第50話 デート①
イリスたちはアレクセイ王国の首都ベルコフにあるドロスト商会を尋ねた。イリスはカウンターにいる女性にペトロフ語で声をかけた。
「商会長にお会いしたいのですが……」
女性はにこやかにイリスに尋ねた。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「イリス・ルーベンスと申します」
それを聞いた女性は立ち上がり、恭しくお辞儀をし、流暢なボリス語で言った。
「ご案内いたします」
通されたのは応接室で、女性はお茶を用意した後、退室していった。
ソファーに座り、しばらく待っていると、ドアをノックする音がした。入室してきたのはエドワードだった。お互い驚いた顔で一瞬止まり、エドワードは扉を閉めると、恭しくお辞儀をした。
「まさか先日お会いしたのが、イリス王女殿下ご一行とは知らず、大変失礼いたしました」
イリスは微笑んだ。
「まさかエドワードさんがドロスト商会長とは思いませんでした」
エドワードはイリスの正面のソファーに掛けた。
「我が商会を尋ねていらしたということは、ルーベンスへお戻りでしょうか?」
「はい。ルーベンスへ渡る船は、いつ出航予定でしょうか?」
「二週間後に出航予定です。乗船できるように手配いたしましょう。それまでの間、船員の宿舎でよければお部屋を用意できますが……」
イリスは笑顔で手を合わせた。
「まぁ、よろしいのですか? ありがとうございます」
エドワードは机に置いてあった小さな鐘を鳴らした。すると、また見覚えのある顔が入室してきた。
「お帰りなさいませ」
トムだった。笑顔をイリスたちに向けていた。
エドワードはトムに視線を向けた。
「イリス王女殿下には出航まで宿舎にご滞在いただく。ご案内を頼む」
トムはうなずき、先導するように歩き出した。イリスはエドワードに再度お礼を言ってから退室した。
トムは歩きながらイリスに尋ねた。
「ご用事は無事に済みましたか?」
「ええ。帰りの船にはトムも乗るのかしら?」
「その予定です。――その黒猫、拾ったのですか?」
イリスは腕に抱いた黒猫に視線を向けた。黒猫は目を瞑り、寝息を立てている。
「これが、私たちの旅の目的よ」
トムは首を横に傾げ、イリスたちを部屋に案内した。四人部屋で、ベッドと、部屋の中央にテーブルと椅子が置いてある質素な部屋だった。
「こんな部屋でよろしいのですか? 宿屋の方がよろしいのでは……?」
イリスはトムを笑顔で振り返った。
「ベッドで寝られるだけ最高よ。ありがとう、トム」
「では、俺は事務所にいるんで、何かあればなんなりと」
トムはお辞儀をして部屋を出てから扉を閉めた。
カルロスは荷物を置いて、ベッドに仰向けに寝転がった。
「これから船旅、ルーベンスに着いたら、今度は妖精の国に向かうのか……」
フィオナは椅子に座り、カルロスを見た。
「まだまだ先は長いね。それより、船が出航するまでの二週間、なにをして過ごす?」
ホセはベッドに腰掛け、手を上げた。
「せっかくだしベルコフの街を見て回ろうぜ」
イリスもベッドに座り、うなずいた。
「いいわね。お店もいっぱいあったし」
フィオナはイリスの膝の上でぐっすりと眠っている黒猫に視線を向けた。
「時の妖精を連れてお店には入れないし、二組に分かれて行くのはどう?」
カルロスは起き上がり、黒猫に視線を向けた。
「そうだな。置いていって、帰ってきたらいなくなっていたら大変だ」
ホセは首を横に傾げた。
「どうやって決める? じゃんけん?」
フィオナは呆れた顔をホセに向けた。
「何野暮なことを言っているのさ。カルロスはイリスと行きたいに決まっているじゃん。邪魔したら恨まれるよ」
「おっと、失礼。オレとしたことが気遣いが足りなかったぜ」
ホセは自身の頭を叩いた。カルロスは真っ赤な顔で怒りを抑えるように言った。
「お前らなぁ……」
フィオナは首を横に傾げた。
「イリスとふたりきりで異国デートだよ。したくないの?」
カルロスはぐっと言葉に詰まり、イリスをちらっと見た。
「イリスが嫌じゃなかったら……」
イリスも顔を赤らめ、照れたようにうなずいた。
「嫌なわけない……」
フィオナとホセは視線を合わせ、にやにやとしている。ホセが言った。
「じゃぁ、フィオナ姐さんはオレとデートな」
「あたしたちはトムを誘って、案内してもらおうよ。言葉も分からないしさ」
ホセは少し残念そうにうなずいた。
翌日。
イリスとカルロスは、ふたりで異国情緒あふれるベルコフの街に繰り出した。どこかぎこちないふたりには距離がある。
カルロスは照れたように、イリスから視線を逸らしながら尋ねた。
「どこ行きたい?」
イリスも俯きがちだ。
「商店街にいかない?」
カルロスはうなずき、少し先を歩いていたが、イリスに歩調を合わせた。そして、イリスの手を握る。
「人が多いからな。嫌だったら離していい」
イリスは嬉しそうにカルロスの手を握った。
商店街を歩きながら、ウィンドーショッピングを楽しんでいると、イリスがひとつの店を指差した。
「ランプ、かわいい」
ふたりはお店に入る。薄暗い店内をたくさんのガラスランプが照らしていて綺麗だった。
「色付きのガラスのランプは、ルーベンスではあまり見ないわね。幻想的だわ」
ランプに照らされたイリスはそう言い、カルロスを見て微笑んだ。カルロスも微笑み返した。
そのあと数店舗見て、昼時になり、カルロスはイリスを連れておしゃれな雰囲気のレストランへ入った。
カルロスはメニューをイリスに見せながら言った。
「トムからおすすめの店を聞いてきたんだ。ここはビーフシチューが美味しいらしい」
「じゃあ、それにしましょう」
イリスはペトロフ語で店員にシチューを頼み、しばらく待つとテーブルに並べられた。パンとサラダもついている。
イリスは一口食べて微笑んだ。
「お肉が柔らかくておいしい」
カルロスもうなずき、ふたりは食事を楽しんだ。
そのあとも商店街を見て回っていると、アクセサリーを売る露店があった。イリスが近寄ると、店員の男性が声をかけた。
「おや、かわいいカップルさんたち、いらっしゃい」
それにイリスは顔を赤らめて、俯いた。その様子を見た男性は、微笑ましそうに笑った。カルロスは言葉が分からず、首を横に傾げている。
イリスは商品を眺めながら男性に話しかけた。
「アクセサリーに使われているのは、アレクセイ王国でとれた石?」
「そうだよ。天然石のくず石。質はいいよ」
「この値段で売れるなんて、さすがアレクセイ王国ね」
イリスはひとつの指輪を手に取った。どれもお手頃価格で、デザインも可愛らしい。イリスは悩んだ末にラベンダーアメジストの指輪を買った。その横でカルロスはローズクォーツのネックレスを買っている。それを見ていたイリスは、ダニエラへのお土産だろうと特に気にはしなかった。イリスもダニエラとコニーになにか買って帰ろうと思いつき、ここでカルロスが買ったのなら、別のところで買おうと決めた。
次はお土産専門店に入り、そこでダニエラとコニーにキーホルダーを、父と母にはワインを買った。




