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時の守人~時に翻弄された王女イリスは諦めない~  作者: 冬木ゆあ


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第64話 戦争の気配②

 アルド王国の会議室に国王であるエリック・アルドが鎮座し、顔ぶれは国の重鎮たちだ。その中に第二王子であるユアンの姿もあった。粛々と議題の決議がなされていく。

 宰相であるナイジェル・クラークは次の議題へと移った。


「ルーベンス王国より書状が届いております。内容は、リース王国と開戦の兆しあり。援軍要請です」


 ナイジェルはエリックに書状を献上した。それにエリックは目を通す。その間、室内には言い知れぬ緊張感が漂っていた。ユアンも息を呑んでそれを見守っていた。

 難しい顔で書状を読んでいたエリックは、しばらくして顔を上げた。


「要請は却下だ」


 それに会議室はわずかに色めき立ち、ユアンは立ち上がった。


「なぜですか! 理由をお聞かせいただきたい!」


 エリックは茶色の瞳をユアンに向けた。


「この書状の差出人は、イリス第一王女。ルーベンス国王ではない。書状内には、国王は病で伏せられていると書かれている。我が国への要請の書状をまだ王位継承もしていない王女に書かせるほど、国王は弱っているということだ」


 それにユアンは言葉を失い、イリスの現状がいかに深刻なのかを思い知った。ホセへの緊急の知らせはこのことだったのだろうかとも思った。

 纏まらない思考の中、ユアンは口を開いた。


「ならば、なおさら要請を受け入れるべきです。イリスには荷が重い。イリスはわたしの婚約者です」

「まだ候補だろう。お前とイリス王女の結婚をもって、同盟契約の運びになるはずだった。だが、この状況、アルド王国が参戦すれば、ボリス三大大国間での戦になる。それがいかに危険なことかわからないのか」


 エリックの冷静な判断に、ユアンは反論する言葉をもたなかった。机に置いた手に力がこもる。エリックは左手に持った書状に目を向けた。


「しかも、ルーベンスを率いるのは若干十七のイリス王女になるだろう。共倒れだけは避けたい」


 エリックも王位を継いだばかりの二十歳という若い王。イリスもエリックもそう年は変わらない。どちらも戦争に、しかも、大国間での戦争経験はない。リース王国の老狸相手にどこまで立ち回れるか。エリックが二の足を踏む理由も大いにわかる。ユアンは唇を噛みながら、力なく椅子に座った。

 エリックはユアンから視線を重鎮たちに移した。中にはユアンの様に落胆の色を見せている者も少なくはなかった。


「他に異議のある者は?」


 それに答える者はいない。

 エリックはナイジェルに顔を向けた。


「では、次の議題だ」


 ユアンはその声を、奥歯を噛みしめ聞いた。その後の議題については頭に入ってこなかった。


 部屋に戻ったユアンは、開口一番に叫んだ。


「くそっ!」


 その顔は苦々しい。ユアンに付き従っているフレディは静かに尋ねた。


「ホセを呼び戻しましょう。アルド王国は一切、この件に関わりません」


 ユアンは椅子に座り、顔に手をやった。


「それはダメだ。ホセは俺の側近ではあるが、それ以前に、イリスの仲間だ。アルド王国が援助しない上に、イリスの精神的支柱まで奪うわけにはいかない……」


 それにフレディは顔をしかめた。


「しかし、陛下に知られれば……」

「そのときは、ホセを手放すまでだ。あいつだってイリスを見捨てたアルド王国にいたいとは思わないだろう。イリスにやったと言えばいい」


 ユアンは疲れた顔に笑みを浮かべ、フレディを見上げた。


「イリスが困ったときに力になれない。なにが婚約者候補だ」


 フレディは悲痛な表情でそれを見ていた。ユアンは顔を手で覆った。


「ルーベンスの勝ち目は薄い。それをイリスもわかっているから、要請してきたんだろう。負ければ、ルーベンス軍を率いたイリスは死刑、よくて老狸の妾か?」


 ユアンは悔しさのあまり、涙を流した。


 ルーベンスの会議室では、イリス、宰相のライオネル、ルーベンス王国騎士団長のピーター・クラークが地図を眺めながら話していた。

 ピーターは苦々しく言った。


「リース王国はルーベンスとの国境を閉鎖しました。宣戦布告も間もなくでしょう」


 イリスはそれに硬い表情でうなずいた。


「アルド王国からの返信はまだ?」

「はい。もう来てもおかしくない頃ですが、あまり期待しない方がいいかもしれません」


 そう答えたのはライオネルだ。こちらの表情も暗い。

 イリスはピーターに顔を向けた。


「準備は進んでいる?」

「ええ。なんとか間に合いそうです。しかし、リース王国は国土拡大政策で、近隣諸国との戦争経験が豊富です。それに対し、ルーベンスは陛下の御代から戦争の経験がありません。その差は大きい」


 イリスは口元に手をやり、考え込んだ。ここまで来た以上、リース王国との戦争を避ける道はないだろう。こちらに戦う意思がなくても、攻め込まれれば、否が応でも応戦しなければ、国民を守れない。


「私たちの目的は、リース王国の国土ではない。自国を守れればいい」


 ピーターは恭しくイリスに頭を下げた。


「お任せください。必ずや御身をお守りいたします」


 イリスは小さく微笑み、うなずいた。


 イリスが部屋に戻ると、そこにはカルロス、フィオナ、ホセが待っていた。

 疲れた顔をしているイリスは、フィオナの隣に座った。

 ホセはイリスに尋ねた。


「アルド王国から連絡はあったか?」


 イリスは弱々しく首を横に振った。それにホセは舌打ちし、苛立っている。


「遅い……。アルド王国が援助を決めなければ、オレは、参戦できない……!」


 フィオナも難しい顔をしている。


「あたしも、これは人間同士の戦いだから、表立って参戦はできない」


 イリスは口元に笑みを浮かべた。


「気にしないで。これはルーベンスの問題。みんなに戦ってほしいとは思っていない」


 それにカルロスは真剣な表情で言った。


「俺は参戦する。元々、国王夫妻の石化がなければ、ルーベンス王国騎士団に入団するつもりでいたんだ」


 それにイリスは薄い茶色の瞳を見張った。


「遊牧民の生活を捨てて?」

「ああ。やりたいことが見つかったからな。だから、俺は、イリスと一緒に戦う」


 ホセも笑みを浮かべて言った。


「イリスちゃんを守るだけなら、ユアン王子の命令通りだ。前線に立てなくても、イリスちゃんの盾にならなれる」


 フィオナもイリスに黄金の瞳を向けた。


「あたしも、ホセと同じ。イリスのそばにいることならできる」

「ありがとう。とても心強い……」


 イリスは久しぶりに心からの笑顔を浮かべた。


 それから二日後に、アルド王国からの書状が届いた。イリスはそれに目を通し、重いため息をついた。

 そして、同日にリース王国が宣戦布告した。

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