた辺りで、あの感染者が倉庫から出てきて姿を現した。
感染者の手には、引きちぎられた黒岩の頭部が握られていた。
みんなは目黒を先頭に、まだ階段を下りているところだ。
感染者は握っていた黒岩の頭を窓に向けてぶん投げた。
ガシャンッ! と派手な音を立ててガラスが砕け散る。
追い付かれるのは時間の問題だな。
「渋谷。俺が時間稼ぎするから女性陣は任せたぞ」
「え?」
「いいから、ここは俺に任せて早く行け」
「は、はい、恭伸さんも無事でいてくださいね」
渋谷は顔を強張らせながらも、階段を走って下りて行った。
よし、やるか……!
勝てる見込みなんて一ミリもないが、みんなが逃げる時間くらいは稼がないとな……。
次の瞬間──感染者に一瞬で間合いを詰められた。
俺は金属バットを感染者の頭を目掛けてフルスイングした。
ガキィィンッ!──金属バットが悲鳴を上げる。
まるで巨大な岩の塊を殴ったような、物凄い衝撃が腕を駆け抜け、両手の感覚が吹き飛び、手首から肘にかけて痺れが走る。
感染者は微動だにせず、俺を見下ろしながら薄気味悪い笑顔を見せた。
次の瞬間、前蹴りが飛んできた。
俺は大きな足の裏を金属バットでブロックすると、衝撃を和らげるため後ろに飛んだ。
激しい金属音が響き、金属バットが真っ二つに折れた。
何だ? この威力は!?
あんな蹴りを頭にまともにもらったら即死だな。
今まで何体もの感染者を葬り去ってきた相棒は、無惨にも破棄するしかない形へと成り果ててしまった。
さて、もう少し時間を稼がないとな。
俺は息を一つ吐くと金属バットを捨て、腰のバールを抜いて身構えた。
来い! もう一暴れしてやるよ!
読んでくださりありがとうございました




