第48話 フィードラー王国⑤
イリスは、慌てて道を譲り、お辞儀をした。カタリナが前を通ったとき、ふと懐かしい気配がして、イリスが驚いて顔をわずかに上げると、隣で同じくお辞儀をしているカルロスの前でカタリナは立ち止まった。
「お前がカルロスか」
カルロスが顔を上げると、青い瞳が冷たくこちらを見ていた。
「はい、王妃殿下。カルロスと申します、ご挨拶が遅れ、申し訳ございません」
カタリナはまた歩き出したので、イリスは思わず声をかけた。
「王妃殿下、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」
カタリナはイリスを一瞥した。イリスは頭を下げたまま尋ねる。
「黒猫を飼ってはいらっしゃいませんか?」
カタリナは瞳を細めた。
「……飼っていないわ」
それだけ言って、カタリナと侍女二人は去っていった。
それを見送り、フィオナはほっと胸を撫で下ろした。
「王妃って寝込んでいるんじゃないの?」
カルロスは苦笑し、オレンジの頭を掻いた。
「兄上に会うなと言われていたのに、会ってしまったな」
ホセはカルロスの肩に手を置いた。
「今回はしかたがないって」
イリスは未だにカタリナが去っていった方向を見ていた。カルロスはイリスに尋ねた。
「なぜ王妃に時の妖精について尋ねた?」
「なんだか懐かしい感じがして、つい尋ねてしまった。気を悪くされていないといいのだけど……」
それにフィオナが首を横に傾げた。
「王妃に懐かしい感じを覚えたの? 時の妖精が王妃のそばにいる?」
「それはわからない。この懐かしい感じが時の妖精なのかもわからない」
イリスの言葉にホセは肩を落とした。
部屋に戻り、ホセはベッドに仰向けに寝転がり、天井を見上げた。
「オレ、やっぱりサイモン王子か王妃が怪しいんじゃないかと思うんだ」
フィオナは椅子に座り、ホセを見た。
「なんでそう思うのさ?」
「国の復興を一番願っているのって王族じゃないか? 陛下は亡くなっていたから除外して、残るはサイモン王子と王妃……」
カルロスはフィオナの正面に座り、ホセを振り返った。
「俺は兄上じゃないかと思っている。黒猫について尋ねたとき、何か知っていそうな感じがした」
フィオナは両手を頬に添え、肘を机に置いた。
「あたしは王妃。イリスが感じた懐かしい感じが引っかかる」
イリスはカルロスの隣に座った。
「部屋を見せてくださいってわけにもいかないから、確認のしようがないわね」
フィオナはうなずいた。
「空を飛んで、窓から覗くわけにもいかないし……」
カルロスは頬杖をついて、瞳を瞑った。
「近々、復活祭がある。そのとき、多くの人が集まるだろう。誰か黒猫を抱えてきてくれたらいいんだが……」
それにフィオナが笑った。
「そんな都合のいい話、あるわけない。もし魔法を発動している間、願った人と時の妖精が離れられないなら、復活祭に来ないよ」
カルロスが瞳を大きく見開いた。
「それだよ。復活祭のあと、兄上に招待客で来なかった人がいないか聞いてみよう」
フィオナは首を横に傾げた。
「聞いてどうするのさ?」
「その人の家を尋ねればいい」
カルロスの答えにフィオナはため息をついた。
「『時の妖精がいるから復活祭に来られなかったんですかー?』って? だとしたら、会ってくれるわけがない」
ホセは起き上がり、胡坐をかいた。
「そもそも魔法を解くってどうやるんだ?」
イリスはそれに首を横に傾げた。
「時が止まったときは、私が風の魔女から賭けを持ちかけられ、時の妖精を私が抱いた。私が解いたわけではなく、時の妖精自身が魔法を解いたんじゃないかしら?」
フィオナは黄金の瞳を閉じ、考え込むように唸った。
「風の魔女かイリスかを時の妖精に選ばせ、時の妖精はイリスを選び、願いを叶えて魔法を解いたのだとしたら合点がいく。つまり、願いの上書きだ」
カルロスはうなずいた。
「他の誰かが巻き戻った時を元に戻してほしいと願い、時の妖精がそれを叶えるってことか?」
フィオナはうなずいた。
「そういうこと。ただ誰でもいいわけじゃないと思う。時の妖精がより願いを叶えたいと思う人が願わなくちゃいけない」
ホセはイリスを見た。
「前回は風の魔女より、イリスちゃんの方が、時の妖精に気に入られていたってわけか」
イリスは口元に手を当てた。
「直接、願わないといけないわけよね? 前回みたいに対面で」
フィオナはうなずいた。
「だろうね。じゃなかったら、イリスが願った時点で、叶えられていたはずだから」
ホセは自身の茶色の髪をくしゃくしゃにした。
「だぁ! 振出しに戻った!」
フィオナは苦笑した。
「まずは、目先の復活祭だね。黒猫を抱えてくる人がいることを願おうか」
それを最初に言ったカルロスは苦笑した。
復活祭当日。
会場の広間には多くの招待客が集まっていた。その人たちはオレンジの髪と緑の瞳を持つカルロスに注目しているようで視線を感じる。
フィオナは赤いドレス姿で、シャンパンを片手に辺りを見回していた。
「黒猫を抱えている人いないねぇ」
タキシード姿のカルロスが苦い顔をした。
「いつまでも引っ張らないでくれよ。俺が悪かったよ!」
イリスは紺色のドレス姿でくすくすと笑った。
ホセもタキシード姿で、皿によそった料理を食べている。
「これ、うまいな!」
カルロスは呆れた顔でホセを見た。
「お前は相変わらずマイペースでいいな」
そこへタキシード姿のサイモンがにこやかにやってきた。
「カルロス、注目されているな」
カルロスは苦笑した。
「居心地悪いです」
サイモンが笑い、カルロスの肩を叩いた。
そのとき、デヴィッドとカタリナの入場が告げられ、会場の視線がそちらに向かった。タキシード姿のデヴィッドの腕に紫色のドレスを着たカタリナが手を添えて、優雅に会場を歩き、上座の椅子に向かって歩いている。
サイモンはぽつりと呟いた。
「母上、いらしたのか。今日は一段と体調が悪そうだったのに……」
イリスはサイモンに視線をやりながら、先日会った王妃を思い出していた。たしかにあのときも顔色は悪かった。
そのときだった。イリスはまた世界が歪んだような感じがしてふらついた。カルロスが慌ててイリスの肩を掴んで、倒れるのを防いだ。
「大丈夫か?」
カルロスがそう尋ねるのと同時に、会場から悲鳴が上がった。




