第57話 潜入③
この日はミスコンの肖像画を美術部員が描く日で、イリスを担当しているのは二年の眼鏡をかけた女の子、アンだった。イリスは椅子に座り、微笑んでいる。その背後ではカルロス、ホセ、フィオナ、シャーロットが見守っていた。
「イリス先輩、気品が漂っていて素敵です! 今、キャッチフレーズを考えていて、『ルーベンスの秘宝』『異国の可憐な旅人』あたりがいいかなと思うんですが、どうでしょう?」
フィオナはそれに首を横に傾げた。
「ありきたりじゃない?」
「えー、そうでしょうか。じゃあ『魅惑の姫君』は?」
シャーロットはカルロスに顔を向けた。カルロスは苦笑する。
「俺に聞かないでくれ……」
イリスは思わず笑った。すると、アンが鋭い視線を向けてきたので、イリスは背を正し、微笑みなおした。
イリスが解放されたのは夕食間近で、そのまま食堂に向かうことになった。イリスは軽く伸びをする。
食事を受け取り、シャーロットも交えて食事をとっていた。
「わーい。イリス先輩とご飯食べられるなんて嬉しいな!」
シャーロットは浮かれた様子で食事を食べはじめた。
イリスはその様子を見て、微笑んだ。
「シャーロットは一年生だっけ? 初等部からサリス学園にいるの?」
「いいえ。高等部からです」
フィオナはチキンソテーを一口食べてから尋ねた。
「リース王国出身?」
「そうです。みなさんはルーベンス出身ですよね?」
フィオナはうなずき、カルロスとホセは首を横に振った。
「俺は遊牧民だから、国に属していない」
「オレはアルド王国出身」
シャーロットは目を丸くした。
「へぇ。どんな繋がりでイリス先輩の従者になったんですか?」
それにカルロスとホセは顔を見合わせ、カルロスが答えた。
「まぁ、いろいろと縁あって……」
シャーロットはわずかに首を横に傾げた。
「ふーん。みなさん、ルーベンスの貴族のご子息なんだと思っていました。――って、あまり身分の話はしない方がいいか。ここではみんな平等だから」
最後の方は、独り言のように呟いた。
イリスは水を飲み、シャーロットに尋ねた。
「もしかしてシャーロットはルーベンスにきたことがある?」
シャーロットはその質問に茶色の瞳を見張った。
「……なぜそんなことを?」
それにイリスは驚き、一瞬、言葉に詰まった。
「……ただ旅行かなにかできたことがある? と、聞きたかったの。聞き方が悪かったわね。ごめんなさい」
シャーロットは笑顔で首を横に振った。その顔には明らかに動揺の色が見られた。
「いいえ。こちらこそびっくりしちゃって、ごめんなさい」
ホセはすかさず聞いた。
「夏休み中に校章を失くしただろ? どこで失くした?」
「家に忘れてきただけです。おっちょこちょいで困っちゃう」
シャーロットはそう笑って答えた。
そのあとはいつも通りの明るいシャーロットだった。
部屋に戻ったフィオナは妖精王からもらったブローチを握り、話しかけた。
「カルロスかホセ、聞こえる?」
『聞こえている』
カルロスの声だった。ベッドに腰掛けているフィオナの横にイリスも座った。
「シャーロット、明らかに動揺していたわ」
『ああ。俺もそう感じた。まさかシャーロットが……?』
『その結論に至るのはまだ軽率だろう。校章の話のときは、嘘ついているようにはみえなかった』
今度はホセだ。イリスはあごに手をやり、考えてからうなずいた。
「そうね。まだ決めつけるのは早いかも……」
フィオナはイリスに顔を向けた。
「でも、ミスコンを理由にイリスに近づいてきた」
『そうだな。確証を得るにはどうしたらいい?』
カルロスは自問するようにそう言った。それにイリスたちは答えを出せずにいた。イリスは悔しげに唇を噛んだ。
カルロスの声がまた聞こえてくる。
『これ疲れる……』
フィオナは苦笑しながらうなずいた。
「魔力を使って通信しているからね」
『そうなのか? ホセ、変われ』
フィオナはくすりと笑った。
「今はこれくらいにして、様子を見よう」
通信を終え、フィオナは息をついた。
「確証か。どうやって犯人を追い詰めるか……」
「今はフィオナたちの誰かが私についてくれているけど、私がひとりで行動していたら、接触してくるかしら?」
フィオナは首を横に振った。
「だめだよ、イリス。それは危険すぎる」
イリスは俯きがちにうなずいた。
翌日。
三限目の授業は数学。教師のジョンが尋ねた。
「メアリーがいないね。誰か知らないか?」
誰も知らないようで、視線はメアリーの机に集まる。
ジョンは少し悩んだ後、
「もうしばらく様子を見よう」
そう言って、授業を開始した。
授業が残り半分となってもメアリーは姿を現さなかった。イリスはふとメアリーの席に視線を向けたとき、目の端に黒い影が落ちるのが見えた。はっとして、窓に視線を向けると、同じように何人かが窓に目を向けている。
窓際の席のリチャードが立ち上がり、窓を開け、下を見た。
「おい! 誰か倒れている!」
それに、生徒たちは窓に集まり、下を見た。女生徒が悲鳴を上げる。ジョンも窓からそれを確認し、血相を変えて生徒たちに視線を向けた。
「落ち着いて席に着きなさい。君たちは、この場で待機だ」
ジョンはそう言って、足早に教室を出ていった。
イリスも他の生徒たちとともに倒れている人を見ていた。黒髪の女生徒のようだ。血だまりが広がっていく。
教師たちが倒れている女生徒のもとに駆けつけ、抱え上げた。女生徒は仰向けになり、垣間見えたその顔に、イリスは息を呑んだ。




