第59話 潜入⑤
翌日。
生徒たちは講堂に集められ、全校集会が開かれた。登壇しているのは学園長で、神妙な顔で話しはじめた。
「昨日、高等部三年のメアリー・リーが亡くなりました。まずは彼女の冥福を祈りましょう」
イリスは目を瞑り、亡くなったメアリーを想った。同級生として過ごした日々は短い。両親を石にした犯人のひとりかもしれないと疑ってはいたが、このような結末で彼女と別れることになったのは悲しいことだった。
しばらく黙とうしていた学園長は、また口を開いた。
「今日から騎士団の調査が入ります。みなさんはいつも通り過ごすように。変わったこと、なにか気づいたことがあれば、担任の先生に相談してください」
集会は終わり、イリスが出口に向かって歩いていると、リチャードが隣を歩き出した。
イリスはそれを横目で見た。
「昨日は大変だったわね」
「ああ。あの後、屋上も調査したが、争った跡も遺書も見つからなかった」
リチャードは茶色の髪をかき上げ、疲れの色が滲んだ顔を歪めている。
イリスは不思議そうな視線をリチャードに向けた。
「なぜ私にそれを伝えたの?」
「他殺の可能性が拭えない以上、イリスさんには自衛をしてもらわないといけない。他国からの留学生であり、ルーベンスの王女であるあなたに、なにかあれば国際問題だ」
リチャードの言葉にイリスはうなずき、
「気をつけるわ。忠告、ありがとう」
リチャードはそれにわずかに口元に笑みを浮かべ、足早に去っていった。
学内には重い雰囲気が漂っているが、学園祭の準備は刻々と進められていく。メアリーの件で学園祭が中止になるのではと噂が流れてはいるが、学園側からは中止とも、実行とも断言はまだされていない。騎士団の調査結果を待っているのかもしれない。
イリスたちが移動教室のため、廊下を歩いていると、騎士団の制服を着ている男性とすれ違った。
フィオナはそれをちらっと振り返った。
「物々しい雰囲気だよね」
「しかたがないわよ。人がひとり死んでいるんだもの」
イリスはそう答え、重い気持ちを軽くするようにため息をついた。
就寝時間までの時間を、イリスはベッドに横たわりながら台本を片手にセリフを口ずさんでいたが、台本を顔の上に置き、唸った。
「覚える量が多い……」
フィオナは机に向かっていたが、イリスを振り返った。
「大変だねぇ。あたしはセリフ少ないからもう覚えたよ」
イリスは起き上がり、フィオナに視線を向ける。
「フィオナは何やっているの?」
「せっかくだからね、文字を覚えようと思って」
フィオナはノートを見せた。そこには上手いとは言えないが読める字が書かれている。イリスは微笑み、褒める言葉を述べようとしたとき、ドアの下から紙が差し込まれたのが見えた。
「なにかしら……」
イリスはその紙をとりにドアまでいき、拾った。二つに折られており、広げると、イリスは目を見張った。慌ててドアを開け、廊下を確認したが、そこに人の姿はない。
フィオナがイリスの横に立った。
「なに? なんて書いてあるの?」
「『ここは危ない。国に戻れ』」
イリスが読み上げた言葉に、フィオナも目を見張った。
「いったい誰が……」
イリスの胸に言い知れぬ不安が沸いた。
翌日の昼休み。
中庭の片隅で、イリスはカルロスとホセにもその手紙を見せた。
ホセは難しい顔で言った。
「味方、だろうな……」
カルロスはうなずき、顎に手をやる。
「いったい誰だ? この手紙の差出人はなにか知っていると見た方がいい」
イリスは小さくため息をついた。
「わからないことばかりで、頭がパンクしそう……」
それにカルロスは顔をイリスに向けた。
「犯人のことだが、ロバートは恐らく白だ」
フィオナがカルロスを見上げた。
「なんでそう言い切れるの?」
「夏休み間、海の近くの別荘で過ごしていたと言っていた。毎年のことらしく、話を聞いていても矛盾はない。校章は踏んづけて、ピンが折れてしまったから再発行したとも言っていた」
イリスはそれにほっとしたような顔をして、すぐに真剣な表情に戻った。
「なら、メアリーかシャーロットのどちらかに絞られるわね……」
フィオナは腕を組んだ。
「メアリーは亡くなっているから、シャーロットをもう少し調べよう」
ホセはまだメアリーの死を引きずっているようで苦々しい表情でうなずいた。それに気づいたフィオナがホセの肩を叩く。
「まだ気にしているの?」
ホセはフィオナの黄金の瞳を見つめた。
「オレ、考えたんだよ。城を襲撃した犯人は四人。もしかしてメアリーは、他の犯人の誰かに殺されたんじゃないか? 正体がばれる前に口封じされたんじゃないか?」
イリスはホセの推測を聞き、口元に手を添えた。カルロスとフィオナも言葉を失っている。
「あの日、メアリーは他の犯人に屋上に呼び出され、突き落とされたんじゃないか? もしくは、死ぬように脅されたか」
カルロスはわずかに青くなった顔を横に振った。
「ホセ、それは無理だろう。他の誰にも見られずに、部外者が侵入できるはずはない……」
「そうか? 清掃員や食堂に務めている人もいる。紛れ込もうと思えばできなくないよ」
カルロスは黙った。フィオナはイリスの手にある手紙に視線を向けた。
「この手紙の差出人は、もしかして、そのことを知っていた? だから、イリスに忠告した?」
「まさか。そうだとしたら、私がこの学園にいる本当の理由を知っているってことじゃない」
カルロスとホセもイリスの持つ手紙に視線を向けた。カルロスはイリスの顔に視線を向けた。
「……今すぐ撤退した方がいいかもしれない」
ホセは茶色の髪をかき上げた。
「そうだな。メアリーの件を理由に留学を取りやめても、不思議じゃない」
イリスはそれに首を横に振った。
「だめよ。他に手がかりがないもの。手ぶらでルーベンスに戻れない」
カルロスはイリスの両肩に手を置いた。
「だとしてもだ。イリスに何かあってからでは取り返しがつかない」
イリスは言い返そうにも言葉が出ず、代わりに涙がこみあげてくる。こぼれ落ちないように必死にこらえていた。
フィオナはわずかに考える素振りを見せてから言った。
「予定通り、学園祭が終わるまでは続けてもいいと思う」
カルロスはフィオナに尋ねるような視線を向けた。
「メアリーを殺せるのなら、すでにイリスをさらっていてもおかしくない。けど、そうしないのは犯人側になにかそうできない理由があるからじゃないの? それに、ホセの話だって推測に過ぎない」
それを聞いたカルロスはオレンジの髪を掻いた。
「フィオナの言っていることだって、推測だろう?」
「そうだけど、ここでなにかしらの手がかりを得ないと、次の手が打てないのは確かだ。一年で解析、薬を完成させるのは、いくらおばあちゃんでも間に合うかわからない」
ホセは額に手を置いた。
「引くに引けないか。学園祭が終わるまで、イリスちゃん、無茶しないでくれよ」
「わかっている。シャーロットを徹底的に調べて、もし白であれば、メアリーが犯人だったとわかるはずよ」
意気込んで言うイリスにカルロスは呆れた瞳を向けた。
「本当にわかっているのか不安だな……」
それにホセとフィオナは苦笑し、うなずいた。




