第46話 フィードラー王国③
しばらくして侍女がやってきた。
「お待たせいたしました。カルロス様、陛下がお呼びです」
それにカルロスは緑の瞳を丸くし、うわずった声で言った。
「陛下?」
イリスたちも驚き、顔を見合わせた。侍女は相変わらず丁寧なしぐさで言った。
「みなさまも、ご一緒にいらしてください」
侍女が案内した先は、応接室だった。開いた扉の先にいた男性は、カルロスと変わらないくらいの年頃で、カルロスはその男性を見て、呆然と立ち止まった。イリスも思わずその男性とカルロスを見比べた。カルロスと同じオレンジの髪、緑の瞳を持ち、顔立ちもそっくりだった。
男性も驚きを隠せないようだ。
「衛兵から聞いていたが、まさかここまでとは……。名はカルロスと言ったか? 母親の名は?」
カルロスは戸惑いながら答えた。
「エレーナです……」
その名を聞いた男性は、驚きながらも笑みを見せた。
「やはり。エレーナは元気か?」
「俺が七歳の頃に、はやり病で死にました」
それに男性は悲しそうな笑みを見せ、椅子に座り、イリスたちにも座るように手でソファーを示した。二人掛けだったので、カルロスとイリスが座り、その後ろにフィオナとホセが立った。
男性はカルロスにそっくりな顔に笑みを浮かべた。
「わたしはこの国の国王デヴィッド・フィードラー。カルロス、お前は間違いなく、わたしの子だ」
カルロスは驚くことなく、ただ静かに受け入れるようにうなずいた。
デヴィッドは微笑み、カルロスに尋ねた。
「エレーナは赤い石のネックレスを持っていたか?」
カルロスは気まずそうにうなずいた。
「はい。形見としてもらい受けましたが、今は……」
「もしかして、これのこと?」
フィオナは胸元から赤い石のネックレスを取り出した。カルロスは振り返り、驚いた顔でフィオナを見た。
「なんでお前が持っているんだよ?」
「このネックレス、魔道具だよ。強い守りのおまじないがかけられている。だから、おばあちゃんが、あたしに持たせてくれたんだ」
そのネックレスを見たデヴィッドは嬉しそうに微笑んだ。
「それはわたしがエレーナにあげたものだ。そうか。エレーナはずっと持っていてくれたんだな」
カルロスはデヴィッドに尋ねた。
「母とはどのように出会われたのですか? ただの踊り子だと聞いていました」
「そうだ。エレーナは巡業できた劇団の舞姫で、その踊りは艶やかで美しかった。しばらく城に滞在させたが、自由を愛したエレーナは、ここを去ったのだ。まさか身ごもっていたとは……」
デヴィッドは緑の瞳を伏せた。カルロスは正面に座る父を見つめた。父というには若過ぎる。村の男性が国王も噴火の際に巻き込まれ、亡くなったと言っていたことを思い出し、生き返った内のひとりなのだと納得した。
「この辺りは噴火の被害で壊滅したと聞きました。陛下は、今回のことをどう思っていらっしゃいますか?」
「神の御業としか思えない。感謝している。こうしてエレーナの息子とも会えた。まぁ、こんなに大きくなっていて、実感はわかないがな。カルロスはこの国の奇跡を聞いてきたのか? それともエレーナからなにか聞いていたのか?」
「母からは何も。俺たちはフィードラー王国で起きたことを聞いてきたのです」
デヴィッドはうなずき、首を横に傾げた。
「カルロスは旅をして生活しているのか? 劇団というわけではなさそうだが……」
「俺はボリス大陸で遊牧民として暮らしています。母が劇団で踊り子をしていた話は、はじめて聞きました」
「そうか。エレーナはボリス大陸に渡り、遊牧民として最期を終えたのか。エレーナの話を聞けて嬉しかった。近々、復活祭を行おうと思っている。そこでカルロスを第二王子として紹介したい」
それにカルロスは驚き、言葉を失った。デヴィッドは微笑みながら続けた。
「引き留めようというわけではない。ただわたしとエレーナの子を皆に紹介したいだけだ。しばらく城に滞在できるように手配しよう」
デヴィッドが鈴を鳴らすと、侍女が入室してきた。デヴィッドはその侍女に言った。
「しばらく彼らをこの城に滞在させる。復活祭にも参加させる予定だ。丁重にもてなすように」
「かしこまりました」
侍女はお辞儀をし、イリスたちに顔を向けた。
「お世話をさせていただきます、マーガレットと申します」
マーガレットは茶色の瞳に笑みを浮かべた。
イリスたちは退室し、最初に案内された客室へと戻ってきた。マーガレットがお茶を用意し、退室したのを確認してから、フィオナはカルロスをまじまじと見た。
「まさかカルロスがフィードラー王国の王子とは……」
カルロスはお茶にも手をつけず、呆然とした様子だ。
「俺は両親ともじいさんとも似てなかった。じいさんに聞いたことがあるんだ。どうして俺だけ髪も瞳もみんなと色が違うのか。じいさんは血の繋がりだけがすべてではない、俺のことは実の孫だと思っていると言っていたな……」
イリスは持っていたカップを置いた。
「カルロス、大丈夫?」
「ああ。まさかここにきて俺の出生の秘密を知ることになるとは思ってもみなかった。だが、ここに滞在する理由ができたことはありがたい」
ホセは聞きづらそうに尋ねた。
「そうだけどよ。カルロスはいいのか? 実のお父さんに会えたのに、時の妖精の魔法を解いたら、きっと……」
カルロスは口元に笑みを浮かべた。
「ホセの言いたいことはわかるよ。実の父さんと会って話せた。母さんのことも聞けた。時の妖精には感謝しないとな。だが、これと魔法を解かないのとでは話が違う。時の妖精がしていることは、時を捻じ曲げる行為だ」
イリスは茶色の瞳を揺らした。
「このまま、というわけにはいかない?」
フィオナはイリスに優しく笑みを向け、尋ねた。
「どうしてそう思うの?」
イリスは瞳を伏せがちにしてゆっくりと言葉を選んだ。
「今回のことは誰も困っていない。生き返った人たちは、みんな嬉しそう」
ホセは頬杖をついてイリスを見た。
「イリスちゃんの言いたいこともわかるよ。でも、それを言ったら、時が止まったときだって、そうだったじゃないか」
イリスは、はっとして顔を上げた。
ホセはイリスの瞳を真っすぐ見た。
「イリスちゃんの中で、前回と今回、何が違う?」
「ホセの言う通りだ。なにも違わない。時が止まったのも、時が戻ったのもどちらも異常なこと。今、私は情に流されそうになっていた。ごめんなさい。私が迷ってはいけなかったのに……」
フィオナは隣に座るイリスの手を握った。
「イリス、迷うことは悪いことじゃない。――さて、ここに滞在できることになったのはよかったとして、問題はどうやって時の妖精を見つけ出すかだね」
そこへノックの音がして、マーガレットが顔をのぞかせた。
「サイモン第一王子殿下が、カルロス様にお会いしたいといらしております」




