第47話 フィードラー王国④
デヴィットとそっくりな男性がにこやかに入ってきた。イリスたちは立ち上がり、お辞儀をすると、男性はカルロスの前に立った。
「お前が弟か。俺はサイモンだ」
サイモンはカルロスに手を差し出し、カルロスはおそるおそる手を握り返した。サイモンはカルロスをじっくりと眺めた。
「父上から弟が来ていると聞いて驚いた。まさか弟がいるなんて思ってもみなかったからな。とは言っても、数か月違いか」
カルロスはサイモンを窺うように上目遣いで見ながらうなずいた。
「俺も兄がいるとは知らなかったです。サイモン王子殿下は噴火の被害には遭わなかったのですか?」
「ああ。俺も生まれる前の話で、母から聞いた話だが、ちょうどアレクセイ王国に里下がりをしていて難を逃れたらしい。母は壊滅しなかったヘメリーを代理首都とし、摂政をしていた」
イリスはその話を聞き、村人もそう言っていたことを思い出した。カルロスは少し考えるようにしてから尋ねた。
「王妃殿下にもご挨拶した方がよろしいでしょうか?」
サイモンはそれに首を横に振った。
「母は長年の気苦労と、此度の奇跡が重なったことで、体調が優れずに寝込んでいらっしゃる。それに、今回のカルロスの件、母はとても衝撃を受けていらした。里下がりしている間に、父が別の女性と関係を持っていたことを知ってしまったのだから。だから、カルロスは母とは会わないでほしい」
カルロスは緑の瞳を伏せがちにし、うなずいた。
「……申し訳ございません」
「カルロスが謝ることではない。俺は弟がいてくれてよかったと思っている」
カルロスは驚いた顔をサイモンに向けた。サイモンの顔に嘘はなく、明るい笑みを浮かべている。
「ずっと王家の血筋が自分ひとりだけであることが重責だった。もし自分に何かあれば、フィードラー王家の血が途絶えてしまう。兄弟がいればいいのにと、ずっと思っていた。だから、俺はカルロスに会えて嬉しい」
カルロスはサイモンの顔をはじめて真っすぐ見た。自分にそっくりな顔にわずかに微笑んだ。
「俺も会えて嬉しいです、サイモン王子殿下」
「兄上と呼んでくれ」
カルロスはうなずき、尋ねた。
「俺たち、黒猫を探しているんです。兄上はなにかご存じではないですか?」
サイモンは首を横に傾げ、カルロスから視線を逸らした。
「急に何事かと思えば、なぜ黒猫を探している?」
「……依頼されたんです。黒猫を探してほしいと」
サイモンはカルロスの緑の瞳をじっと見つめてから答えた。
「……知らないな。じゃあ、俺はもう行こう。失礼したな」
サイモンはそう言って退室していった。
イリスはふうっと息をつき、椅子に座った。カルロス、フィオナ、ホセも同様で、ホセは首と肩を回していた。
フィオナはお茶を飲んでから、カルロスに尋ねた。
「なんでサイモン王子に黒猫について聞いたの?」
「王家の血筋にこだわっていたみたいだから。復興を望んでいたなら、兄上が時の妖精に願った可能性もあると思った」
カルロスがそう答えると、ホセは椅子の背にもたれて頭の後ろで手を組んだ。
「なるほどね。サイモン王子は本当に知らないのかな?」
イリスは首を横に傾げた。
「どうしてそう思うの?」
「なんか答えに間があったような気がして」
フィオナは小さく笑った。
「まぁ、急に黒猫の話をされたら、誰だって驚くでしょう」
イリスは少し考えてから言った。
「カルロスの推測も理にかなっているし、サイモン王子の周囲に気を配ってもいいかも。しばらくはここブルガーで時の妖精を探してみましょう」
カルロス、フィオナ、ホセはうなずいた。
翌日。
イリスたちはブルガーの街に出て、時の妖精を探した。
街を歩きながらホセは気だるそうに言った。
「この広い世界で一匹の黒猫を探し出そうだなんて……」
ホセが言い終わる前に黒猫がイリスたちの前を横切った。イリスは茶色の瞳を丸くし、黒猫の後を追った。黒猫は路地裏に入り、イリスたちが追ってくることに気づいたのか足を速めた。
カルロスもさらに走る足を速め、黒猫が塀に飛びあがろうとしたところを捕まえた。暴れる黒猫に引っかかれながらも、カルロスは手を離さなかった。
「時の妖精か?」
イリスは黒猫をじっと見て、首を横に傾げた。
「違う気がするけど……。ただの猫と、どうやって見分けたらいいのかしら?」
フィオナはイリスの横に立ち、黒猫に問いかけた。
「時の妖精ですかー?」
黒猫は「にゃー」としか鳴かず、手足を暴れさせている。ホセは呆れた目でそれを眺めていた。
「……違うんじゃないか?」
イリスはホセを振り返った。
「どうしてそう思うの?」
「風の魔女のとき、時の妖精はずっと彼女と一緒にいただろう? 今回も時の妖精に願った人のそばにいるんじゃないか?」
イリス、カルロス、フィオナはホセの言葉に顔を見合わせた。フィオナは腕を組み、うなずいた。
「ホセ、あんた、なかなかいいところつくじゃない」
イリスも感心したようにうなずいた。
「……なら、もうこいつ放していいか?」
そう言ったカルロスをイリスが振り返ると、そこにはひっかき傷だらけになったカルロスがいた。
復活祭の開催日が一週間後に迫った頃。
イリスたちは紅葉が綺麗な城の中庭を散策していた。ホセは伸びをしながら歩いている。
「結局、何の手がかりも見つからないな」
イリスは困った顔でうなずいた。
「復活祭が終わったら、違う街に行ってみる?」
それにフィオナは首を横に傾げた。
「誰かが時の妖精を囲っているとしたら、見つけるのは至難の業だよ。一軒、一軒調べるわけにはいかない」
カルロスがそれにうなずいたときだった。深緑のドレスを着た金髪碧眼の女性が、二人の侍女を引きつれて歩いてきて、イリスたちを見て立ち止まった。
侍女がその女性の前に出た。
「こちらはカタリナ・フィードラー王妃殿下です。道をお譲りください」
イリスは、はっとカタリナを見た。カタリナは青白い顔を扇で隠し、青い瞳は冷たくカルロスを見据えていた。




