第68話 一縷の望み
イリスたちは庭に出て、フィオナは木に手を当てた。
「おばあちゃん」
しばらくして、森の魔女の怒鳴り声がした。
『フィオナ、お前、戦争に行っていたんだって?』
フィオナは姿勢を正し、慌てて言った。
「誰から聞いたのさ?」
『ライオネルだよ。お前、あれほど人に深入りするなと言っただろう!』
「戦争には行ったけど、イリスのそばにいただけだよ。魔法は使っていないし、戦ってもいないよ」
フィオナの弁解に森の魔女は盛大なため息をついた。
『それで、何の用だい? わたしは忙しいんだよ』
「薬の方はどうかなって思って……」
また森の魔女はため息をついた。
『今は石化させた動物を使って、実験をしているところだよ。わたしだって解呪の薬を作るだなんて滅多にやらないんだ。一年で作れって無理あるんだよ』
それに泣き止んでいたイリスがまた涙を流した。カルロスがそっと背を撫でる。
『おや。イリス王女殿下、泣くんじゃないよ。ちょっと言い方がきつかったかね』
森の魔女は優しい声色で、イリスを慰めた。
フィオナは困ったような顔で言った。
「犯人の手がかりがなくなって、こっちは今、お手上げ状態なんだよ。だから、おばあちゃんの方で希望を見いだせないかと思ったんだけど……」
『そうかい。いい報告ができなくて悪かったね。まぁ、できる限りのことはやるさ。代償はもらっているからね』
フィオナは木から手を離し、イリスを振り返った。
「いったん、情報を整理しよう。もしかしたら見落としていることがあるかもしれない」
イリスの部屋に戻り、イリスたちはお茶を飲み、クッキーをつまみながら話すことにした。イリスはお茶を飲むと、少しだけ気分が落ち着いた。
ホセは腕を組み、天井を眺めながら今までを振り返った。
「城を襲撃した犯人が、サリス学園の校章を落とし、それをきっかけにサリス学園へ行った。そもそもなんで城を襲撃するのに校章なんて持っていたんだ?」
カルロスもうなずいた。
「身分がばれるようなもの身に着けてくるか?」
フィオナはそれに両手を振った。
「待って、待ってよ。まさかそこからあたしたちの推理、間違っていた? 校章は犯人が持っていたんじゃない?」
イリスはそれに思考を巡らせた。
そもそも犯人が持っていたという推測は、ルーベンス城にサリス学園の関係者が出入りしていないのが前提だった。しかし、シャーロットがいた。まさかシャーロットが落としたのか。なら、シャーロットが接触してきたとき、そう言っていたのではないか。
そして、イリスは思い出した。シャーロットはおそらく犯人のひとりはメアリーだと言っていた。
「なぜ校章を持って、城を襲撃したのかはわからないけど、犯人のひとりはメアリーよ。けど、石化の魔法をかけたのはメアリーじゃない。森の魔女は魔法をかけた人が死ぬことでも魔法が解けると言っていた。けれど、お父様とお母様は石のままだもの」
カルロスはうなずき、それからまた疑問を提示した。
「妖精教に結びつけたのは、リチャードがイリスをさらおうとしたときに言ったからか?」
「メアリーの部屋にも妖精教のペンダントがあった。そして、リチャードに私をさらうように指示したのは、妖精教宗主のジェイソン・クーパーだった」
ホセは唸った。
「そこだな。二人とも妖精教でイリスちゃんをさらおうとしたけど、それぞれ別の思惑だったんだ。オレたちはそこが繋がっていると考えてしまった」
フィオナはクッキーを口に放り込み、ソファーの背にもたれた。
「リチャードは宗主経由で依頼され、黒幕はリース国王だった。こっちは城襲撃については無関係。城襲撃に関係ありそうなメアリーまではたどり着いたけど、こっちは死んでいて、それ以上の情報はないと……」
イリスたちは大きなため息をついた。
そのとき、イリスはふとシャーロットが『調査中』と口にしたことを思い出した。
石化事件について影が動いている――。
「……まだ犯人の手がかりを得る方法は残っている?」
ぽつりと言ったイリスに視線が集まった。カルロスは尋ねた。
「どんな方法だ?」
「『思わぬ味方』よ」
カルロスは苦笑する。
「また言えない『思わぬ味方』か」
「ええ。今は報告が上がってくるのを待つしかない」
イリスはそれに一縷の望みをかけることに決めた。
それから数日が経ち、夕食をイリスの部屋でとっているときだった。部屋のドアをノックする音がした。イリスが返答すると、そこに姿を現したのは、シャーロットだった。
「先輩方、お久しぶりです」
サリス学園にいたころと変わらないシャーロットの笑顔に、カルロスは呆気にとられた。
「お前、なんでここにいる? イリスに会いたいあまり、ここまできたのか?」
シャーロットはそれに笑った。
「そうなんです。イリス先輩に会いたくてきちゃいました」
フィオナは苦笑した。
「そんな理由で、よく城に入れてもらえたね」
「わたし、実はルーベンスの貴族と繋がりがあるんですよ」
シャーロットはお辞儀をして見せた。それにホセは、はっとした。
「まさかシャーロットが『思わぬ味方』か?」
カルロスとフィオナも問うようにイリスに視線を向けた。イリスはまさかこんな堂々と会いに来るとは思っておらず、影であることを言えない以上、何と答えたらいいかわからなかった。
シャーロットは首を横に傾げた。
「『思わぬ味方』?」
「イリスをリチャードから守ったのはお前か?」
カルロスの問いに、シャーロットは合点がいったようで、うなずいた。
「そうです。それ、わたしです」
「どうやって……?」
カルロスはシャーロットを見た。今は城に相応しい淡いピンクのドレスを着ている彼女に男性五人を押しのけられるとは思えなかった。
「大声出しました。そしたら、リチャード先輩たちは驚いて、逃げ出してくれましたよ。あのときは、危なかったですね。ね、イリス先輩」
イリスは苦笑し、話を合わせてうなずいた。実際は男性五人を軽くあしらい、投げ飛ばしていたのだが。
イリスは期待を込めた視線をシャーロットに向けた。
「それで、報告をしにきてくれたのでしょう?」
シャーロットはうなずき、ドアを見た。
「その前に紹介したい人がいます」




