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第1章第4話

時計に目をやると、午前十時を回っている。


卒業式の開始時間を過ぎていた。


──未だに警察や救急に電話が全員繋がらないのだが?


俺は嫌な予感がした。


もしかして、感染者がいるのはこの辺りだけじゃないのかも。


もしこの街のあちこちで同じことが起こっているとしたら、街全体がパニックになっている。


警察とレスキュー隊だけでは、対応できるはずもない。


自衛隊も出動するかもしれないな。


それだと救助が来るなんて、いつになるかわからない。


そんな事を考えていると、隣でスマホの画面を見ていた陽咲が、俺の腕を引っ張った。


「お兄ちゃん……ちょっと、これ見て」


陽咲がスマホの画面を俺の目の前に突きつけてくる。


画面を埋め尽くしていたのは、ゾンビのような化け物に襲われているという無数のSOS──SNSのタイムラインを埋め尽くすそれは、全てこの街からの投稿だった。


考えていた最悪のシミュレーションが現実になってしまったようだ。


「困りましたね……この状況では助けが来るのは遅くなりそうです」


星野さんがスマホを横から覗き込んできた。


顔が近いんですけど。


「そうですね。これだけ感染者が多いと、警察は人手不足でしょうから」


助けに来るのが遅れるくらいならまだいい……最悪助けが来ないという事も考えておかないといけないな……。


このままただ救助を待ってるだけでは危険かもしれない、武器になりそうなものを確保しといた方がいいかもな。


そんな時、向かいの丸椅子に腰掛けてる太田さんのスコップが目に入った。


「あの? 太田さん。そのスコップって他にはないんですか?」


「用務員室にまだ何個か予備がありますよ」


「用務員室ってここから遠いんですか?」


「すぐそこです。保健室の向かいですから、私が取りに行きましょうか?」


「いえ、俺が行きます。太田さんはみんなをよろしくお願いします」


太田さんにはここに残って、陽咲たちを守ってもらわないとな。


「これが用務員室の鍵です。スコップは入ってすぐの工具ラックにありますので、他にも使えそうな物があったら自由に使ってください」


太田さんがポケットから鍵を取り出し、俺に差し出してきた。


「わかりました。ありがとうございます」 


太田さんから鍵を受け取り、ジャージのポケットに入れた。


「あの、ついでに職員室にある屋外防災備蓄倉庫の鍵も取ってきてもらえますか?」


「屋外防災備蓄倉庫の鍵ですか?」


「はい、保健室にある食料や飲料水には限りがあるので。屋外防災備蓄倉庫の食料があると安心できるかと思いまして」


星野さんも、長引くかもしれないと考えているんだな。


星野さんはササッとメモをすると、書いた紙を手渡してきた。


メモをジャージのポケットに突っ込んだ。


「わかりました。他に必要な鍵はありますか?」


「いえ、それだけで大丈夫です。キーボックスは入ってすぐのホワイトボードの横の壁に掛けられてます。これ、その暗証番号です」


「わかりました」


俺が金属バットを握りしめ、保健室を出る準備をしていると──。


「桜井のお兄さん、俺たちも行きますよ」


渋谷と目黒が名乗りを上げた。


続いて、不知火と西園寺もやって来た。


「あ、あの、僕たちも手伝います」


「ダメです。生徒に危険な真似はさせられません」


星野さんが猛反対してきた。


「まあまあ、彼らがやると言ってるんですから、意思を尊重してあげましょうよ」


「ですが……」


「俺が責任もって預かりますから」


「……わかりました」


星野さんはいまいち納得してくれてないみたいだが、一応了承は取れた。


その後、渋谷たちが星野さんから武器になりそうな松葉杖やモップを受け取っているところに、陽咲が近寄ってきた。


「みんなお兄ちゃんのことよろしくね」


陽咲のとびっきりの笑顔を見て、四人は頬をほんのり赤めている。


こいつら陽咲にいいところを見せようと、カッコつけてるだけじゃないだろうな?


先ずは職員室へ行き鍵を取り、用務員室へと向かい武器になりそうな物を探す。


そして最後に防災備蓄倉庫で、必要な物を保健室へと運ぶ。


俺は渋谷たちに説明をした。


「だいたいわかったか?」


「「「「はい」」」」


四人ははっきりと気持ちのいい返事をした。


「最後に一番大事なことを言うから肝に銘じておけ!」


「「「「はい」」」」


「陽咲に手を出したら殺す!!」


俺は殺気を込めて、渋谷たちを睨み付けた。


「「「「…………」」」」


「お兄ちゃん。みんなを脅しちゃダメだよ!」


陽咲に怒られた。


「じゃあ、行ってきます」


「はい。気をつけてくださいね。みんなも無理だけは絶対にしないように」


星野さんは心配そうな顔で俺を見つめると、渋谷たちに念を押した。


バリケードをいったん退かし、保健室のドアを慎重に開き外の様子を覗く、感染者がいないのを確認し、外へと出ていった。


ひとまず渡り廊下側は施錠されてるから、北側だけ見張っていれば大丈夫だ。


保健室のドアは開けてあるので、不知火と西園寺には、廊下での見張り役を任せた。


渋谷と目黒を連れて職員室に入ると、メモに書かれた暗証番号を打ち込んでキーボックスを開く。


中にはたくさんの鍵が吊るされていた。


えっと、屋外防災備蓄倉庫の鍵を……ん? 包丁まな板殺菌庫って? 包丁があるのか? 


「なあ、学校に包丁があるのか?」  


隣にいる目黒に尋ねた。


「はい、調理室の奥の準備室にある殺菌庫に入ってます」


「調理室ってここから近いのか?」


「いえ、同じ一階ですが反対側の北側の廊下にあります」


「……そうか」


調理室は後回しでいいか……。


屋外防災備蓄倉庫と念のために調理室と調理準備室、包丁まな板殺菌庫の鍵を手に取った。


俺たちはすぐに斜め向かいの用務員室へ向かうために廊下に出た。


「あ、あの桜井さんのお兄さん」


不知火が青ざめた顔で話しかけてきた。


「どうした? 何かあったか?」


「な、何か奥の廊下から唸り声と足音のような音が微かに聞こえてくるんですが……」


チッ、近づいてきやがったか。


急がないとな。


「そうか。何かあったらすぐ報告しに来てくれ」


二人に引き続き廊下の見張りを任せると、急いで太田さんから預かった用務員室の鍵をジャージのポケットから取り出し、用務員室のドアを開けた。


用務員室の中へと足を踏み入れると、工具ラックの中から、使えそうな物を物色する。


バール二つにスコップ七つと高枝切りバサミ二つを中央の床に置いた。


「よし、これ全部いったん保健室に運ぶぞ恵比寿と五反田」


「誰ですかそれ! 渋谷と目黒です!」


ツッコミを入れた目黒の隣で、渋谷は苦笑している。


思ったよりも使えそうな武器が入手できたな。


用務員室のドアを開けたまま保健室に向かうと、荷物を下ろして再び用務員室へと向かった。


向かう途中唸り声が聞こえたが、まだ感染者は遠くにいそうだな。


工具箱にトンカチとノコギリ、電動ドリルなど使えそうな物を次々と用務員室の隅にあった麻袋に入れ、保健室に運び込む。


「次は最後の屋外備蓄倉庫ですね」


「私も運ぶのを手伝います」


太田さんがスコップを握って、丸椅子から立ち上がった。


力持ちの太田さんが、居てくれると助かるな。


「私も運ぶの手伝います」


星野さんがそう言うと、陽咲や凛ちゃんと紗莉渚ちゃんたちも名乗りを上げてくれた。


不知火たちに見張りを任せ、残りの全員で屋外備蓄倉庫へと向かい、渡り廊下のドアをサムターンを回して鍵を開け外に出た。


体育館に続く渡り廊下を慎重に歩くと、すぐ隣に設置されているコンテナに向かう。


こちら側はそもそも卒業式前だったためか、感染者は少ないみたいだ。


コンテナのシャッターを開け、食料に飲料水、毛布やマット、色々と保健室へと流れ作業で運んでいると、突然──。


「さ、桜井さんのお兄さん。……で、出ました!」


北側の廊下側の見張りをしていた不知火が、渡り廊下を飛び出してきて、青い顔して震えながらやって来た。


俺は慌てて開けっぱなしにしてあった渡り廊下の扉を抜け、校舎内の廊下に急行すると……。


数人の生徒たちが、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。


男子生徒の感染者が三体、女子の感染者が二体の計五体だ。


それを迎え撃とうと、金属バットを身構えた西園寺が立っていた。


……のだが、膝がガクガク震えていて、とても動けそうにない。


生徒たちの口元から、べっとりとした血が不気味に滴り落ちている。


ふう、やるしかないか。


「ここは俺が相手するから、お前らは後ろに下がっていろ」


「「「「了解です」」」」


渋谷たちが、後ろに下がって行く。


西園寺も渋谷たちに支えられながら下がっていった。


「渋谷! いったん陽咲たちを呼んでみんなは保健室に避難してろ」


「了解です!」


「私も手伝います!」


事態に気づいた太田さんが、急いで駆け付けてくれた。


太田さんと俺を残し、全員が保健室に避難したのを確認すると、俺は金属バットを両手で強く握り直し、腰を落とすと戦闘態勢に入った。


太田さんは避難せず、スコップを手に俺の後ろに控えてくれたようだ。


やつらは俺の姿に気づくと、獣のような低い叫び声をあげて一斉に襲いかかってくる。


先頭の感染した男子生徒が間合いに入った瞬間、俺は頭部に向かって勢いよく金属バットをフルスイングした。


──ゴッ!


鋭い衝撃音とともに、頭部を打ち砕かれた生徒は一瞬で倒れ、ピクリとも動かなくなった。


続けざまに、掴みかかってきた感染した男子生徒の頭部に金属バットを振り下ろす。


男子生徒はドサッと倒れてそのまま動かなくなった。


──バキッ!


次の瞬間、太田さんが感染した男子生徒の頭部にスコップを叩き込んだ。


俺と太田さんであっという間に残りの二体を仕留めると、俺は静かに手を合わせた。


すまないが生け捕りにする余裕はない。


その後、運搬を再開すると、使えそうな物を全て保健室へと運び終えた。


保健室へと戻ると、星野さんが優しい笑みを浮かべて迎えてくれた。


「お疲れ様でした。桜井さん。みんなもお疲れ様でした」


「お疲れ様でした。とりあえず使えそうな物は全部運べましたね」


「お兄ちゃんお疲れ様。みんなもお疲れ様でした」


陽咲が労いの言葉をかけると、渋谷と目黒は照れ笑いをしている。


何か腹立つ!


「ニヤニヤするなっ! 原宿と大崎!」


「渋谷と目黒です!って、絶対、わざとですよね!」


目黒が呆れた顔をしている。


そして、丸椅子に腰掛けると、すぐさま凛ちゃんが膝の上に座って来た……。


陽咲の視線が痛いのだが……。

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