第52話 デート③
翌日。
今日はホセとフィオナがベルコフ観光の日で、非番のトムと一緒に出かけていった。
部屋にはイリスとカルロスだけで、イリスは黒猫とベッドの上で戯れ、カルロスは剣の手入れをして過ごしていた。
「時の妖精はずいぶんとおとなしくついてきてくれるな」
黒猫はちょこんと座り、カルロスを見た。
「妖精王が帰ってこいって言っているんでしょう? イリスもそれを望んでいる」
イリスは黒猫を抱きしめると、黒猫はオッドアイの瞳を細めた。
「イリス、大好き」
そして、イリスの頬にキスをした。イリスは微笑み、黒猫の頭を撫でた。黒猫は気持ちよさそうに瞳を細めている。
それを見ていたカルロスは小さくため息をついた。
「俺、少し外を散歩してくるよ」
「ええ。私は時の妖精と待っているね」
カルロスはうなずき、部屋を出た。オレンジの頭を掻きながら、階段を下り、中庭に出た。ベンチに座り、背にもたれて天気のいい空を見上げた。
――時の妖精はいいよなぁ……。
「って、俺、時の妖精に嫉妬しているのか……」
カルロスは苦笑し、オレンジの髪を掻いた。
――好きだと言えたらどんなにいいだろう。でも、だめだ。遊牧民の俺では、イリスの隣に立つ権利はない。
では、あのとき、サイモンの手を取り、フィードラー王国の第二王子として生きることを選んでいたら――。
――それでも、アルド王国の第二王子であるユアン王子の方がイリスに相応しい。
フィードラー王国は国と名乗れてはいたが、アルド王国と比べれば国力が違いすぎる。
――それに、俺に遊牧民以外の生き方ができるだろうか……。
カルロスはまた空を見上げ、ため息をついた。
カルロスは食堂に寄り、お茶とクッキーをもらってから部屋へと戻った。イリスは笑顔で出迎えた。
「お帰り、カルロス」
「ああ。おやつにしよう」
イリスとカルロスは向かい合って椅子に座り、お茶を飲みながらクッキーを食べた。黒猫も机の上に座り、クッキーを食べている。
イリスは尋ねた。
「時の妖精を妖精の国に返したら、カルロスはすぐに一団に戻るの?」
「ああ。そのつもり」
イリスは少し寂しげに微笑んだ。
「エイブラハム様が亡くなって、今はどなたが長を?」
「叔父だ。父の弟。俺はまだ若すぎた」
カルロスは苦笑しながらクッキーを食べた。イリスは首を横に傾げた。
「長子が継ぐのではないのね」
「まぁ、流れで言えばそうだが、俺は父さんの実子ではなかった。一族もそれを知っているのだろう。叔父には息子もいる。俺に長が回ってくるかはわからないな」
イリスはお茶を一口飲んだ。
「カルロスは長になりたい?」
カルロスはそれに悩んだように視線を上げた。
「長になりたいというよりも……」
そして、イリスの顔を見た。
――イリスと一緒にいたいと思ってしまった。
その言葉は飲み込み、思わず笑みがこぼれる。カルロスは覚悟を決めた。イリスに手を伸ばし、机に置かれていた手を握った。
――この手をずっとそばで握っていたい。そのために、俺にできることはただひとつ。ルーベンス王国で騎士の位を授かり、功績をあげること。
イリスはカルロスの緑の瞳に見つめられ、戸惑いながら首を横に傾げた。
「なぁに? カルロス……」
「なんでもない」
今はまだ言えない。功績をあげる方法がまだ見つかっていない。その前に、アルド王国第二王子ユアンとの婚約が先に決まってしまうかもしれない。その可能性の方が高い。確証のない約束を、カルロスは口にはできなかった。
「言ってよ。気になるじゃない」
「なら、ローズクォーツの石言葉を教えてくれよ」
イリスはぐっと言葉に詰まった。小さくため息をつく。
「言ったら、きっとカルロスは困るよ」
「困る? まさかよくない言葉か?」
イリスは笑って首を横に振った。
「違う。いい意味」
「なら、なんで言わないんだ?」
カルロスは首を横に傾げ、イリスはそんなカルロスを窺うように見上げた。
「ローズクォーツの石言葉は……」
そのとき、部屋のドアが勢いよく開き、ご機嫌なホセが入ってきた。
「たっだいまー!」
しかし、ホセはすぐに室内の空気を察知し、勢いよく頭を下げた。
「あ、失礼しました。フィオナ姐さん、出直しだ」
フィオナを振り返った。フィオナはホセの腕を掴み、こそっと言った。
「扉を開けるときは慎重にしなきゃ。カルロスにまた恨まれちゃう」
カルロスはイリスの手を慌てて離し、赤い顔で立ち上がった。
「いいから、さっさと入れよ!」
「えー、いい雰囲気だったのに、いいのか?」
ホセは申し訳なさそうに室内に入ってくる。フィオナはにやにやとしながら、カルロスに言った。
「悪かったね。でも、二日間もイリスを独占できて、よかったね」
「うるさい口だな」
カルロスはフィオナの両頬を掴んで引っ張った。
「いひゃいよ、はなひてよ」
イリスとホセはそれを見て、笑っていた。




