第55話 潜入①
「サリス学園にくるってこういう意味だったのか……」
カルロスはため息をついた。
イリスたちは学園長室のソファーに座り、サリス学園のグレーの制服に身を包んでいる。
ドアをノックする音がして、イリスたちが顔を向けると、初老の男性が入ってきた。恭しく頭を下げる。
「イリス王女殿下、学園長のヒュー・スミスです」
イリスは立ち上がり、お辞儀をした。
「イリス・ルーベンスです。この度は留学の許可をいただき、感謝いたします」
ヒューはイリスの正面のソファーに座った。
「留学先に我が学園をお選びいただき、光栄です。本来なら従者の入学は一名までですが、イリス王女殿下の御立場を鑑み、護衛として二名の入学も許可いたします」
「ありがとうございます」
イリスは穏やかに微笑んだ。それから、ヒューにバッチを差し出す。
「この学園の校章でお間違いないでしょうか?」
ヒューは老眼鏡をかけ、バッチをじっくりと眺めた。
「間違いないです。これをどこで?」
「知人から預かったのです。落とした方が困っていないかと思いまして……」
「ありがとうございます。夏休み明けに校章の再発行をした者は、三名だったはず。そのうちの誰かでしょう」
イリスはにこやかに首を横に傾げた。
「どなたでしょうか? せっかくですから、私から返して差し上げたいです」
「三年のロバート・ブラックマンと、メアリー・リー。一年のシャーロット・フォーカードだったかな。イリス王女殿下のお手を煩わせるのは申し訳ない。こちらで確認をとりましょう」
イリスはそれにうなずいた。それからヒューは戸惑った顔を見せた。
「念のため確認なのですが、フィオナさんは、中等部ではありませんよね……?」
「ええ。フィオナは十八ですから、三年で間違いありません」
ヒューはフィオナの顔をじっくりと見ながら、うなずいた。
学園長室を出て、フィオナは不機嫌そうに言った。
「この中で一番年上はあたしなんだけど!」
イリスは苦笑しながら、先を行くフィオナの背中を見た。
ホセは頭のうしろで手を組んで、イリスの隣を歩いている。
「なぁ、イリスちゃんの素性は隠しておいた方がよかったんじゃないか?」
それにカルロスもうなずく。
「狙われているのに無防備じゃないか?」
「犯人を探し出すタイムリミットは一年。手がかりがないのだから、犯人から来てもらうのが一番いい。それに、みんなが守ってくれるでしょう?」
イリスはカルロスとホセを振り返り、微笑んだ。それにホセは苦笑した。
「イリスちゃん、強かになったな」
「違う。無謀って言うんだ」
カルロスは呆れた顔をイリスに向けた。
翌日からイリスたちは授業に参加した。ルーベンス王国王女の留学ということで、イリスの周りには人垣ができている。それを遠巻きにカルロス、フィオナ、ホセは見ていた。
カルロスは小声で言った。
「校章をなくした二人は、三年のロバートとメアリーだったか」
ホセはうなずき、ひとりの少年に目を向けた。金髪で、机に足を乗せて目を瞑っている。今度は、机で本を読んでいる黒髪を三つ編みにした少女に目を向けた。
フィオナもその視線の先を確認した。
「もう一人は一年のシャーロットだっけ? あたしとホセで見てくるよ。カルロスはイリスについていて」
カルロスはうなずき、イリスに視線を向けた。イリスはにこやかに対応をしている。
フィオナとホセは一階まで下りて、一年の教室を覗いた。さすがにシャーロットが誰かと尋ねるのは気が引けて、様子を見ていると、ひとりの少女がフィオナの横を通り過ぎた。
「シャーロット、今日の放課後、空いている?」
「うん、空いているよ。どうしたの?」
「談話室でさ、みんなでお茶しようって話していて、シャーロットも一緒にどう?」
笑顔でうなずいた少女が、シャーロットのようだ。茶髪を肩ほどまで伸ばし、快活な雰囲気だ。
フィオナがホセに呟いた。
「なんか人気ありそうな子」
「犯人から一番遠い感じだな」
ホセはそう言いながら、きびすを返した。フィオナもそれに続く。
「ああ、だめだ。見ただけじゃわかんない」
「そりゃそうだろ」
ホセは笑ってそう言った。
ホームルームで学園祭の話し合いが行われた。クラス委員長のメアリーが教壇に立ち、話を進めている。
「例年通り、三年は劇です。今日は配役と、時間があれば、係決めまで行います」
メアリーの隣では書記のバーバラが役名を黒板に書いていた。ホセが手を上げる。
「どんな劇やるの?」
メアリーは軽く咳ばらいをした。
「ごめんなさい。説明が足りなかったですね。毎年、三年生は『ルイスとミュリエル』の劇をやります。人間の青年ルイスと妖精の少女ミュリエルが出会い、周囲の反対を乗り越え、恋に生きる物語。配役は自薦、他薦どちらでも。まずはルイス役」
ひとりの少年が手を上げた。
「ルイスはリチャードがいいんじゃないか?」
「毎年、この役は生徒会長がやるしな」
みんなの視線がリチャードに向いた。リチャードは苦笑しながら茶髪をかき、うなずいた。
「いいよ。やろう」
拍手が沸き上がり、ルイス役にリチャードが決まった。
メアリーが「次はミュリエル」と言うと、今度はひとりの女の子が手を上げた。
「イリスさんはどうかな? 留学の思い出にもなると思うし、印象ぴったり」
それにイリスは目を丸くした。教室中から拍手が沸き上がり、引くに引けない雰囲気になっている。
メアリーはイリスに尋ねた。
「無理強いはしないけど」
「……やります」
イリスは覚悟を決め、手を上げてそう言った。
メアリーはうなずき、「次は魔女」というと、すかさずホセが手を上げた。
「魔女と言ったら、フィオナさんでしょう」
「ホセ!」
フィオナは立ち上がり、ホセを睨んだ。ホセは飄々と言った。
「せっかくの学園祭だぜ? 楽しもうぜ」
フィオナは机に片手を置き、もう片手を上げた。
「じゃあ、賢者役はホセがいいと思います!」
「いいねぇ。オレに適役」
ホセは頭のうしろで手を組んで、楽しそうに笑っていた。
配役はスムーズに決まり、係決めまで済んで解散した。
放課後、中庭の片隅でカルロスはホセとフィオナに呆れた目を向けた。
「お前ら、ここへ来た目的を忘れたわけじゃないよな?」
フィオナはカルロスを俯きがちに見つめた。
「今回は、ホセが悪いよ」
ホセは申し訳なさそうに茶髪を掻いた。
「つい楽しくなっちゃって……」
カルロスはため息をついた。
「俺はロバートと同じ大道具係になった。探ってみる」
フィオナはカルロスの肩を叩いた。
「やるじゃん!」
イリスはあごに手をやり、考えながら言った。
「ロバートとメアリーは、同じクラスだから接点があるけど、シャーロットとなにか接点を持てないかしら……」
カルロスは首を横に傾げた。
「学年も違うし、難しいだろう。まずはロバートとメアリーを重点的に調べよう」
イリス、フィオナ、ホセはうなずいた。




