第70話 エピローグ
侍女が謁見の間のドアを開けた。玉座には国王のカーティスと王妃のアデラが座っていた。
イリスは二人の石化が解けたことに涙を流し、カーティスとアデラのもとに駆けた。二人も玉座から降り、イリスを抱きとめた。
「よかった、お父様、お母様……」
術者を殺せば、石化は解ける。メアリーが死んだことで、石化した人々は全員、もとに戻ったようだ。
カーティスはイリスを抱きしめた。
「ライオネルから聞いている。よくやったな、イリス。よくぞ国を守った!」
イリスは嗚咽を漏らし、今までの不安を洗い流すように泣いている。ライオネルはそれを見て、涙を流した。
「姫様は本当にご立派でした」
カーティスはイリスのうしろにいるカルロス、ホセ、フィオナにも視線を向けた。
「よくイリスを支えてくれた。特にカルロス、お前は敵将であるリース国王を生け捕りにしたそうではないか。なにか褒美をやらねば。何が欲しい?」
カルロスはカーティスに跪いた。
「俺の望みはただひとつ。イリスと一緒にいたい。ただそれだけです」
イリスは涙に濡れた顔をカルロスに向けた。驚きのあまり泣き止んでいる。
カーティスはイリスを離し、カルロスと向き合った。
「男同士、腹を割って話そうか」
カーティスはカルロスだけを連れ、応接室へときた。ソファーに座り、正面の席をカルロスにすすめた。
「一緒にいたいというのは、結婚がしたいという認識であっているか?」
カルロスはカーティスを緑の瞳で真っすぐに見つめ、うなずいた。
「わかっているのか? 遊牧民の生活を捨てるということだぞ?」
「わかっています。長には話をつけ、俺はルーベンス王国の騎士になるつもりでここへ向かっていました。まぁ、陛下が石化してしまい、それどころではありませんでしたが……」
カーティスは苦笑しているカルロスを眺め、尋ねた。
「なぜ騎士になろうと思った?」
「王女であるイリスの隣に立つのに、ただの遊牧民ではだめです。功績を立て、イリスの隣に立てる資格を得たかった」
「そうか。お前は見事、それを成し遂げたというわけか……」
カルロスはうなずいた。
「今ならイリスに想いを伝えられます」
カーティスはカルロスをじっくりと見たあと、盛大に笑った。
「なんだ、お前、まだイリスに何も言っていないのか?」
カルロスはわずかにたじろいた。
「イリスにはユアン王子という婚約者候補がいます。彼に対抗できるものを俺は持っていなかった」
カーティスは面白そうにじっとカルロスの緑の瞳を見つめた。
「お前は幼いころから、お茶会の際、長のエイブラハムと共に挨拶にきていたな。てっきり、エイブラハムの跡を継ぐのかと思っていた。長になりたいとは思わなかったのか?」
「イリスにも尋ねられました。そのときに、イリスと一緒にいたいという気持ちの方が勝ったんです。俺は観念しました」
カーティスはそれに笑い、うなずいた。
「イリスはいずれこの国の女王となる。それを支えられる伴侶は誰かと、ずっと見定めてきた。まさかそれが遊牧民の男とは思わなんだ」
カーティスは膝を叩き、カルロスに微笑んだ。
「イリスを頼んだぞ」
「……はい!」
カルロスはカーティスに深々と頭を下げた。
秋のお茶会に合わせ、イリスとカルロスの婚約が発表された。
いつもなら円卓を囲むお茶会も、今回は大広間で婚約披露パーティを兼ねたお茶会が開催されている。
イリスは緑のドレスに身を包み、カルロスはタキシードで祝いを述べる人たちの応対をしていた。
ホセとフィオナはそれを遠巻きに見ている。フィオナは紫のドレスに身を包んでいた。
「カルロス、まさかイリスと婚約までこぎつけるとはね」
「一心にイリスちゃんを想っていたからな。ユアン王子の従者としては複雑な心境もあるけど……」
ホセの言葉に、フィオナは微笑んだ。
噂をすればユアンがイリスとカルロスに近づいていた。祝いを述べていた男性がユアンに気づき、そそくさと去っていく。
イリスはユアンに微笑んだ。
「まさかアルド王国の代表としてユアンが来てくれるとは思っていなかった」
「俺が希望したんだ。直接、お祝いを言いたくてな」
ユアンは笑みを浮かべ、そう言った。どこか気まずそうにしているカルロスを一瞥した。
「イリスの大事なときに、いつもそばにいたのは、カルロスだった。お前こそがイリスに相応しい」
ユアンはカルロスの肩を軽く叩いた。カルロスは小さく微笑んだ。それからユアンはイリスに小声で言った。
「陛下はルーベンスの援助要請を断ったことを深く後悔していたぞ。ルーベンスがまさかリース国王を討ち、圧勝をするとは夢にも思っていなかったらしい」
イリスはそれに微笑み、ユアンはふたりと乾杯をしてから立ち去った。
パーティは終わり、主役の二人は夜の帳が下りた静かな庭を歩いていた。
カルロスは肩を回している。
「気軽な庭のお茶会の裏で、堅苦しいお茶会が行われているなんて思ってもみなかった」
イリスはそれに笑った。
「今日は婚約パーティを兼ねていたから、そこまでじゃなかったわよ。いつもは円卓で、国の重鎮や国賓と顔を突き合わせるのよ」
カルロスはわずかに苦い顔をした。
イリスはくすっと笑い、カルロスの正面に立ち、緑の瞳を見つめた。
「婚約を取りやめるなら、今の内よ」
カルロスは小さくため息をついた。
「それができたらなぁ、気が楽なんだろうけど。イリスと一緒にいたいと想う気持ちの方が強い」
イリスが微笑むと、カルロスはその場に跪き、イリスの手を取った。緑の瞳が熱を持ってイリスを見上げた。
「俺と結婚してください」
イリスはさらに深く微笑み、うなずいた。
「私もカルロスと一緒にいたい」
カルロスは甘く微笑み、イリスを抱きしめた。カルロスの鼓動が心地よく、イリスが瞳を瞑ると、カルロスはそっとイリスの頬に手を添えた。優しくキスを贈る。
「これからも一緒に時を刻んでいこう」
イリスはうなずき、カルロスの緑の瞳を見つめた。初めて会ったときから、この綺麗な瞳が好きだった。
二人が寄り添うのを、夜空に輝く月が照らしていた――。
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