第67話 終戦
カルロスはアンドリューを拘束し、ルーベンス王国軍の陣営に向かっていた。その脇を意気消沈したリース王国軍の兵士たちが重い足取りで撤退している。それを不思議そうに見ていた。
「死に物狂いで王を取り戻しに来ないのか」
アレックスは苦笑し、自身とカルロスの馬を引きながら横を歩いている。
「国同士の戦争は、お行儀がいいんだよ」
本陣で待っていたイリスの前にカルロスはアンドリューをつきだし、跪かせた。アンドリューは肥えた体を震わせ、イリスを見上げた。
「イリス王女殿下、ご慈悲を……」
イリスはそれを冷たく見下ろす。
「宣戦布告取り下げの条件として、私を求めましたね。理由を述べなさい」
「あなたが時の妖精の加護を受けた方だからです」
イリスはそれに顔をしかめた。
「誰からそれを?」
それにアンドリューはきょとんとした。
「誰だったか……。誰だったかな……」
答えられない焦りからアンドリューは脂汗をかいている。イリスがため息をつくと、アンドリューは大きく体を震わせた。
「それで、何がしたかったのですか?」
「わしは若返りたかった。このまま年老いて死んでいくのは耐えられない。若返り、王として君臨し続けたかった……」
イリスは視線からさらに温度を失くした。
「そのためだけに戦争を? 私を手に入れるためだけに?」
アンドリューは血走った目でうなずいた。
「妖精教に私をさらうように指示したのもあなた?」
アンドリューはそれにもうなずいた。
イリスはさらに尋ねた。
「城を襲うように指示したのも?」
アンドリューはそれには勢いよく首を横に振って否定した。
「まさか! わしはそんなこと指示しておりません!」
アンドリューに聞きたいことすべて聞いたイリスは、ピーターに視線を向けた。
「戦犯として処理なさい。私たちも撤退の準備を」
それにアンドリューは涙を流し、背を向けたイリスに叫んだ。
「イリス王女殿下、ご再考を! お助けください!」
アンドリューの悲痛な叫びに、イリスの心が動くことはなかった。
テントに入り、イリスは崩れるようにして椅子に座り、額に手をやった。
カルロスはイリスの横に立ち、肩に手を置く。イリスは疲れた顔に笑みを浮かべた。
「カルロス、ありがとう。おかげで、リース王国軍との戦いに勝ち、リース国王から情報を得られた」
「大丈夫か? 顔色、相当悪いぞ」
「少し疲れただけ。妖精教を動かしたのはリース国王だった。城の襲撃事件については妖精教の独断のようね。妖精教の宗主の話を聞くにはどうしたらいいかしら……」
ホセは心配そうにイリスを覗き込む。
「一旦休もうぜ、イリスちゃん。戦争に勝ったんだ。まずは、それを喜ぼう」
フィオナも気遣うように、水を差し出した。
イリスはそれに弱々しい笑みを浮かべた。
リース国王アンドリューの処刑は、クルトで行われた。民衆が見守る中、最後まで泣き叫びながら、首をはねられ、生を終えた。
この日はリース王国第一王子、フランク・リースがイリスのもとに馳せ参じていた。フランクはアンドリューと似ても似つかない好青年だった。
玉座に座るイリスにフランクは跪き、そのフランクのうしろにはひとりの男性が同じように跪いている。
「イリス王女殿下、父のしでかしたこと心よりお詫び申し上げます」
イリスは宰相のライオネルに視線を送る。ライオネルは持っていた品を差し出した。
「リース国王の遺品です」
それをフランクは丁寧に辞退した。イリスは紫のドレスを揺らし、立ち上がった。
「あなたをリース王国の国王に任命いたします」
フランクは深く頭を下げた。
「謹んで拝命いたします」
「それから、賠償はこのとおりに」
イリスがそう言うと、ライオネルはフランクに書状を渡した。それに目を通し、フランクは深く頭を下げた。
「ご恩情に感謝いたします。それから、ご依頼のありました妖精教の宗主、ジェイソン・クーパーを連れて参りました」
それにジェイソンは深々と跪き、イリスの言葉を待っている。ジェイソンは肥えた体に白い装束を着ていて、雰囲気がアンドリューに似ている。
「妖精教の宗主、ジェイソン・クーパー、私をさらうようにリチャードに指示したのはあなたですか?」
「はい。陛下……、アンドリュー様に指示され、やむなく」
まるで自分は悪くないという口ぶりにイリスは顔をしかめた。
「城を襲撃するように指示をしたのもあなた?」
それにジェイソンは目を丸くし、顔を上げた。それにイリスは衝撃を覚えた。やっと父と母を石化した犯人にたどり着けると思っていたのに、まるで知らないそぶりだ。演技とは思えない。
ジェイソンは今までの冷静さはどこへやら、慌てたように身振り手振りを交えて言った。
「いったい何のことでしょう? 城を襲撃?」
「……いいわ。今のは、忘れてちょうだい。ピーター、ジェイソンの身柄を拘束して」
ピーターはうなずき、ジェイソンの腕を掴んだ。
「イリス王女殿下誘拐未遂の罪で、連行いたします」
それにジェイソンは顔を青くし、ピーターを見た後、イリスに訴えた。
「先ほども述べたように、アンドリュー様の指示です。わたしが罪に問われるのですか?」
「まさか問われないとでも思っていたのか?」
ピーターは呆れた顔で、ジェイソンの腕を引っ張り、立ち上がらせた。イリスは取り合わず、フランクに言う。
「実行犯はリチャード・トンプソンと男子学生が四人。リチャード以外は、名はわからないけど、必ずルーベンスに身柄を引き渡しなさい」
「御意」
フランクは頭を下げて、請け負った。
イリスの部屋にはカルロス、ホセ、フィオナが待っていて、戻ってきたイリスを出迎えた。
フィオナはイリスを椅子に座らせ、尋ねた。
「石化させた犯人はわかった?」
イリスは首を横に振った。そして、机を叩く。
「城の襲撃に妖精教が関わっていると思っていたのに。また手がかりがなくなってしまった……!」
イリスは涙を流し、取り乱している。フィオナはイリスの肩を優しく抱いた。
カルロスもホセもかける言葉が見つからず、ただ震えて泣くイリスを見つめているしかなかった。
「おばあちゃんに解呪の薬の進捗を聞いてみよう。ね?」
イリスは涙を拭いて、うなずいた。
父と母の石化からもうすぐ半年が経とうとしていた。




