第65話 宣戦布告
イリスは謁見の間で玉座に座り、リース王国の使者を出迎えた。
使者はリース王国の軍服を着た中年の男性だ。怯む様子もなく書状を読み上げた。
「我がリース王国はルーベンス王国に対し、宣戦布告をする。ただし、イリス・ルーベンスを差し出せば、布告は取り下げる」
イリスはそれに表情を崩さなかったが、内心、ここでも自分の名が出てきたことに驚きを隠せなかった。
「理由は?」
「申し訳ございません。わたしもそこまでは陛下から伺っておりません」
それに使者の男性は、下卑た笑いを浮かべた。イリスのそばで立っていたライオネルは顔をしかめ、イリスに耳打ちをした。
「あの男、切り刻みましょう」
イリスはふっと笑って、使者に厳しい表情を向けた。
「わたくしはその要求を拒否いたします。すぐさま立ち去り、お前の主に伝えなさい。『戦場で相まみえましょう』と」
「残念です、イリス王女殿下。御前、失礼いたします」
使者の男性はわざとらしく悲しげな表情を浮かべ、『王女殿下』を強調して言った。そして、恭しくお辞儀をして、殺気立つ騎士たちを横目に余裕の笑みを浮かべながら謁見の間を出た。
イリスは立ち上がり、宣言する。
「出陣する準備を!」
「御意」
その場に同席していた騎士団長のピーターが胸に手を当て、軽く頭を下げた。他の騎士たちも同様だ。一気に城は慌ただしくなり、切迫した雰囲気が走った。
イリスはルーベンス王国騎士団を従え、出立した。騎士団長のピーターが馬に乗り、先頭をいく。そのうしろをイリスが乗った馬が続き、ホセとフィオナが乗った馬がそれぞれ続いた。その後ろから騎士団が追随する。カルロスはその中にいて、騎士団の制服を纏っていた。
緊迫した空気に、クルトの住民たちは不安げにそれを見送った。
国境の近くの高台で陣を張った。全国各地から集まった兵は約一万二千。イリスはそれを眺めたあと、その先のリース王国の布陣に目をやった。
隣に立つピーターも同じようにリース王国の布陣を見ている。
「あちらの方が、若干数が多そうですね」
イリスは緊張感を漂わせながらうなずいた。
「苦しい戦いになるわね……」
リース王国軍が動き出した。イリスはピーターに目を遣り、うなずいた。馬上から手を差し出し、凛とした声を上げた。
「進軍開始!」
それに呼応するように雄叫びを上げながら騎士たちは剣を抜き、駆け出した。
イリスは強い視線で、それを見つめていた。イリスの両翼はフィオナとホセが固めている。二人も固唾をのんで、その光景を見ていた。
戦況はリース王国軍が有利だった。ルーベンス王国軍は押され、わずかに後退している。しかし、ルーベンス王国軍も奮闘していた。国王であるカーティスが石化で不在、代わりに大将を務めているのはその娘であるたった十七歳のイリス。怖いだろうに大将を健気に務めている。それを受け、兵士たちの士気はリース王国軍よりも高い。
夕刻になり、リース王国軍は撤退の鐘を鳴らし、ルーベンス王国側も同じく撤退の鐘を鳴らした。
テントではイリスとピーターの二人が顔を突き合わせていた。ホセとフィオナは端でその様子を見ている。
ピーターはあごに手をやり、明日の戦いをどう進めるかを検討していた。
「明日が正念場でしょう。兵士たちはよくやってくれていますが、不利な状況に変わりはありません」
イリスはうなずき、唇を噛んだ。それにピーターは目をやり、机の上に置かれた地図に目をやる。
「大切な話をします。フィオナさんとホセもこちらに」
フィオナとホセも机のそばに寄り、地図を見た。
ピーターは指を差す。
「本陣まで攻め込まれる前に、イリス王女殿下を連れ、このルートでアルド王国へ亡命してください」
それにイリスは、はっと顔を上げ、ピーターを見た。それにピーターは微笑みを返した。
「わたしは最後まで見届けます。アルド王国が援軍を断ったとて、あなたの亡命は受け入れてくれるはずです」
イリスは強い視線でピーターを見上げた。
「まだ負けが決まったわけではないわ」
「そうです。明日の戦局次第。しかし、危ういとなったら、わたしの指示に必ず従っていただきたい。ルーベンス王国はあなたを失うわけにはいかない」
イリスは薄い茶色の瞳を閉じ、うなずいた。
カルロスをテントに呼び寄せ、事情を説明する。聞いていたカルロスの表情は固い。
「状況はわかった。俺も明日はイリスのそばで、万が一に備えていればいいんだな?」
ピーターはうなずいた。
「イリス王女殿下に同行するのは、君たちが相応しい」
カルロス、ホセ、フィオナは重くうなずいた。
その夜、イリスは眠れなかった。簡易ベッドの上で、何度も寝返りを打ち、不安に胸が焼かれそうだった。
――まだ決まったわけではない。亡命する可能性があるというだけ……。
けれど、それは現実味を帯びていて、イリスは身を守るようにぎゅっと丸くなった。それでも震えは止まらない。
フィオナとホセは、テントの前で寝ずの番をしてくれている。カルロスはベッドの下でイリスに背を向けて横になり、規則正しく肩が上下していた。
イリスはそっとカルロスの背に寄り添った。
「……ん? イリス、どうかしたか?」
振り返ろうとしたカルロスに、イリスは震える手をカルロスの背に添えた。
「振り返らないで。少しだけ、こうしていてもいい……?」
カルロスは振り返るのをやめて、もとの姿勢に戻った。そして、うなずいた。
イリスは目を瞑り、カルロスの鼓動を感じながら、しばらくそうしていた。少しだけ震えがおさまったような気がした。
翌日。
リース王国軍とルーベンス王国軍が剣を交えはじめ、眠れぬ夜を過ごしたイリスは、それを一切見せず、毅然とした態度で戦場を見つめていた。
ルーベンス王国軍はやはり劣勢である。昼休憩を挟み、午後にはだいぶ後退していた。
ピーターが険しい顔でイリスに言った。
「ここまでです。急ぎ支度を」
イリスは苦しげな顔でうなずこうとしたときだった。
「あれ、なんだ?」
ホセの声だ。イリスがホセの指差す方向を見ると、百人弱の馬上の人が右側から駆けてきている。
フィオナは目を細めた。
「味方? 敵?」
カルロスとピーターもそれを凝視している。
その人の波は、リース王国軍の側面に斬り込み、蹴散らしはじめた。たまらず、リース王国軍は撤退の鐘を鳴らした。
イリスはピーターに顔を向けた。
「こちらも撤退を。あの一団が何者か確認して、ここへ連れてきてちょうだい」
ピーターはうなずき、撤退の合図を出すと、鐘が鳴った。ピーターはそのまま馬を走らせ、一団へと向かっていった。




