表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

第1章5話

その後も保健室で、静かに身を潜めていると、俺の腹がぐゔと鳴った。


時計を見ると、午後一時を過ぎていた。


どんな時でも、腹だけは減るな。


「……腹減ったな」


「お兄ちゃん。よくこんなときにお腹空くね」


ジト目をしながら、陽咲が呆れた顔をしている。


「保健室には非常食の救給カレーの備蓄がありますので食べてください」


向かいの丸椅子に腰掛けている星野さんが、相変わらず優しい笑顔を見せ立ち上がった。


「みんなも今のうちに食べといた方がいいわね。桜井さんと尾花さん。手伝ってくれるかしら?」

 

星野さんはみんなを見渡してから、陽咲たちを見た。


「「はい」」


陽咲と凛ちゃんの返事が重なる。


「私も手伝います」


紗莉渚ちゃんも陽咲と凛ちゃんの後を追う。


四人は保健室に備蓄されている、非常食の救給カレーとミネラルウォーターを運び始めた。


「どうぞ。食べてください」


星野さんが優しく微笑みを浮かべ、カレーとミネラルウォーターを持ってきてくれた。


「すみません、いただきます」


「いえいえ、たくさんありますから」


みんなでカレーを食べると、再び息を潜める時間が戻ってきた。


しばらくすると、カーテンの隙間から夕日が差し込んできた。


暗くなる前に、俺たちはマットを敷く事にした。


普通のベッドが四台と、簡易ベッドが二台の計六台。


ベッドは女子たちが使うとして、男子はマットの上で雑魚寝だな。


俺はソファで寝るか。


「お兄さんは私と一緒に寝ましょう」


凛ちゃんが満面の笑みを浮かべて、じっと見つめてくる。


「そんなのダメに決まってるでしょ。お兄ちゃんは私と一緒に寝るの」


陽咲が俺の腕をぐいっと引っ張った。


「モテモテですね。桜井さん。ふふふ」

 

星野さんが悪戯っぽくクスリと笑う。


その後、晩御飯の非常食の牛丼を食べ終わった頃には、すっかり暗くなり、俺たちは眠りにつくことにした。


結局、女子たちがベッドで寝る事になり、男子たちはマット、俺は一人ソファに横になった。


前世でも経験したことがない、過酷な一日が終わった。


保健室には食料や水。


寝具にトイレやシャワーまである。


救助が来るまでは困らないかもしれない。


だが、なぜか俺は何とも言えない胸騒ぎがした。


昼間とは打って変わって、しんと静まり返っているのがかえって不気味だった。


気持ち悪いほどの静寂の中で、俺は意識を手離した。


◇◇◇


ふと目を覚ますと、星野さんが、デスクライトの明かりに照らされながら丸椅子に座っていた。


時計に目をやると、針は午前三時二十六分を指していた。


「すみません。桜井さん。起こしちゃいましたか?」


起きた俺に気づいた星野さんが、申し訳なさそうな顔をしている。


「いえ、大丈夫です。何時から起きてたんですか?」


「三時くらいだと思います。あまり眠れなくて、ふふ」


こんな状況では無理もないよな。


生徒たちは、精神的に疲れて、全員ぐっすり寝ているが。


太田さんは起きてるっぽいが、気を利かせて寝たふりしてるのがバレバレだ。


「何か飲みます? ハーブティーでも入れましょうか?」


「すみません、お願いします」


「子どもたちと太田さんが寝ているので、あっちで飲みましょう」


星野さんに促され、衝立の向こうにある四人用ダイニングテーブルの椅子へと腰を落とした。


「どうぞ、飲むと落ち着きますよ」


星野さんはティーカップを俺の前にそっと置くと、隣の椅子に腰掛けた。


「ありがとうございます」


俺はティーカップを手に取ると、ひと口飲んだ。


なんか心も体もほっと温まるな。


「早く救助が来てくれるといいのですが。子どもたちが心配です」


この人は本当に、生徒のことばかり考えてるんだな。


「警察だけではなく、自衛隊も動いてるかもしれません。待ってればそのうちに救助が来ると思いますよ」


本当は来ないのかもしれないと思ってるが、それは言わないでおこう。


「そうだといいのですが……」


星野さんは、少し不安な表情を見せた。


「少し寝たらどうですか? 俺が星野さんの傍で見張ってますから」


「え? それなら安心して寝れますね。お言葉に甘えようかしら。ふふ」


「ええ、どうぞ。ちゃんと傍にいますから」


俺が営業スマイルを浮かべると、星野さんは頬を林檎のように赤く染め、嬉しそうに微笑んだ。


「あ、ありがとうございます、ふふ」


ハーブティーを飲み終えると、星野さんはベッドへと向かい横になった。


俺はソファに腰掛け、その姿を見つめていた。


寝顔も可愛いな。


まあ、陽咲が断トツで一番可愛いけど。


◇◇◇


保健室に籠ってから、三日が過ぎたが、救助が来る様子はなかった。


ネットやラジオからの情報では、ここから少し離れている小学校が避難所として指定されたらしい。


俺たちは避難所に行くか、ここで救助を待つか正直決めかねていた。


陽咲たち中学生たちは不安を隠すように、必死に頑張ってこの状況を耐えてくれている。


朝、いつものように星野さんが生徒たちより早く起きて来て、太田さんと朝食の支度をしている。


そして、陽咲や凛ちゃん、他の中学生たちも続々と起きて来た。


星野さんと陽咲たち三年生組が、みんなに朝食のレトルトのお粥と栄養補給ができるゼリーを配り始めた。


俺は星野さんから受け取ったお粥を食べ終え、ゼリーを一気に飲み干す。


日常とかけ離れた一日が、今日も始まった。


ソファで静かに身を潜めていると、廊下の方から唸り声が聞こえてくる。


そのたびに凛ちゃんが、膝の上で小動物のように小刻みに震えている。


もう少しで午後十二時になるが、今日も救助はまだ来ない。


その時突然、コンコン、という保健室のドアをノックする乾いた音が室内に響き渡った。


俺は急いで横に置いてあった金属バットを握りしめ、ドアに向かって身構えた。


「く、九条莉子くじょう・りこです。助けてください」


女子が震えた声で、助けを求めている。


「……莉子ちゃん?」


「……莉子?」


陽咲と凛ちゃんが慌てて立ち上がると、バリケードが置かれているドアの前に小走りで駆け寄った。


「陽咲と凛?」


「そうだよ。待ってて今開けるから」


陽咲が心配そうな顔をして俺を見つめる。


「知り合いか?」

 

「うん、友達なの。四階の防災備品倉庫に避難してたはずなんだけど」


「とりあえず俺が確認するから、二人は下がってろ」


俺はバリケードを撤去してから、慎重にドアを開けると、長い黒髪の気品のある女子生徒が瞳を少し濡らしながら立っていた。


その背後には眼鏡におさげ姿の地味な女子生徒が、震えながら隠れている。


中に入るように星野さんが促すと、衝立があるダイニングテーブルの方に連れて行き座らせた。


星野さんはすぐにハーブティーを淹れると、二人の前にそっと置いた。


「九条さんと、えっと一ノ瀬さんだったかしら?」


「はい……一ノ瀬愛海いちのせ・まなみです」


一ノ瀬さんは怯えた顔をして、ずっと下を向いている。


「四階の防災備品倉庫に避難してたのよね? いったい何があったの?」


「………私たちは黒岩先生と雪村先生に守られながら四階の防災備蓄倉庫に避難したんです……最初は優しかったんですが……段々と黒岩先生と一部の男子が私たちを見る目がおかしくなって……うう……っ」


「九条さん。落ち着いて。ゆっくりでいいからね」


星野さんは九条さんに優しい微笑みを浮かべ、背中をさすって宥めている。


「……はい、すみません……黒岩先生と男子が私たちに酷いことをしようとしてきて……っ。雪村先生が私たち女子を守ってくれたんですけど……っ」


話を聞いていた陽咲と凛ちゃんの表情が、徐々に険しくなっていく。


前の世界の俺も大概だったが、なかなかのクズだな。


この極限状態の世界で何やってんだ?


「……怖くて逆らえなくて……。男子たちも、黒岩先生の味方になっちゃって……。結局、雪村先生が、私たちを庇って……『私の身体はどうなってもいいから、生徒たちには絶対に手を出さないで』って……陽咲からメッセージで保健室にいると聞いてたので、私たちは隙をついて助けを求めに逃げ出して来たんです……っ」


「……そう、怖かったわね。我慢しないで泣いていいのよ」


星野さんが気丈に振る舞おうとする九条さんと泣き崩れている一ノ瀬さんを引き寄せ、二人を優しく抱きしめた。


九条さんと一ノ瀬さんの瞳から、涙があふれ落ちている。


「雪村先生を助けてください……! お願いします!」


「わかったわ。必ず助けるから!」


優しかった星野さんの表情から笑顔が完全に消え、静かな怒りをたたえている。


怒ってるところを初めて見たが、凄く怖いんですけど。


「あの、黒岩先生と雪村先生というのは?」


俺は素朴な疑問を星野さんにぶつけた。


「黒岩先生は英語教師です。若くて見た目が爽やかなので女子生徒から人気がありました。私は初めて会った時から、チャラいし胡散臭い人だと思ってましたが」


「……そうですか」


何か言い方に物凄い棘があるな。


「雪村先生は私と同期の女性教師です。生徒思いの優しい先生で生徒からも大変人気のある人です」


「……なるほど」


自分を犠牲にして、生徒を守るくらいだ。


いい先生なんだろうな……。


……うーん、でも、よく考えたら顔も知らない赤の他人だし助ける義理とかないよな、そもそも陽咲の傍から離れるわけにはいかないし。


「お兄ちゃん……雪村先生を助けてあげて……?」


陽咲は俺の腕を掴むと、潤んだ瞳をして俺を見つめてきた。


上目遣いで、俺にすがるような目をするのはやめてくれ!!


「……お兄ちゃん……お願い……?」


陽咲は目をうるうるさせて、今にも泣き出しそうだ。


そんな目で見つめられたら断れないだろ!!


……はあ、仕方ないか。


いまいち納得はいかないが、俺は雪村先生たちを助けるため、四階の防災備蓄倉庫に向かう事にした。


「四階の防災備蓄倉庫ってどこにあるんですか?」


「四階の北側の廊下の端から二番目にあります」


星野さんが、神妙な面持ちで答えてくれた。


「わかりました。俺が四階の防災備蓄倉庫に行ってきます」


「私も一緒に行きます」


太田さんが名乗りを上げてくれた。


「私も行きます!」


星野さんも付いてくる気満々みたいだ。


「いえ、俺一人で行きますので、太田さんと星野さんには陽咲たちをお願いします」


一番頼りになる筋肉の塊の太田さんには、陽咲たちを守ってもらわないと。


星野さんにもいてもらった方が、陽咲たちが安心するだろう。


「桜井のお兄さん。俺と目黒が一緒に行きます」


声の主は渋谷だった。


「俺たちなら、四階の防災備蓄倉庫まで案内できますし」


目黒もすぐさまそれに続いた。


「そっか、じゃあ、頼むわ」


「「はい」」


渋谷と目黒が同時に返事をする。


息ぴったりだな。


「桜井のお兄さんじゃなくて、恭伸でいいから」


「「はい、恭伸さん」」


山手線コンビはなぜかニコニコしている。


何がそんなに嬉しいんだ。

 

そんな感じで彼らが一緒に行く事になった。


俺は腰に巻いた麻紐の背中側にバールを引っ掛けると、金属バットを強く握りしめ四階の防災備蓄倉庫へと向かう準備を始めた。


「お前ら準備できたか?」


「「はい」」


山手線コンビは学生服の上着を脱ぎ捨て、スコップを握りしめている。


「よし、行くぞ」


俺たちは保健室を出て、四階の防災備蓄倉庫へと向かった。

読んでくださりありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ