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世界大戦の引き金

1. 牙を剥く世界、冷たい包囲網

グラン・エルバ帝国の最高作戦会議室。

部屋の中央に投影された巨大な立体魔導マップには、大陸の半分が「血の赤色」に染まる不穏な光景が映し出されていた。

「――やはり、教国シュトウヴァルはなりふり構わず動いてきたか」

会議室の最奥、腕を組んでそのマップを睨みつけていたギルバート皇太子の声は、酷く冷えていた。彼の極夜の瞳には、いつもの余裕の笑みではなく、帝国の命運を賭けた戦いに挑む「死神」の本気の覇気がみなぎっている。

ルミエラに裏の金鉱山投資とマネーロンダリングの証拠を突きつけられ、完全なる経済敗北を喫した聖シュトウヴァル教国。

だが、彼らはそのまま黙って引き下がるほど生易しい勢力ではなかった。メンツを完全に潰された神聖廷は、「グラン・エルバ帝国は悪魔の数理を用い、大陸の信仰と平穏を脅かす侵略国家である」との大号令を発令。

それに呼応するように、帝国に領土や経済圏を圧迫されていた周辺の3つの王国――『ガルディア王国』『フェルゼン公国』、そしてルミエラを追放した新体制の『ルミナス王国』までもが、教国を中心に結束。

総勢4ヶ国による**【対帝国・大十字連合軍】**を結成し、帝国の四方の国境へ向けて、総兵力50万を超える大軍勢を同時進軍させ始めていたのだ。

「殿下、これは最悪の事態です! 四方からの同時侵攻に加え、教国の呼びかけによって我が帝国の国際商業ギルドへのアクセスが一部遮断されつつあります! このままでは物資の調達が滞り、戦争が始まる前に帝国の経済が干渉によって干からびます!」

ハインリヒをはじめとする帝国の若き官僚たちが、青ざめた顔で報告を上げる。

50万の軍勢。それはいくら大陸最強の帝国といえど、単独で、しかも全方位を同時に相手にするにはあまりにも荷が重い、文字通りの「世界大戦」の規模だった。

「どうする、ルミエラ。私の『力(軍隊)』で四方の敵をすべて叩き潰してもいいが……その場合、帝国の国土の3割は焦土と化し、戦後復興に50年はかかるだろうな」

ギルバートは、隣に立つルミエラを見つめた。

その視線には、絶望など微塵もない。あるのは、この最悪の盤面すらも、目の前の「赤髪の天才」ならどう料理してみせるかという、狂信的なまでの期待だった。

ルミエラは、デスクの上に広げられた膨大な敵軍の進軍ルートと、物資の流通データを眺めながら、フッと、いつものように美しく、そして底知れない冷徹さを孕んだ微笑みを浮かべた。

「焦土? 復興に50年? ――あら、ギルバート殿下。そんな野蛮で非効率な戦い方、私の『数理ロジック』が許しませんわ」

ルミエラはポニーテールに結んだ赤髪を軽く揺らし、不敵に言い放った。

「50万の大軍勢が、どれほど燃費が悪く、どれほど『数字の脆弱性』に満ち満ちているか……あの神官や王様たちは、まるで分かっていらっしゃらないのね」

2. 100%予測済みのチェス盤

「ハインリヒ男爵。私が3日前にあなたに指示して、帝国の全港湾と国境検問所の『穀物流通データ』を差し替えさせた件、終わっていますわね?」

ルミエラが尋ねると、今や彼女の信奉者となったハインリヒが、敬意を込めて深く頭を下げた。

「はっ! ルミエラ様の仰った通り、連合軍が動く寸前のタイミングで、帝国内を通過するすべての『塩』および『乾燥芋』の輸出税率を一時的に**0%**に引き下げ、周辺国への流入を意図的に加速させました!」

「な……、何を言っているんだ!? 敵の進軍前に、なぜ物資を安く輸出させるような真似を!」

老齢の軍人たちが混乱して声を荒らげる。

「お静かに、脳筋の皆様」

ルミエラは、黄金の魔導ペンを空間で一閃させ、敵連合軍の「兵站ロジック」を立体マップ上に青い文字で展開した。

「50万もの人間を同時に動かすには、天文学的な量の食糧と、それを腐らせないための『塩』が必要ですわ。連合軍は、帝国の税率引き下げを見て『今のうちに安く兵糧を確保できた』と大喜びで買い漁りましたけれど……。彼らが買ったその食糧の**82%**は、我がアルカディア公爵家が裏で品種改良を重ねた、特殊な『吸魔性の乾燥芋』ですの」

「吸魔性の乾燥芋……?」

「ええ。その乾燥芋は、微量の魔力を吸うことで、体積が4倍に膨らみ、かつ周囲の水分を急激に奪う性質を持っていますわ。そして連合軍が通る進軍ルートの国境地帯には……ハインリヒ、何がありますの?」

「――古代から続く、高濃度の『魔力霧マナ・ミスト』の発生地帯にございます」

ルミエラの言葉を引き継いだハインリヒが、ゾクゾクとするような興奮を抑えきれない顔で言った。

「敵の50万の兵士たちが、その霧の地帯に入って呼吸をし、魔力を帯びた状態でその兵糧を口にした瞬間……胃袋の中で芋が爆発的に膨張し、全兵士が激しい脱水症状と消化不良を起こして行動不能になります。兵器も、魔法も、一歩も動かす必要はございません。彼らは国境に到達する前に、自らの兵糧によって『自滅』いたしますわ」

会議室にいた帝国の将軍たちが、全員、背筋に冷たい戦慄が走るのを感じていた。

武器を使わない。血を流さない。

ただの「物流の数字」と「商品の性質」をほんの少し弄るだけで、50万の大軍を完全に無力化する。それは、戦術や戦略という生ぬるい言葉を超越した、世界のルールそのものを書き換える「内政チートの極み」だった。

「さらに」

ルミエラはペン先を、連合軍の本陣である聖シュトウヴァル教国の首都へと向けた。

「今回の戦争資金を捻出するため、教国は周辺の王国から莫大な『戦時公債』を発行して金を借り集めましたわね。私はすでに、その公債の**60%**を、帝国のダミー商会を通じて裏から全て買い占めて(ショートして)おります。――ギルバート殿下、今すぐ、教国の通貨の『信用大暴落デフォルト』のボタンを押してくださる?」

「くく……、いいだろう。世界で最も美しい我が軍師の、宣戦布告の合図だ」

ギルバートが手元の魔術刻印を押すと、瞬時に帝国の通信魔導ネットワークが作動。

大陸全土の商業ギルドへ向けて、教国の財政破綻のデータと、彼らが隠蔽していた全ての不正融資の事実が一斉に発信された。

3. 悪役令嬢の宣戦布告

その1時間後。

教国、並びに周辺王国の全通信魔導具に、一人の少女の姿が強制的に投影された。

漆黒の女性官僚スーツをまとい、冷徹極まりない女王のような笑みを浮かべたルミエラ・フォン・アルカディアの姿が、大陸中の王族、貴族、そして前線の兵士たちの前に現れたのだ。

『大十字連合軍の、身の程知らずな王様と神官の皆様。ごきげんよう』

ルミエラの鈴を転がすような、だが氷のように冷たい声が、大陸全土に響き渡る。

『あなた方が我がグラン・エルバ帝国に対して放った50万の軍勢は、あと3時間以内に、我が公爵家の仕掛けた「数理兵糧」によって、一歩も動けぬ肉の塊と化しますわ。さらに、あなた方が戦争のために発行した公債は、たった今、市場でただの「ゴミクズ(紙切れ)」となりました』

教国の神殿で、ガルディアの王宮で、王や枢機卿たちが「な、何だと……!?」「市場を確認しろ! 嘘だと言え!」と泡を飛ばして絶叫する。

『現在、あなた方の国の国庫は完全に空っぽ。明日には、全ギルドからの容赦のない債務回収と、兵士たちへの給与未払いによる「大暴動」が始まります。――これが、私の計算した、あなた方の「愛と正義の結末」ですわ』

ルミエラは、大画面の向こうの無能な支配者たちを、心の底から見下すように微笑んだ。

『私を「悪役令嬢」と呼び、世界の秩序を乱す者として排除しようとしたツケは……あなた方の国の「全財産」という形で、合法的に毟り取らせていただきます。――さあ、破滅のチェックメイトを、お楽しみになって?』

ルミエラがパチンと指を鳴らすと、通信は途絶えた。

その瞬間、大陸全土の経済は完全にマヒし、戦う前にすべての国が「財政破綻」という、物理的な暴力よりも遥かに残酷な地獄へと突き落とされたのだった。

4. 泥の中の狂気

その「世界大戦の幕開けと同時に訪れた、連合国の完全自滅」のニュースは、ルミナス王国の辺境にある『ガルバ地熱炭鉱』の底にも、容赦なくもたらされていた。

「嘘だ……、嘘だろ……。ルミエラ様が……世界を、大陸のすべてを、たった一枚の書類で降伏させたって……?」

元側近のカイルが、ツルハシを握ったまま、狂ったように笑い始めた。彼の精神は、終わりのない重労働と、かつて自分たちが手放した「幸福」のあまりの巨大さの前に、完全に崩壊しつつあった。

「アハハ、ハハハ! 僕たちは、あんな神様みたいな女の子を、マリアなんかと比べて、いじめて、追い出したんだ……! バカだ、僕たちは全員、救いようのない大バカ者だ……!」

「カイル……、おい、しっかりしろ……!」

エドワードが泥まみれの顔でカイルの肩を揺さぶるが、カイルはただただ、炭鉱の壁に向かって笑い続けるだけだった。

エドワードは、冷たい炭鉱の地面にへたり込み、自分の両手を見つめた。

マリアが自作自演で汚したあの教科書。

階段から転げ落ちて泣き真似をしたあの夜。

あの時、自分が「正義のヒーロー」気取りでルミエラに言い放った言葉のすべてが、今、ブーメランのように自分の胸を、人生を、文字通りズタズタに切り裂いていた。

「ルミエラ……、ルミエラぁ……! 俺が悪かった……、お前が、お前が俺の王妃になって……この国の予算を、俺の人生を、もう一度だけ計算してくれ……! 頼むから……、頼むからぁ……!!」

エドワードの血を吐くような絶叫は、誰に届くこともなく、ただ年中吹き荒れる地熱の嵐の中へと虚しく消え去っていった。

炭鉱の底の虫けらたちがどれほど泣き叫ぼうとも、世界の中心で神の如き知略を振るう悪役令嬢が、その泥の底を振り返ることは、万に一つも、絶対に、あり得ないのだ。

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