第62話 学園祭③
「シャーロット、あなた……」
「申し遅れました。わたくしはルーベンス国王陛下の影、シャーロット・レジェノと申します」
「影……」
そんな存在があることをイリスは今まで知らなかった。驚きを隠せず、口元に手をやる。そんなイリスをシャーロットは安心させるように微笑んだ。
「あなたが女王陛下になられたとき、すべてわかります。陛下が石化している今、我々はあなたが主人であると判断し、姿を現しました」
「お父様が石化したことを知っているの?」
「ええ。影は常に陛下のそばにあります。わたしが知ったのは、メアリーの事件の後ですが……。あなたから『ルーベンスにきたことがあるか』と問われたときは、驚きました。何度か登城したことがあったので、姿を見られていたのかと。校章の件も聞いています。わたし、疑われていたんですね」
シャーロットはそう言って苦笑を浮かべた。イリスはそれに苦笑で返す。
「ええ。私たちはシャーロットかメアリーが犯人だと考えていたわ」
イリスの言葉に、シャーロットは苦笑を深めたが、それも一瞬で、すぐに真剣な表情をイリスに向けた。
「今すぐ国へお戻りください。ここは危険です」
イリスは、はっとした。
「まさか私に忠告したのもシャーロット?」
「はい。お伝えしようにも、あなたのそばには常にカルロス、フィオナ、ホセがいました。わたしの正体は彼らに明かせません。特にホセには。彼はアルド王国、ユアン王子の側近ですから」
イリスはそれにうなずき、首を横に傾げた。
「危険というのはどういうこと? シャーロットは犯人を知っているの?」
「おそらくメアリーが犯人グループのひとりでしょう。それ以外は調査中です。危険というのは、リース王国そのものです。ルーベンスに対し、戦争を仕掛けようとする動きがあります」
イリスは考えてもいなかった事態に息を呑んだ。
「……だから、お父様は影をリース王国に?」
「そうです。一年ほど前、アルド国王陛下が亡くなる少し前のことです。リース王国がアルド王国に同盟を持ちかけた。それをアルド国王陛下は断り、内々にルーベンス国王陛下にお伝えくださったことがはじまりです」
イリスはあごに手をやり、考えながら言った。
「お父様はリース王国がアルド王国と手を組み、ルーベンス王国を挟み撃ちにしようとしたのではと考えたということね」
シャーロットは口元に笑みを浮かべた。
「さすがです。それで、影をリース王国に送り、内情を調べていた。メアリーの事件の後、同じ影の者から『リース王国が戦争をはじめる動きあり』と報告を受け、あなたに警告しました。戦争がはじまってしまえば、あなたが捕らえられる可能性は高い」
イリスは青くなった顔でうなずいた。
「わかったわ。急ぎ、帰国の準備をはじめる」
シャーロットはほっとした表情をした。
「やっとお伝えができた。リチャードの件は、わたしにお任せください」
イリスがうなずくと、シャーロットは立ち上がった。
「それじゃあ、次に会ったときは、ただのシャーロットとして接してくださいね。もう大丈夫そうなんで、わたしはいきます」
そう言って、シャーロットは器用に建物のパイプに捕まって壁を上り、二階の窓に姿を消した。
「イリス!」
イリスが振り返ると、そこには血相を変えたカルロスがいた。肩で息をしている。
「お前なぁ! ひとりで何やっているんだ!」
「リチャードに少しその辺を歩こうと誘われて……」
カルロスはため息をつき、イリスの肩に手を置いた。それから辺りを見回す。
「それで、そのリチャードはどこにいるんだ?」
「それが、リチャードが私をさらおうとして……」
俯きがちに言ったイリスに、フィオナは目を丸くした。
「はぁ? リチャードが?」
「そう。妖精教の宗主が私に会いたいと言っていると……。私もなにがなんだか……」
ホセはイリスをまじまじと見た。
「よく無事だったな」
「ええ。ちょっと思わぬ味方がいたのよ」
カルロスはそれに首を横に傾げた。
「思わぬ味方?」
そこへ教師のジョンが血相を変えて駆けてきた。
「イリス王女殿下がさらわれそうになったと聞きました。ご無事のようで何よりです。安全が確認できるまで、学園長室で保護させていただきますので、ついてきてください」
イリスはうなずき、ジョンについて学園長室へときた。学園長のヒューはすでにそこにいてイリスを出迎えた。ソファーに座るように促し、イリスは座った。
「リチャード・トンプソンの他、男子生徒四人にさらわれそうになったというのは、本当ですか?」
イリスがうなずくと、ヒューは顔をしかめ、ひげを撫でた。
「今、リチャードを捜索しています。しばらくこちらでお待ちください」
イリスは言いづらそうに切り出した。
「……学園長先生、私、留学を取りやめようと思います」
ヒューは息を呑み、茶色の瞳を瞑った。あごひげを撫でながら言った。
「メアリーの事件に続き、今回はイリス王女殿下の誘拐未遂事件。あなたに不信感を抱かれるのもしかたがないですな。せっかく留学先に選んでいただいたのに……」
「学園生活は、いい経験でした」
微笑み言ったイリスに、ヒューは少しだけ安堵の表情を見せた。
その後、騎士団からの事情聴取を終え、騎士団の護衛のもとイリスは寮へ戻ることとなった。学園祭はイリスの誘拐未遂事件のため中止となり、生徒たちは全員、寮で待機になっている。学園祭の装いのまま閑散とした学内を歩く。
カルロスはイリスの横に並んだ。
「おい。なんで急に留学を辞める気になったんだ?」
イリスはカルロスを見て、先を歩く護衛の騎士団員を見た。小声で言う。
「元々そういう約束だったじゃない。ちょうどいい機会だから学園長先生にお伝えしただけよ」
学園祭後も駄々をこねて、サリス学園に残ると言うだろうと踏んでいたカルロスは、拍子抜けした様子だ。
「まぁ、いいけど……」
カルロスは首を横に傾げ、訝しげにイリスを見ていた。




