第44話 フィードラー王国①
イリスたちは野宿をしていた。夕食は鶏肉を塩で味付けし、焼いたものをパンと一緒に食べた。
今は焚火を囲み、静かな時間を過ごしていた。鳥の鳴き声がどこからともなく聞こえる。
イリスは膝を抱えるようにして座り、ぽつりと話し出した。
「風の魔女と話していて思い出したの。十歳くらいのとき、庭で怪我した黒猫を保護したことがある」
フィオナはイリスに視線を向けた。
「そのとき、何かあった?」
「ずっと夢だと思っていたけど、猫がいなくなる前に、私の額に頭を当てて、『イリス、大好き』って。はっと起きたら朝で、猫はいなくなっていた」
フィオナは考えるように腕を組んだ。
「おばあちゃんから森の妖精から加護をもらったときの話を聞いたことがある。額に手を当てただけだったって。もし接触することで加護を与えられるのだとしたら、イリスが時の妖精から加護を受けたのは、そのときだったのかも」
カルロスは剣の手入れの手を止めた。
「時が止まったことに、イリスが気づいたのは、その加護があったからか?」
「うーん、そもそもイリスが魔力に敏感なのもあると思う。カルロスのおじいさんはきっとそれだろう。まぁ、加護があったからというのも理由の一つだろうね。イリスは、はっきりと時が止まったことに気づいていたし」
イリスはうなずいた。
「時が止まったときのことは、今でもはっきりと覚えている」
ホセは胡坐をかき、揺れている。
「まぁ、加護をもらっていることは間違いないとして、問題はこれからじゃないか? 頼みの綱だった風の魔女のところに時の妖精はいなかった。これからどこに向かう?」
カルロスはかばんから地図をとりだし、焚火の明かりに照らした。
「この辺りはフィードラー王国との国境に近い。フィードラー王国に行ってみるか?」
フィオナは小さくため息をついた。
「木に尋ねてみたけど、時の妖精の情報はなにも得られなかったし……。進まないわけにはいかないもんね。あたしは賛成」
イリスとホセもうなずいた。そのときだった。イリスがゆらりと揺れて、地面に手をついた。カルロスは驚き、イリスの肩を掴んだ。
「どうかしたか?」
フィオナとホセも心配そうに近寄ってくる。イリスは青い顔をしていて、瞳を固く瞑り、辛そうだ。額に手を当てた。
「すごく気持ち悪い感覚がして……。もう大丈夫」
フィオナはイリスの顔を覗き込んだ。
「どんな感じ? 詳しく話して」
「嵐のときの船みたいに地面が大きく揺れた感じがして、何かが歪んだ感じ……」
それにカルロス、フィオナ、ホセは首を横に傾げた。フィオナはカルロスに視線を向けた。
「何か感じた?」
「いや、俺はわからない」
カルロスの言葉に、ホセもうなずいた。
「オレも何も感じなかったぜ。疲れているんじゃないのか? 早く寝た方がいい」
フィオナはイリスを支えながら立ち上がったが、イリスはフィオナに微笑んだ。
「もうひとりで立てるよ。先に休むね」
イリスはそう言って、毛布の上に横になった。
カルロスたちはそれを心配そうに見つめていた。
翌日。
イリスはすっかりと元気になり、フィードラー王国へと向けて出発した。
国境を越え、最初の村の前を通りかかった。お祭りをしているようだ。イリスたちは賑やかさに惹かれるように村に入った。
イリスがペトロフ語で村人の男性に話しかけた。
「何のお祭りですか?」
男性はにこやかにイリスを振り返った。
「おや? ボリス語訛りだ。ボリス大陸からの旅人かい?」
それは少し訛っていたが、ボリス語だった。カルロスは首を横に傾げた。
「ボリス語が話せるのか?」
「ああ。この国の祖先はボリス大陸からの移民でね。公用語はボリス語だよ。それで何のお祭りかって?」
イリスがうなずくと、男性は嬉しそうに顔をにやけさせた。
「聞いて驚くなよ? 十七年前に噴火で壊滅した地域が、一夜にして復活したのさ!」
それにイリスたちは顔を見合わせ、イリスは男性に尋ねた。
「どういうことですか?」
「そのままの意味さ。そのときの噴火で亡くなった人たちも生き返ったらしい。その中に国王陛下もいらした。お祝いしないわけにはいかないさ!」
カルロスは更に尋ねた。
「それはいつだ?」
「五日くらい前かなぁ」
男性の言葉にイリスは顔を強張らせた。
「私が急に体調不良になったのも、そのくらい前よね……」
カルロスはうなずき、地図をとりだして男性に見せた。
「その地域はどこにある?」
「この辺り一帯だよ。首都も含まれていたからね。それは大変だったんだよ。国王陛下は亡くなり、偶然、里下がりしていた王妃と王子が生き残っていたから、王家の滅亡は避けられたんだけどね」
カルロスは笑みを浮かべた。
「ありがとう。――行こう」
イリスたちはうなずき、男性に背を向けた。男性は驚いた顔をして、呼び止めた。
「せっかくだし、一緒にお祝いしていかないか?」
「すまない、急いでいる。いろいろと教えてくれて感謝する」
カルロスは振り返り、軽く手を振った。
イリスは歩きながらカルロスを見た。
「この件、きっと時の妖精が関わっている」
カルロスはうなずいた。
「間違いないな。時の妖精がまた誰かの願いを叶えたんだろう」
フィオナはイリスの隣に並んだ。
「どうする? とりあえず、首都に向かってみる?」
ホセはフィオナのうしろから言った。
「そうだな。首都までの間、情報を収集しながら行こう」
イリスたちは、逸る気持ちを押さえながら、足早に街道を進んでいった。




