第54話 襲撃事件
フィオナはイリスの助けを呼ぶ声を森の魔女の家で聞いた。
思わず立ち上がり、胸につけたブローチを握った。
「イリス、なにがあったの?」
そう呼びかけたが、イリスからの返答は途切れ途切れでよく聞き取れない。フィオナは手をかざし、ほうきをとりだした。
「おばあちゃん、イリスのところに行ってくる」
「待ちな。お前はイリス王女に深入りしすぎじゃないのかい? あまり人間に入れ込まない方がいい」
フィオナは森の魔女を振り返った。
「イリスはあたしの友達だ。放っておけないよ。様子を見てくるだけだから」
フィオナはそう言って、家を飛び出していった。
森の魔女は大きな音を立てて閉まった扉を見た。
「やれやれ、困った子だね」
一方、ホセはユアンの執務室で一報を聞いた。イリスの声に続き、すぐにフィオナの声がしたが、そのあとのイリスの声はよく聞き取れなかった。
ユアンがホセを驚いたように見た。
「今の声、もしかしてイリスか?」
ホセはうなずき、ブローチに手を添えた。
「イリスちゃん、よく聞き取れない。反応してくれ」
しかし、イリスから返答はない。ホセはじれたように茶色の髪を掻いた。
「イリスちゃんに何かあったみたいです」
「それはなんだ? イリスとやり取りができるのか? フィオナの声もしたようだが……」
ホセはブローチを取り、ユアンの執務机に置いた。
「妖精王からもらった魔道具です。遠くにいても話せます」
ユアンはじっくりとそれを見て、ホセへと視線を戻した。
「俺はすぐに動けない。ホセ、ルーベンスへ行ってこい」
「御意」
ホセは胸に手を当て、お辞儀もそこそこにユアンの部屋を出た。
ユアンは額に手を置いた。
「俺はいつもイリスが困ったときに側にいてやれない……。イリス、無事でいてくれよ」
ユアンの後ろに控えていたフレディが、慰めるようにユアンの肩に手を置いた。
フィオナが白亜の城に到着し、衛兵の案内で廊下を歩いていると、今まではなかった石像が至る所にあり、不気味な雰囲気が漂っていた。
謁見の間に通されると、イリスがいて、フィオナに駆け寄ってきた。フィオナはイリスを抱きとめる。
「なにがあったの?」
イリスは涙を流しながら、玉座を指差した。そこには二体の石像があり、その顔にフィオナは息を呑んだ。
「まさか陛下と王妃殿下……?」
イリスはうなずいた。震える手で、フィオナの肩を掴んだ。
「お父様とお母様をもとに戻せる……?」
フィオナはゆっくりと国王と王妃に近寄った。国王に触れ、黄金の瞳を閉じた。しかし、すぐに瞳を開き、申し訳なさそうな顔でイリスを振り返った。
「あたしじゃ無理だ」
それにイリスは崩れるようにその場に蹲った。肩を震わすイリスの背をフィオナが撫でた。
「おばあちゃんなら何かわかるかも」
イリスは涙に濡れた顔でフィオナを見上げた。フィオナは立ち上がり、謁見の間を出た。そのあとをイリスが早足で追いかける。
フィオナは庭に出て、一本の木に手を当てた。
「おばあちゃん、聞こえる?」
しばらくすると、森の魔女の声が聞こえた。
『なんだい、フィオナ。イリス王女は無事だったのかい?』
「イリスは無事だったけど、陛下と王妃殿下が石にされている」
『なんだって?』
「おばあちゃん、今すぐ来て」
森の魔女の盛大なため息が聞こえた。
「お願い、おばあちゃん」
『……わかったよ』
その返答にイリスはほっとしたような顔をした。フィオナは苦笑を浮かべている。
「おばあちゃんのお小言は覚悟しておこう」
数日が経ち、カルロスが来て、続けてホセも来た。二人とも国王夫妻の姿に唖然としている。
カルロスは謁見の間の扉を振り返った。
「まさか廊下のも人間か?」
イリスはうなずいた。
そこへ森の魔女が到着した。杖をつき、憮然とした顔をしている。
「このわたしをここまで呼び出したからには、それなりの代償をもらうよ」
イリスは側にいる侍女に目配せをした。
「私の部屋から『赤い涙』を持ってきて」
侍女はうなずき、謁見の間を早足で去っていった。
宰相であるライオネルは、イリスに驚いた顔を見せた。
「姫様、『赤い涙』は王家の秘宝ですぞ」
「じい、魔女に依頼するのよ。相応の代償でなければいけないわ」
ライオネルはイリスの言葉に白い髭を擦り、森の魔女を見た。ライオネルにはただの老婆に見える。疑わしそうな瞳を向けていた。
イリスは戻ってきた侍女から赤い涙を受け取った。それは大きなルビーがはめ込まれた指輪だった。精巧な細工が施されている。それをイリスは森の魔女に渡した。
「第一王女に受け継がれてきた指輪です」
受け取った森の魔女は、その指輪を見定めるようにじっくりと観察し、微笑んだ。
「いい魔道具になりそうだ。代々受け継がれただけあって、多くの想いが詰まっている。引き受けよう」
その返答に、イリスはほっと胸を撫で下ろした。
森の魔女は国王の石像の前まで行き、手を当て、しばらくしてうなずいた。
「生きてはいるね。魔力の流れを感じる」
イリスは森の魔女の隣に立った。
「もとに戻せますか?」
それに森の魔女は難しい顔をした。
「すぐには無理だ。解析には時間がかかる。どのくらいかかるか……。それまで陛下と王妃殿下が死なない確証はない」
イリスはライオネルを振り返ると、ライオネルは一通の手紙を手渡した。
「襲撃事件のあと、届いた手紙です。恐らく犯人からの手紙だと思うのですが、そこには、期限は一年と書かれていました」
「妥当だね」
カルロスはイリスの横に並んだ。
「なんて書いてあるんだ?」
イリスは一瞬、戸惑いを見せたあと、読み上げた。
「国王と王妃を助けたければ、イリス・ルーベンスを差し出せ。期限は一年。それを過ぎれば、国王と王妃は助からない」
カルロスは緑の瞳を見開き、イリスを見た。
「まさか、馬鹿なことは考えてないよな?」
イリスはうなずいた。
「まずは、フィオナを頼ろうと思った」
フィオナもイリスのそばに寄った。
「それでいい。おばあちゃんに繋げることができた」
森の魔女は小さくため息をついた。
「厄介ごとに巻き込まないでほしいよ、まったく」
フィオナはにこやかな笑顔を森の魔女に向けた。
「でも、いい素材を手に入れられたじゃん」
森の魔女は呆れた瞳をフィオナに向け、またため息をついた。
「代償をもらった以上、仕事はしよう。この魔法を解くには、方法は三つ。一つ目は、わたしが魔法を解析し、解呪する。二つ目は、犯人を見つけ出し、本人に解かせる。三つ目は、犯人が死ぬことだね」
それにホセはイリスに顔を向けた。
「犯人の目星はついているのか?」
「犯人はおそらく四人。劇団を名乗り、謁見を申し込んできた。それから、これ」
イリスはライオネルからひとつのバッチを受け取り、手のひらに乗せた。カルロスはそれを見て、首を横に傾げた。
「何のバッチだ?」
「リース王国にあるサリス学園の校章」
フィオナはイリスに視線を向けた。
「それがなにか関係があるの?」
「襲撃事件のあと、城に落ちているのが見つかった。犯人が落としたのではないかと考えている。手がかりはこれだけ」
ホセは腕を組んで、イリスに尋ねた。
「犯人の顔は見ているのか?」
イリスは顔を横に振った。
「犯人を見た人は、全員、石になっている。そのとき、私は襲撃を知らせた衛兵と部屋で様子を窺っていた」
カルロスは不思議そうに言った。
「イリスが目的だったんだろう? なぜそのときにイリスをさらわなかった?」
それには森の魔女が答えた。
「これだけの人を石にしたんだ。魔力が切れたんだろう」
フィオナもそれにうなずいた。
「イリスを見つけ出す前に、タイムリミットだったわけだ」
イリスはバッチに目を落とした。
「私、サリス学園に行ってみようと思うの」
ホセはうなずいた。
「手がかりはそのバッチだけ。森の魔女も期限までに解呪できるかわからない。なら、犯人探しも同時進行した方が、効率がいい」
カルロスとフィオナもそれにうなずいた。




