第56話 潜入②
翌日の昼休み。
食堂で昼食を取っていたイリスのもとに、シャーロットがやってきた。
「イリス先輩、一年のシャーロット・フォーカードです。イリス先輩にお願いがあってきました」
まさかシャーロットから接触してくるとは思っていなかった。イリスは驚き、食べる手を止めた。引き攣りそうになる顔に笑顔を張りつけた。
「……なにかしら?」
「わたし、ミスコンの実行委員で、イリス先輩をスカウトに来ました。ぜひ出てください、お願いします!」
シャーロットは手を合わせて言った。
イリスはとうとう引き攣った顔を、カルロス、フィオナ、ホセに向けた。三人はうなずき、イリスは精一杯の笑顔を作ったが、口元がわずかに引き攣ったままだ。
「わぁ、留学のいい思い出になりそう。ぜひ参加させていただくわ」
感情を押し殺したため、棒読みになってしまった。
シャーロットは気にした素振りは見せず、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。担当はわたしがやりますね。絶対に優勝させてみせます!」
「ありがとう」
イリスは引き攣った笑顔でそう答えた。
その日の夜、イリスは部屋のベッドで身もだえていた。
「劇のヒロイン、ミスコン……」
同室のフィオナは髪を梳かしながら、苦笑している。
「イリス、大丈夫?」
「大丈夫……」
弱々しい声で答え、気分転換に配られた台本に手を伸ばした。パラパラと読んで、イリスは最後のページで手を止めた。
「……キスシーンある」
「はぁ?」
フィオナは勢いよく立ち上がった。
翌日の放課後から劇の稽古がはじまり、役者は教室の端に集められた。
フィオナはメアリーに詰め寄っている。
「キスシーンあるなんて、学生の劇としてどうなの?」
メアリーは「ああ」と言い、口の脇を指した。
「実際にはしないよ。口の端に口を近づけるだけ。観客席からならそれでキスしたように見える。まぁ、事故って、キスしちゃったなんて笑い話も過去にはあるけど」
「それ大丈夫じゃない……」
フィオナが呆れた顔をすると、イリスの相手役のリチャードは笑った。
「そんなミスしないよ。俺はまだ首とは仲良くしていたい」
それにイリスは苦笑した。
「そんな簡単に首をはねたりしないわよ」
リチャードは細めた目をイリスに向けた。
「イリスさんがはねなくても、君の従者にはねられそうだ」
それに笑いが起こり、フィオナとホセは顔を見合わせた。
メアリーは空気を変えるように手を叩いた。
「冗談言ってないで、はじめるよ」
それぞれ椅子に座り、読み合わせをはじめた。
一方、カルロスは大道具係の生徒たちと、昨年使用した大道具が置かれている倉庫へやってきた。
大道具係のリーダーであるジェームズが状態をじっくりと確認している。
「色が剥げているところがあるな」
「新規で作り直さないといけないものがないか、先に確認しておこう」
カルロスがそう言い、数人ずつ別れて確認することになった。カルロスはみんなから少し離れているロバートに近寄った。
「俺と組もう」
ロバートはぶっきらぼうにうなずいた。
カルロスは近くにあった木の張りぼてに手を添えた。
「これもまだ使えそうだ。なぁ、ロバート」
またぶっきらぼうにうなずき、カルロスはオレンジの髪を掻いた。
――これはなかなか手ごわそうだ。どうしたものか……。
カルロスは落ちていた刷毛を拾い、ナイフに見立てて、くるっと回したり、投げてはキャッチしたりと遊んだ。これをすると、考えがまとまりやすいのだ。
「……すげぇ!」
カルロスは驚いたように緑の瞳をロバートに向けると、ロバートはきらきらとした茶色の瞳で見ていた。
「それかっこいいな。オレにも教えてくれよ」
「ああ、いいぜ。でも、大道具のチェックが先な」
「早く終わらせようぜ」
ロバートは先ほどまでの気だるさはどこへやら、率先してチェックをはじめた。
翌日の休み時間。
相変わらずイリスの周りには人だかりができていて、フィオナ、ホセ、カルロスは教室の後方で、その様子を見守っていた。
すると、ロバートが笑顔でこちらに近寄ってくる。そして、木の枝を円をかいて飛ばし、キャッチして見せた。
「カルロス、どうだ?」
カルロスは笑みを見せた。
「おお。いいじゃん。貸して」
カルロスはロバートから木の枝を受け取り、手の上で回して見せた。ロバートはまた目を輝かた。
「その技も教えてくれよ!」
「これはちょっと難しいぜ」
カルロスもまんざらでもなく、ロバートにコツを教えている。
フィオナはその様子に驚き、笑顔でロバートに話しかけた。
「あたし、フィオナ。ロバートは大道具係でカルロスと一緒なんだっけ?」
すると、ロバートはフィオナと視線を合わせず、ぶっきらぼうにうなずいた。フィオナに背を向け、カルロスを見た。
「もう一回、見せてくれよ」
フィオナと話す気はないようで、フィオナは苦笑し、その場から離れた。
「なんだかカルロス、懐かれているみたい」
「まぁ、ロバートはカルロスに任せよう」
ホセはそう言って、メアリーに話しかけた。
「なんの本を読んでいるの?」
メアリーは本からホセに視線を移した。
「『ルイスとミュリエル』よ。劇でやるから、理解を深めるために読み直しているの」
ホセは目を丸くした。
「真面目だなぁ」
「毎年、三年生が演じているの。よりよいものにしたいじゃない」
ホセはその場にしゃがみ、机に肘をついて頬に手を添えた。
「なぁ、メアリーはルーベンスにきたことある?」
メアリーは本に戻した視線をまたホセに向けた。
「ないわね。どうして?」
「夏休み中に校章を失くしただろ? ルーベンスに来たときに落としたんじゃないかと思って。イリスちゃんが持ち主を探している」
ホセは探るようにメアリーに視線を向けていると、メアリーはため息をついた。
「学園長にも同じようなことを聞かれたわ。でも、それはわたしじゃない。読書をしたいの。話しかけないでくれる?」
ホセは笑みを浮かべ、立ち上がった。
「お邪魔しましたぁ」
ホセはフィオナの元に戻ると、フィオナはホセを引っ張り、廊下へと出た。
「あんな直球で聞く? 犯人がルーベンスに行ったって言うと思う?」
「いや、動揺を見せてくれないかなと思って……」
フィオナは頭を掻くホセの首元を掴んだ。
「もっと慎重にしないと。あたしたちが怪しんでいると思われると動きにくい」
それにホセは真剣な目をフィオナに向けた。
「でも、時間もない。ずっと学園生活を楽しんでいるわけにもいかないだろう」
フィオナは言葉に詰まり、ホセから手を離した。ホセは乱れたネクタイを締め直した。
「イリスちゃんが危険を承知で身をさらしている。それに食いついてもらわないといけないんだ。こちらは犯人の目星がついてないんだから」
「……ホセって何も考えてないようで、ちゃんと考えているから、時々、調子狂う」
ホセはしゅんとしているフィオナを横目で見て、微笑んだ。
カルロスが開いている教室の扉から顔を出した。
「どこ行ったのかと思えば、こんなところでなにしている?」
フィオナは軽くため息をつき、微笑んだ。
「ちょっと痴話げんか」
「いちゃついてました」
フィオナとホセはお互い顔を見合わせ、ちょっと笑った。




